隣人愛
古典の授業が終わると、鈴木は教壇に立った。
古典の担当教員は、戸口で振り返り鈴木を睨んだ。
「授業もそれくらい前向きに取り組んで欲しいもんだな。全く」
誰にも聞こえないほどの声で、そういうと去っていった。
そんなことを言われているとも知らず、鈴木はクラス全員に向かって話し始めた。
「聞いてくれ。帰りのホームルームの前に、今回の謎解きをしたい。ちょっとでいいから付き合って欲しい」
「いらないよ」
「聞きたくない」
「あったんだからいいだろ」
「犯人とかどうでもいい」
「お前の声聞いていると腹が立つ」
クラスの大半は、鈴木に聞こえるように文句を言い続ける。
「じゃ、じゃあ、俺が今から言う人だけでも。竹、陽春、多田羅、神部、青空 、相田、宮藤」
「その中に犯人がいるって言っているようなもんじゃないか」
「やめろよ、出てきたんだからそれいいだろ」
「そうだよ、犯人を特定することがお前の仕事じゃない」
「犯人を皆んなの前で公表するのはいじめだぞ」
「情けは人の為ならず、っていうだろ。許してやれよ」
情けは他人の為になるだけでなく、回り回って自分にも良いことがある、と言う意味で、日本ではよくキリスト教の『隣人愛』と誤解される言葉だ。
俺は別に『犯人』を責めようとしているのではない。何が起こったのか、真実を突き止めたかっただけだ。なのに、そんなことは一つも理解してもらえない。
俺が他人を責め立てようとしていると受け取られている。
俺にだって『隣人愛』はあるし、俺にも『隣人愛』を向けてくれてもいいのに……
流石に、人の言うことに流されない鈴木も、ずっと批判されて、気分が鬱になってきていた。
「じゃ、じゃあ、聞きたい人、手をあげて」
宮藤が、元気よく手を挙げた。
多田羅は、周りに気づかれないよう、小さく手を上げている。
二人か…… 鈴木は肩を落とし、言った。
「じゃあ、二人はホームルームの後、少しだけ教室に残って」
教壇を降りて、自席に戻ると、宮藤が慰める。
「私がちゃんと聞いてあげるから大丈夫だよ」
「……」
担任の真岡が入ってくるとホームルームが始まった。
ホームルームが終わると、生徒はバラバラに教室を出ていく。
竹が鈴木に聞こえるように「推薦状を提出してくる」と言って出ていった。
陽春も「見つけてくれてありがとう」と言って教室から去っていく。
教室に残っているのが、宮藤と鈴木、多田羅だけになった。
多田羅は日直の日誌を持って二人の席の前の席に横座りする。
「犯人の話、聞かせて」
「う、うん」
「万慈大丈夫?」
鈴木は何も言わずに頷いた。
周囲を見まわし、誰もいないことを確認して、メモを取り出した。
「お話の一番盛り上がるところで、この状況は辛いね」
「何を言ってるの?」
「始めていい?」
宮藤と多田羅が頷いた。
「最初に言っておくと、今回は肝心な動機がわかっていない。だから、どこまで行っても状況からその人しかいない、というだけの『推定』なんだ」
「わかったわ」
「本当に、教室の監視カメラや指紋の検出とかを使えば、はっきりわかるんだけど、学校内で、俺は生徒だから、やれる範囲が狭くて……」
「万慈、いいから話を進めて」
鈴木はため息のように息を長く吐いた。
そして鞄からノートとスタンプ台を取り出した。
「本当に失礼なことなんだけど、二人の指紋をとってもいいかな」
「私はいいけど、益子はどうする? 嫌なら拒否していいのよ」
「別にいいわよ」
「他の用途には使わない。必ず破棄するから」
スタンプ台に指をつけ、ノートに一指ずつ、つけていく。
全てを取り終わった後、鈴木はノートを立てて、二人に見せないようにしてから、取り出したもう一つの何かと、指紋を比べている。
「うん、ありがとう」
鈴木はそう言うと、ノートを閉じた。
「じゃあ、始めよう」
「さっき始めたんじゃないの」
「ああ、そうだったよね……」
鈴木は何かを思い出すように、しばらく黒板の方を見ていた。
そして、ようやく口を開いた。




