残された謎
多田羅は鈴木の手を握って、言う。
「すごいよ鈴木くん。やっぱり私の見込んだ人だった」
「……」
「益子どういうこと?」
鈴木の手を離して引っ込め、多田羅は俯いた。
「ごめんなさい」
「何、ねぇ。ちょっと、どうしたのよ」
宮藤は席を移動して、泣きかけている多田羅の横に座る。
そして肩に手を回し、体を引き寄せた。
「俺が言ってもいい?」
多田羅は泣きながら頷く。
「相田が教室に入った時、誰もいないように見えた。相田は自分の机から弁当を取り出して、急いで教室を抜けようとした。このままだとさっきクドウちゃんが言ってたみたいに『変態』扱いされてしまい、大ごとになるからだ。だけど、たまたま、俺の机の下で作業をしていた女子と目が合ってしまったんだ。そして、その女子は『変態!』と叫ぶ訳ではなく、逆に身を潜めた。相田も、相手にも何か『後ろ暗い』ことがあるのだ、と感じてこっそりと教室を出て行ったんだ」
「ねぇ、まさかその『女子』が益子だって言うんじゃ」
多田羅が頷く。
「えっ?」
宮藤は納得いかない様子で、言葉を繋げる。
「待って待って、益子は責められて混乱しているだけじゃない。だって、相田だって、ちゃんと見てないんでしょ。そんな調子なら、万慈の席だったかもはっきりしないじゃない」
「俺の机の下に封筒を貼り付けたのは多田羅さんだよ。そこは間違いない」
「何よ、万慈、封筒を探してくれって依頼してきたの益子なんだよ」
鈴木はスタンプ台を使って指紋を記録したノートを広げてみせた。
「これが、俺の机の下に封筒を貼ってあったセロテープ。そしてこれがさっき指紋を取らせてもらったもの。多田羅さんの人差し指と一致する」
「……」
それを見て宮藤は言葉を呑んだ。
「本人がいる前で気持ちを推測するのはあれなんだけど、放課後までに俺が封筒を見つけてくれる、と思ってこの机の下に貼ったんだと思うんだ。結果的には六時間目ギリギリまでかかってしまって、本当にヒヤヒヤしたと思うんだよね。ごめんね」
「ううん、いいの。今日は一日、鈴木くんと一緒に居れて楽しかった」
「……」
宮藤は複雑な気持ちになっていた。
「ただ、動機がよくわからないんだ。もしかしたら、封筒を取ったのは別人の可能性もある。何かの拍子に手にしてしまった多田羅さんが、封筒を隠しただけと言うこともあるからね」
多田羅が姿勢を正し、咳払いをすると話し始めた。
「地理の授業の後、私が自席だと思って座った席は陽春の席だったの。そこで…… 魔がさしたのかな。封筒を制服の内ポケットに入れてしまったの。そう言えば、鈴木くん、あの時、何か気づいてたんじゃない?」
多田羅が黒板を消す時に、手を、体を伸ばし、大きく体を使っている様子。
昼休み前、宮藤からも感じた『音』のこと。
鈴木は思い出した。
「そうか。体育の前、黒板を消していた時だ! 封筒が『擦れる』音だったんだ」
多田羅は目に涙を溜めながらも、笑った。
「そうそう。あの時、鈴木くんに『観察されてる』って思ってた」
「あの時、多田羅さんとじっくりお話し出来ていれば、こっそり封筒を返すことも出来たのに」
「私も相田くんにしたみたいに、鈴木くんから『キッツイ』尋問されたかったな」
宮藤が言った。
「相田くんにそんなことしたの?」
「なんでそんなことバレたかな」
「国語準備室から戻ってきた時、相田くん『半べそ』かいてたもん」
鈴木は思った。
多田羅さんは俺に挑戦したかったのではないか。どちらの推理が、どちらの謎解き能力が上なのか、そういうことを比べたかったのかもしれない。そんな理由で使われた竹の推薦状の関係者は、たまったものではない。
推理や謎解き、などと言うのは他人の為になることで発揮されるべきだ。それこそ隣人愛の実現だ。
「とにかく、よかった。これで全てスッキリした。さあ、帰ろうか。多田羅さんも校門出るとこまで一緒に帰る?」
「昼休みに事情聴取したり、いろいろあったせいで、日誌が書けてないの。今日はやめとく」
宮藤は、多田羅に気付かれないように、鈴木に向けて首を振った。
今日、これ以上多田羅といるべきではない、という気持ちだった。
「それじゃ、益子。また明日」
「さよなら」
多田羅は立ち上がり、無言で二人に手を振った。
鈴木と宮藤は、家が隣で、いつも一緒に帰っていた。
学校の南門をでたあたりのことだった。
「クドウちゃん」
「何?」
「多田羅さん、俺と知恵比べでもしたかったのかな。なら、あんな大騒ぎになることしなくてもよかったのに。お家に呼んでくれれば、じっくりと……」
「万慈って、やっぱり、いやらしいことばっかり考えているのね。こんなのが、モテるのが不思議」
宮藤は、花村が言ったことを思い出していた。
それは、日本史と地理の選択授業が終わった後のことだった。
花村がこっちを見て笑っていた理由を聞くと、言いづらそうにこう言ったのだ。『多田羅さんは鈴木のことが好き』だと。
つまり、今回の動機は……
「えっ? モテる?」
「あっ! モテてないか」
「いや、言ったでしょ? 聞こえたよ? モテてるって」
「『私に』モテてるでしょ?」
宮藤は、万慈の腕にしがみつくように体を寄せた。
「なんだよ、くっつくなよ」
「これが隣人愛よ」
「意味が違うだろ、隣人愛は近所に住んでいる同級生を愛せという事じゃない」
「広い意味では同じ」
鈴木は宮藤の顔を覗き込んだ。
「何か隠しているよね」
「隠してないもん」
宮藤は思った。隠しているんじゃなくて、言えないだけだもん。
日直の手伝いを依頼してきた時も、推薦状を探してくれと頼んで来た時も、彼女は友達である私を見ているのではなく、万慈を見ていた。万慈と話したくて、万慈と一緒に居たかったのだ。何故なら、万慈を好きだから……
「もしかして、クドウちゃんも、多田羅さんの動機が弱い、って思ってるでしょ?」
「……えっ?」
「俺が言ったこと聞こえてた? クドウちゃん、なんか様子がおかしいよ。何か隠してる?」
「まあ、いいじゃない…… 私も隠したいことぐらいあるの」
そう言って、鈴木の背中を強く押した。
「いつもの腕力が戻ったね」
そう言って鈴木が笑うと、宮藤も笑顔になった。
おしまい




