暗い倉庫 -5
その台詞を聞いたリアは、じっと黙るしかなかった。
誰が聴いても彼らは八方手づまりだが、それは彼らが一番わかっている。
もう時間はない。そうなれば、何かをやってから終わりたいと思う気持ちは理屈では理解できた。それでもその勇気と実行は無謀だ。
自分の懐にある『武器』に手を添える。心の中では、レオに降伏するように、両手を上にあげるような想いだった。彼らの話を聞いたうえで、この武器は状況に合い過ぎている。あの男、実はすべてを理解しているのだろうか?と鼻白んだ。
彼らの前で、リアは自分の服のポケットからあるものを取り出した。それは薄い、殺傷能力もなければ身も守れない、ただの手紙だった。
それでもその場にいる全員に不審が走る。誰かが口を開く前に、リアははっきりと言った。
「これはレオ・ヴィラージオからの手紙です。あなたたちへの」
思わず立ち上がった、アルの後ろの男に殴られないかと身を縮めたが、彼らは慌てたように辺りを見やるだけだった。アルは微動だにせず座ったままだ。それでも周りが混乱して、叫ぶ声は大きい。
「やっぱりここを売ったんじゃねぇか! 逃げないと!」
そうしてその敵意がリアに向く前に、リアは必死に絞り出した大声で男の大きな声を遮った。
「ここには来ません! 私の言うことを信じるかわからないけど」
判断はそれからにしてほしい、というように、リアはアルに白い封筒を差し出した。封蝋には確かに、語りに関わっているものならすぐに気づく、ヴィラージオ家の印が示されていた。
「とにかく読んでください」
周りの男たちも、思わず固唾を飲む。焦ったように足を動かしたが、アルは静かに封を開けた。
「来いと書いているな、屋敷に」
「絶対罠じゃねぇか!」
そうわめく男の論理の方が筋だっていた。
族を呼んでしまえば捕まえればいい。それは誰でも理解できることだ。それでも、全員ぞろぞろ連れだっていくわけでもない。一人ひっ捕らえても、これまでのやり方に証拠はまだないだろう。まさか拷問でもされて、どういった団体なのか口を割らされれば別だが。
そうしてリアがこの場所を含め、すべてを話していなければの前提だ。
そうなった時に、自然、リアに視線は集まった。
リアは自分の身を守るためにしか聞こえないだろうが、と前置きしつつ、両手を上にあげていった。
「流石にそのような非人道的な行為をする人間には見えませんでした。ヴィラージオ家が、というよりは、彼自身が、でしかないですが」
「俺たちのことを、言ったことは言ったんだな」
に静かに言われて、またリアは自分の状況が決してよくなっていないことは理解した。そうしてごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと話し始めた。
「すみません。全部話します。まず彼とは恋仲ではないです。服は色々あって買ってもらったんですが」
以前話した仕事の繋がりを言った後、リアは続けた。
「彼に脅迫状のことを尋ねたんです。彼は理解していた。自分が何かの訴えを握り潰していることを。だから私は、おそらくその彼らに接触したことを言ったんです。そうしてどうしても、ただ暴力的な人たちには見えなかったと」
彼も多くは聞きませんでした。だから私もこの場所なんかは誓って話していません。そう続けても、場の空気はそれほど緩まない。それでもリアは続けた。
「それで彼から手紙をもらってきました。でも、判断は託されたんです」
戻って彼らから話を聞いて、私が、協力するべきことだと思えばこの手紙を渡せと。
そうして屋敷の地図も協力してもらって書いてきました、とリアが言うと、アルは理解したように小さくうなずいた。
「来るか来ないかも、あなたたちに判断してもらって構わないって」
アルは街中ではとんと見ないようなまぶしいばかりの白い紙を、軽く叩いた。
「来ない判断をした時でもお前のことは解放しろと書いてある」
「それに相当するお土産もつけたそうですよ」
それを言うリアが、乞うようではなく、そこだけなぜか鼻白んだような言い方なのが不自然だった。アルが同封されていた小さな紙を取り出す。後ろの男がぱっと見て言葉を落とした。
「写真?」
内容だけを聞かされていたのか、遠い目をしたリアは、言うことが嫌であるかのように、口を苦く開けて言った。
「彼の…ベッドの…上での写真だそうです。納得できないようなら、その写真を、適当な女の人と組んで…恋仲だったということにして、話を盛って、新聞に売ってくれて構わないって。自分はあまりそういう脇を甘くしたことがないから、けっこういい値段で売れるだろうって……」
話すことも嫌だという態度で続けたリアに、どんどんこの場の空気は間の抜けたものになっていった。だがしかし、このくだらない写真の1枚が、確かにいい値段になるであろうことも、正直なところ全員が理解できた。男の上半身裸の写真が一枚入っているにすぎないのに、あまりに美丈夫で、そして生々しいので、覗き込んだ男もなぜか気まずいように目をそらす。
短い沈黙の上に、赤毛の大男はそう告げた。
「行こう。逃げるなよ、リア・ガーター」
「はい。逃げません」
もはやミネットを人質にとるまでもなかった。ミネットももはや、この話のただの一員として頷いていた。リアは簡単に日を決めると、レオとの橋渡し役になると約束した。
状況としてはレオの立場が危うくなっているはずなのに、なぜかあの男の手のひらの上で転がされている気がしてならないのは、この場でリアだけが感じていることではなさそうだった。全員がなぜか、人ならぬものに騙されているかのような感覚で薄目を開けていた。