表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

日直のお仕事

 無名崎(むめいさき)高校は、学区内でも平均的な成績で入れる高校だった。

 無名崎というのは地名だったが、現在から過去まで、このあたりが『みさき』であったことはない。

「……もっとも、歴史に記されていないほど古い時代、ここに海があったかはわからないがな」

 と、一人の男がそう言った。

 その男は学生服を着て天井を見上げていた。

 男は、この無名崎の生徒で、鈴木万慈(ばんじ)という。

「万慈。今の何? 突然、誰に言っているの?」

 横に座っている女生徒は、宮藤(くどう)静香(しずか)といい、万慈の幼馴染だった。

 肩につくかつかないか、といった長さの髪が、軽く揺れる。

 鈴木は手を合わせて謝る。

「今のは本当にすまない。きっと、天の声と対話したんだ、と思う」

「そうなると私には、もっと訳わからない」

 宮藤は両手を広げ、お手上げ、といった風に肩をすぼめた。

 万慈たちのクラスは、朝のショートホームルーム前の時間で、何となく教室内に集まってはいるものの、各々が好き勝手に立ったり、座ったり、私的な話をしていた。

『断る!』

 大きな声が廊下から聞こえてきて、教室内が静まり返った。

 万慈が、ボソリと言う。

「今の、(たけ)の声だよね」

 竹とは『竹敏志(はやし)』というクラスメイトのことだ。

「そんなの全員がわかってるの。改めて確認する人は、クラスに溶け込めてない万慈だけよ」

「そう? やっぱり?」

 すると、さらに廊下から語気強めな声が聞こえてくる。

『おとなしく引っ込めばいいのに、絶対お前になんか投票しねぇからな』

『お前の票なんかなくたって当選する』

『なら、立候補出来なくしてやる』

 廊下側は壁で窓は、上下の採光用のみ。教室から誰が廊下にいるか、顔を見ることは出来ない。

「声的に、もう一人は、神部(かんべ)益雄(ますお)だね」

「ねぇ、なんでそんなこと改めて口にするの? しかもフルネームで。さっきから変じゃない?」

 鈴木は手の指を広げ、左右に振って打ち消すようにしながら言った。

「クドウちゃんなら知ってるでしょ? 俺、あんまり学校に興味がないんで、そういう質問、勘弁してよ。それと、後、さっき言ってた立候補って何のこと?」

「生徒会の選挙よ」

 宮藤は呆れた顔でそう言った。

「へぇ、立候補してまで、ウチの生徒会、やりたがる人いるんだな? けどさ、神部が『立候補出来なくしてやる』って言ってたってことは、神部に相当な権限があるのかな?」

「口だけだと思うけど」

「口だけだったら脅しにならないじゃん。神部は、なんか重要なことを握ってるんじゃない?」

「うーん、推薦状…… かな。けど、推薦状はなくても立候補できた気がする」

 宮藤は生徒手帳を取り出して、生徒会のことを調べている。

「……そうね。立候補を取り消すのは停学とかそういうことぐらいね」

「クドウちゃんの言った通り、『口だけ』ってことか」

「まあ、推薦状がないと『人望』が無いって思われるせいか、例年、推薦状が少ない側が負けているけどね」

 万慈は宮藤の横に立っている女生徒が気になって、上の空で聞いていた。

「ちょっと、ちゃんと聞いてよ」

 万慈が宮藤の横にいる女生徒に会釈をすると、ようやく宮藤もその存在に気づいた。

「えっ? アレ? 益子(ましこ)どうしたの?」

 横に立っていたのは多田羅(たたら)益子(ましこ)といって宮藤の友人だった。

「あのね……」

 多田羅は何かを言いかけて止めると、笑顔を作って手を振り始めた。

 宮藤は視線の先を追った。

「万慈。何やってんの?」

 鈴木と多田羅が手を振り合っていたのだ。

「いや、多田羅さん可愛いよね」

 鈴木は、そう言いながら、多田羅の足元から舐めるように視線を這わせる。

 規定の靴下と、生足。膝下は細く、膝上からの膨らみが美しい。

 スカートをヘソの上で履いているのだろうか。ウエストが高く見える。

