王都
俺には1つ下の妹がいた。
美人で、色白で、控えめに笑う可愛い妹だった。
腰まで伸びた茶色の髪が、風になびくのを見るのが好きだった。
スラリとした、芸術品のような手足を振って俺に付いてくるのが楽しかった。
可愛くて、大切で。
こいつのためならなんでもできると思った。
こいつとならいつまででも一緒にいたいと思った。
いつまでも一緒にいると誓った。
────でも、神はそんな俺たちが気にくわなかったらしい。
◇◇
「そこのお姉さん、果物いいの入ってるよ。見てっておくんな! お、そこのお兄さん! 奥さんの土産にカシルの実なんてどうだい。美肌効果があるってんで、最近女性に人気だよ! お小遣いアップ間違いなし! て、おいおいアレックス。大物を仕留めたなあ、今日の夕飯はドラゴンステーキか!」
「へへ、これも魔法のお陰よ! そっちこそ今日も繁盛してるじゃねえか、おっさん!」
「それもこれも神様のお陰だな」
「「神様に感謝!」」
そう、この世は全て神の力で出来ている。
大地も空も、人も魔物も精霊も。
植物やただの物体に至るまで、その存在がこの世に許されるのか。どこにどれだけ分配されるのかは、全て神の采配次第……ということになっている。
だが、それは各国の王族が自分たちの権威を補強するための嘘だ。
「そんな凄い神様に国の統治を任されたのが我ら王族である」ということらしい。
神は常にこの世全てを平等で満たしており、今世や前世で良き行いをした者には『祝福』を、逆の者には『呪い』を授けたり罰を与えたりするとみんなは信じてる。
ばかばかしい。
神とはもっと限定的で、個人的で、快楽的だ。
人に前世など無く、気まぐれで能力を与え、個人的な理由で奪う。
クソッタレの愉悦魔にすぎない。
なぜそんなことを俺が知っているのか。
それは直接会ったからだ。
みんながいう、神とやらに。
「おかーさーん!」
「まあ、どこにぶつけたの!?」
怪我をした子どもが母親に縋り付く様を見て──
『おにーちゃあん!』
森で転けて膝をすりむいた妹を思い出した。
別に、おれは子どもが好きというわけではない。
いい人な訳でもない。
「見せてみろ、少年」
ただ、妹だったらこうしていただろうと思っただけだ。
自慢の右腕で少年の擦り傷に触れた。
その瞬間、スッと傷が消えていく。
「これは……『祝福の右手』!?」
母親が驚愕するが無理もない。
神が人に直接与えた恩恵は、ルックスや知能、剣術や魔術など多岐にわたる。
その中でも最上位の恩恵を『祝福の右手』、若しくは『祝福』という。
その者の利き手に宿り、触れた全てを任意で癒す神の代行権能。
これを所持する者は世界でも12人だけだからな。
ペコペコとお礼をいう母親に「これも神のご加護ですよ」などど思ってもいないことを言っておく。
……しかしこの母親、よく見ると若くて綺麗だな。
これは不味い。
さっさと立ち去るが吉。
「あら、綺麗な右手。まるで美しい女性のような──て、ごめんなさ」
「わかりますか!」
この若妻、中々見る目があるらしい。
この右手は俺の自慢なのだ。
「こっちの手はヒョロヒョロだ~」
少年が俺の左手を触ろうとする。
俺の復は右腕を見せびらかすために右側だけ薄手の半袖だが、逆に左手側は厳重に隠すようにぶかぶかの長袖である。
「おっと、こっちの手はやめておけ。右手にしときなさい」
やっぱり子どもは好きじゃない。
好奇心に任せて他人を無遠慮に覗いてくる。
「まあまあ、そんなこと言わずに。祝福の書・第一節『人の手は誰かと繋ぐためにある』ですよ」
……年齢ではなく、血筋の問題らしいな。
触らせるわけにはいかない。
それと、自分の服の袖にも触れるわけにはいかない。
細心の注意を払いながら咄嗟に少年を捌くことに集中してしまった俺は、身体を捻った際に右手が一定のラインを超えて若妻に近づいてしまったことに気がつかなかった。
むにんむにん
特別大きいわけではなく、しかして小さいわけでもない。
ふむ、右手に伝わるこの感触は────女性のおっぱい、だね。
柔らかい。やりやがったなマイシスター。だが個人的にはお前の胸の方が──
「この痴漢! 最低!」
ぶべら
「なんだなんだ」
「痴漢だと!?」
「みない顔だね、王都の住民じゃあないはずだよ」
「おばばが言うんなら間違いねえ、とっちめるか」
「私、衛兵呼んでくる!」
くそ、逃げるしかねえ!
妹は可愛くて美人で俺の自慢だった。
ただ、欠点が1つあった。
重大な、それこそそれ1つで他所に嫁のもらい手がなくなるであろう程の重大な欠点だ。
俺の妹は重度のブラコンで、重度の女好きだったのだ。
「この、死ね変態!」
「やっちまえ!」
おいばか物を投げるな危ねーだろ!
花瓶だの木材だのと、おまえらどこから出しやがった。
人間ってのは、幾つかの決まった事態に対して反射的に同じ対処をしてしまう生き物だと妹が言っていた。
例えば顔に物が飛んできたとき、人は咄嗟に利き手で顔を庇うらしい。
今それを実体験した。
「……あ」
つまり、俺は利き手を使ってしまったのだ。
この神に呪われた左手を。
不用意に振るってしまったため、そのまま左手が袖にこすれて呪いを発揮してしまう。
袖が塵へと還り、禍々しい刻印が施された左腕が衆目に晒された。
『人の手は誰かと繋ぐためにある』。
互いに手を取り、理解し、認め合うことで人は集団生活を送る。
手を取ってくれない者を受け入れてくれる集団など存在しない。
故に、この呪いを受けた者は独りになる。
癒やし他者との縁を繋ぐ『祝福』に対し、これはそういう呪い。
神の定めし禁忌を破った罪人の証。
またの名を『拒絶』。
この左手に触れた物は全て崩壊する。
祝福と違って自由な制御など効かない。
人間も魔物も精霊も、魔法もただの物体も、何一つ形を保っていられない。
触れた物全てを塵へと還す、人どころか魔法生物や人形の手もとれない孤独の呪い。
罪人の中でも最も重大な罪を犯した者、咎人の証。
「右手に『祝福』の奇跡。左手に『拒絶』の刻印。聞いたことがある」
「兄妹揃って『祝福』を与えられながら、妹の利き手を奪って我が物にした狂人……!」
ちょいちょい、大事なところが端折られてますが。
「つまりアイツが噂の『強欲の咎人』!?」
しかし俺も運がいいのか悪いのかわからなくなってきたな。
まさか、よりにもよって──
「そこまでだ、咎人! ……人相書き通りだな。我が名はララミア・アクステシオン。王国騎士団団長兼アクステシオン王国第三王女である。神に選ばれし王家の名において貴様を連行する。神逆の大罪人よ、おとなしくするがよい!」
──王都に来て早々、王家の人間を見つけられるとはなぁ!
自分じゃよくわからないので、どなたかの評価・感想が欲しいです。
よろしくお願いします。