探偵登場
現代文の授業が終わると、多田羅は竹と陽春の二人にボソボソと話しかけていた。
竹が右側、左に陽春が座っていて、多田羅は左の陽春の後ろに座っている。
二人は体を後ろに捻っていた。
竹が聞き返す。
「ちょっと待て。誰が探すって?」
多田羅が答える。
「だから、鈴木くん」
「あいつが出来るわけ……」
竹が言いかけているところに、陽春が口を挟む。
「そうだー。この前、苺ちゃんの件、解決したの、鈴木くんだって聞いたことあるー」
「陽春、俺が喋って……」
竹が陽春の肩を突くように手を伸ばした。
「!」
竹の手が触れる前に、何者かがそれを止めた。
「竹、乱暴は良くないぞ」
「鈴木くん?」
陽春は、竹の手を掴んでいる方に振り返った。
「何だ、鈴木。テメェ、カッコつけんなよ。俺は頼まねぇからな」
竹は鈴木の手を払うと、教室を出て行った。
「鈴木くんありがとう」
「万慈すごいわ。いい子いい子」
宮藤が鈴木の頭を撫でる。
多田羅は鈴木の手をとり、握りしめる。
「本当にありがとう」
女性の手に包まれる感覚に、鈴木の顔はだらしなく崩れていく。
その顔を見た宮藤は、鈴木を撫でていた手でポンと頭を叩く。
「おい! 手を握られて壊れたかな?」
返事がないので、宮藤が再び叩く。
「返事がないぞ」
反応しないまま、何度も叩かれる。
ようやく鈴木は多田羅に握られている手を振り解いた。
そして、宮藤の手を退ける。
「クドウちゃん、いい加減にして」
「よかった。目が覚めたのね」
「で、鈴木くん、推薦状の捜索手伝ってくれる?」
「ええ。益子と霞ちゃんのためですもの」
宮藤が自身の胸に手を置いて、まるで自分が頼まれたかのようにそう答えた。
多田羅が戸惑っていると、鈴木が口を開く。
「探偵登場」
脈略がなさすぎて、口を開けることも出来ない。
「……」
宮藤、多田羅、陽春も見て見ぬふり、聞いて聞かぬふりをする。
鈴木が言ったことは『突然の奇行』としてスルーすることにしたのだ。
「うん。静香、捜索を手伝って。お願い」
多田羅は陽春と宮藤の顔を見て頷いた。
「お願いします」
「まずは、クラスの人に協力してもらおう」
宮藤は教室の前に出ると、大きな声で言った。
「休み時間にごめんなさい。霞ちゃんが書いてきた推薦状を探して欲しいの。本当に机の中に封筒入っている人いなかった? どっかに落ちてたとか、見かけたとかでもいいの」
宮藤の声に、一瞬、教室は静かになるが、みんな首を横に振った。
「ないよ」
「なかったな」
「見かけなかった」
「いいよなくても」
宮藤は竹の推薦状なんてなくてもいい、という流れを打ち消したかった。
「竹くんの為じゃなくて、霞ちゃんのために探してもらえないかな」
教室の一人一人が、それぞれ掛けた時間は違うものの、机を見たり、周りを見たりしてくれている。
これで教室内はあらかた探したと判断して良さそうだった。
宮藤は鈴木と多田羅と顔を見合わせ、頷いた。
「ありがとう」
鈴木が言った。
「霞ちゃん、封筒があることを確認したのはいつかな?」
「えーと、英語の授業の直前かな」
「ありがとう」
「鈴木、そろそろ教室出てってよ」
鈴木は女生徒にそう言われ、顔が少しニヤけた。
鈴木に対して、勇気を出してそう言った生徒は、自身の肩を抱いて寒気に耐えていた。
「?」
鈴木は気がついた。いつの間にか教室が女子ばかりになっていたのだ。
隣のクラスの女子までいる。
「次の授業は体育か」
鈴木は自席に戻って着替えを手にすると、扉の方へ向かっていった。
「あっ、黒板消さなきゃ」
そう言うと、多田羅は黒板を消し始めた。
鈴木は自然とその姿を目で追った。
両手に黒板消しを持って、体を伸ばし、腕を大きく振っている。
揺れるポニーテールとスカート、息遣い。そして……
「?」
立ち止まった鈴木を、宮藤が押し出していく。
「万慈、ほら、女子が着替えるんだから、早く出て行ってよ!」
「ごめんごめん」
鈴木が教室を出ると、宮藤は扉に札をかけた。
『女子着替え中』
鈴木は宮藤が入っていく扉を見つめていた。
「……」
鈴木は隣の教室に入った。
女子が集まってきたさっきの教室とは大違いだ。そう考えると鈴木は項垂れた。
大体、体育前、対して汗をかいてない状態から、男臭い。
会話も含め、五感を刺激する全てが、一切可愛くないのだ。
鈴木は自分もそれらを構成する一つだ、と思いため息をついた。
「竹、お前はなんで陽春を呼び捨てにするんだよ」
「あいつが『陽春』でいいって言うから呼んでるだけだ」
「そんなこといつ言ったんだよ」
神部が食ってかかると、竹がニヤリと笑った。
「お前、陽春のこと好きなんだろ」
「だったらどうした」
「おお、こんなところで『スキ』だって宣言したぜ。本人に言う勇気はないのにな」
神部が掴み掛かろうとするところを、本田が抑えた。
体の大きい本田に抑えられたら、神部も動けない。
「落ち着け」
鈴木は着替えながら、神部と竹、本田の様子を見て、やっぱり男は『ムサイ』と思った。
鈴木は、続けて考える。神部が座った机が、たまたま陽春の机で、封筒が入っていたとしたら、それを隠蔽する可能性はある。封筒が単に無くなったのではなく、隠蔽されたとか破棄されたのだとしたら、容疑者の一人は、間違いなく神部だ。
もう一つの可能性として、竹が自分で陽春の机から取り出し、隠蔽した可能性もある。竹も『神部を攻撃したい』ように思えるからだ。
推薦状の紛失は、いい口実になる。
そんなことを考えながら、鈴木は着替えると、体育の授業へと向かった。