 制服なのではっきりないが、胸もありそうだ。大きくて少し垂れ目だが、二重だし、顔のバランスは取れている。前髪は左右に割って、後ろ髪はポニーテールにしている。

 髪を縛るゴムは、リボンの形の大きめの飾りがついていた。

「ちょっと、ジロジロ見るのやめなさいよ。女性に対する態度が一々セクハラなのよ」

 鈴木を見ている宮藤の視野の隅に、花村(はなむら)の姿が映った。

 花村は口に手を当て、笑いを堪えているようだった。

「私、万慈くんの発言、気にしないから、こっち向いて?」

「そうね。無視無視」

 宮藤は多田羅の方を向くと、多田羅は言う。

「あのね、井神(いがみ)が休んじゃって、日直私一人なの。静香、手伝って」

「うんうん、手伝う手伝う」

「何で万慈が手伝うとかいうのよ。私が頼まれたのよ」

「万慈くんが良いなら、万慈くん手伝ってくれるかな」

 ガタっと椅子が動く音がすると、万慈が立ち上がった。

「ダメダメ、こいつ役に立たないから私が手伝うわ」

 宮藤も立ち上がると、教室の前の扉が開いて、竹が入ってきた。

 続いて、後ろ側の扉が開くと、神部が入ってくる。

 二人とも怒りを隠せない様子で、再び教室がピリついた。

 それを横目で見ながら、多田羅と宮藤、鈴木の三人は教室の前方へ進むと、日直の仕事を始めた。

 黒板の(わき)の窓側には、備品の並んでいる机が置いてある。

 日直はそれらに不足がないかチェックすることになっている。不足していたら、補充をするためだ。

 多田羅がペンを持って読み上げる。

「チョーク白、チョーク赤、チョーク青、チョーク緑……」

「チョークはオッケー」

 宮藤の返事を聴いて、多田羅が用紙にチェックを入れていく。

 退屈そうに、鈴木は頭の後ろで腕を組んだ。

「セロテープ、マーカーペン、ハサミ、ホチキス、ホチキスの玉、メガホン」

 宮藤が一つ一つを指差して確認し、最後にホチキスを開いて中を確認する。

「オッケー」

「静香、ありがとう」

「クドウちゃん、日直ってさ、男女ペアなところに良さがあると思わないかい?」

 よく理解できないようで、宮藤は首を捻った。

「万慈くんて、そういうこと考えるんだ」

「俺は考えないけど、よく前日から盛り上がっている日直ペアの話をネットで見るから」

「前日にメッセージ送って、どれくらいで反応くるかな、とか。初めてLINKのアイディー交換するとか」

「日直を口実にして、その()に電話してみたりとか、話すきっかけにしたりとか」

 宮藤が口を出す。

「日直当日、一緒に登校したりとか?」

「それは静香と万慈くんだけでしょ。たまたま通学路が一緒な人は、滅多にないわよ。やっぱり、お隣同士って素敵ね」

「俺は多田羅さんとお隣同士が良かったな」

「マジ!? 感激!」

 多田羅の声は裏返っていて、教室の注目を集めた。

「万慈の隣に住んでも良いことないわよ。万慈のお弁当作らなきゃならないし」

「ああ、例のオカズ弁当ね」

 万慈はお米を炊くことはできたが、おかずを作る能力が絶望的に低かった。そこでライスは自分で炊き、おかずを宮藤に作ってもらうことを続けているのだった。

「じゃあ、今度から静香の代わりに、私が万慈くんのオカズ弁当を作る」

「多田羅さんが一緒にいれば俺、オカズいらないよ」

「万慈、それセクハラよ」

 宮藤は、鈴木がお弁当のおかずと、違う意味のオカズを掛けた発言をしていると感じていた。

「私、全然気にしないんだけど」

 鈴木の本当の意図がどうあれ、多田羅は気にしていなかった。

「ほら、本人が気にしないんだからセーフだぞ」

「私が許さないって言ってるの!」

「良い加減、席に戻ってくれるかな?」

 黒板の傍にいた三人がびっくりした顔で、声がした方向を向く。

 七三にバッチリ分けた髪から、整髪剤の匂いがしてくる。

 担任の真岡(もうか)だった。

 三人が教室の方に向き直ると、クラスの連中は着席していて、三人をみてニヤニヤしている。

『も、申し訳ございません……』

 三人は声を揃えてそういうと、各々の席に戻っていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