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暗い倉庫 -3

少しは慣れてきたはずの屋敷の門構えを見たとき、自分の顔色は真っ青ではなかったろうか。握りしめた手が震えるようで、守衛に止められるのではないかという考えが頭によぎる。それでも、何回目かの訪問で名前も通っているリアは、最初の頃よりはいくぶん自然に屋敷内へと足を進めた。きょろきょろと周りを見渡す視線を理性で抑える。素人がいくら見回したところで、建物の正確な地図など作れない。

それでも、またあの倉庫には戻らなければならないのだ。何かお土産になるもの、裏口めいたところくらいは見つけなければと考え始めている自分に気づき、喉がぐっと詰まる。焦っている。加担しなければ、許されなければと思っている時点ですでに冷静さを失っている。


そうしてまた個室へ現れたレオはケンセイをひきつれていて、自分で言い出したことのくせに第三者がいることにまた緊張する。だめだ。やることなすこと失敗しているように感じてしまう。

レオが目元を緩ませてリアのワンピースを見る。本当に着てきたのか、などとはもちろん言わず、「素敵だ」とだけ紳士的に触れるが、これまでのやり取りで「放っておいてと言ったじゃないですか」くらいは返しそうなリアが「ありがとうございます」としか言えなかった。

その姿にレオはわかりやすい態度は返さないが、何か感づかれているのではないかと焦る気持ちもあって、リアは持参した用紙をばさばさと広げた。


リアは思いつめたような顔で、自分の準備した縞模様を一つも表現していないデザインの図を見つめると、ぽつりとこぼした。


「脅迫状が来るっておっしゃってましたよね」


関連のないその言葉に、レオが顔を上げる。ケンセイもはっきりとこちらを見たのがわかった。それでも格式の高い彼ららしく、ゆっくりとこちらに返す。


「どうした? リア」

「どういう内容なんですか」


幼子に対するような優しい態度に、切って返すようにリアは言葉を続ける。だがその質問すらも、レオは少し眉を動かす程度だった。ケンセイの方が、表情は動かさないが、リアの態度を気にしている姿が出てしまっている。


「言うと思う?」


緩やかな目線はまた距離が遠ざかった現れなのだろうか。リアはそう思いながらも、自分の舌が、声が、震えていないことに少しばかりの自信を取り戻していた。大丈夫。まだ私は私として物事を進められる。


「思いません」そう返しながらも、リアはしっかりとレオの方を見た。


「でも「受注者」として「納品先」のことが知りたいんです」


言葉に秘められた思いに、嘘はなかった。自分がこの話を続けてからずっと思っていたこと。それは「縞々が嫌い」という言葉だけではなく、様々なことに対する真偽を探っていた自分の感情を表すことだ。厳密には発注者は王国だが、とレオが茶化すこともなかった。

きちんとやり遂げたい。それには、こちらにもきちんと情報を開示してほしい。これは目の前の男がレオ・ヴィラージオだからというだけではなく、ビジネスとしての協力の目線でもあった。

そんなことが伝わっているのかわからないが、レオはあまり間を置かず、ただしまだ子どもに対する口調のようなままで、リアに返した。


「内緒にできる?」


その言葉に愚弄が含まれていないか、リアは確認した。言葉自体には、ケンセイの方が動揺しているようにすら見えた。この場で誰もレオの真意が掴めていない。それでもリアは、はっきりと真っ直ぐ、返した。


「約束します」


心に落ちてくるのはミネットのこと。それでもここで選択肢を間違えてはならないと、リアは背筋を伸ばしていた。





「内部告発を要求するものだね。内容までは開示されていないけど、当たり前だ。自分たちの身をさらすことと同様だから」


レオの続いた言葉が飲み込めず、リアが一瞬黙り込む。その緊張をほどくように、レオは大きく身を後ろに倒した。


「意外かもしれないけど、俺自身のことではないんだよ」


その言葉に含まれるふざけた調子に、リアの上がっていた肩が少しほぐれる。それを確認したように、レオはそのまま言葉を続けた。


「叔父に自分たちの事業をめちゃくちゃにされたと。『語り』にも関係するものだから、レオ・ヴィラージオから発表してほしいと言われている。そうしてそのけじめとして、受勲を辞退してほしいと」


自分に関連する部分が出てきて、リアは一瞬息をとめた。レオはからかうように目線をきらきらとさせる。


「縞々が嫌いだからね。俺も別に欲しいわけではないから、そうしてしまおうかと思ったんだけど。でもこの受勲は今後の『俺の立場』の重要な一歩になるようだし、いらないから断れるわけでもなくて」


そうして、リアの仕事の一歩もかかっている。そうして世の中の物事は繋がっている。


「だから俺はその、誰かが必死に訴えている『悪いこと』をずっと無視しているわけだ。その人たちに話を聞くこともなく、無視している。だから嫌がらせをされているというわけだね」


「そうして、屋敷に入れば例えば彼らの求める何某かの証拠のようなものが得られるのかもしれない。だから、窓ガラスを割られたり、鍵をこじ開けられたりするかも」


この人、本当にどこまで分かっているんだろう。

リアが地図を作ることを命じられたと知っているとしか思えないような言い回しに、リアの頭がぐるぐると混乱してくる。

それでも、レオがこうして日々、何かの選択をし、何かを選んで何かを捨てる責任を負っているのだということも理解した。


「残念ながら、外部からの告発は効果が薄いというか、もみ消されがちな業界だ。そりゃあ俺が言うのが一番影響は大きいだろうね」


リアが仕事の話をした時、レオが言った「敵が多い」という言葉は、身内を指すものだけではなかったのかもしれない。レオは事実上語りという文化を背負う存在となっていて、言い方を悪くすれば客寄せの偶像ともいえた。自分の技術を過大評価されることも、過小評価されることも日常茶飯事だろう。

もしかしたらこの人が女好きとしているのも、どこかから押し付けられた「色男」としての姿を内面化しているのではと思ったらぞっとした。彼のキャラクターを出会った時から無邪気に押し付けていた自分にも。


そんなリアの考えがわかるはずもないが、レオはまるで見透かしているかのような姿で、膝の上で手を組むと、ぐっとリアに目を合わせた。


「それで、どうだろう、リア。君の質問には答えられたかな」


リアは膝の上に置いた手を、また握りしめた。彼の矜持と自分の仕事への思いを比較するようで。


「俺は君の仕事相手になれただろうか。リア」


その言葉は今の現状をも含んでいた。『悪いこと』をもみ消そうとしている男に、勲章を作るかという言葉も含まれていた。

それでもその瞳は、レオが何かを選択し、何かを守り、また何かを守れないことで自分を傷つけていることを理解させるものがあった。


このままミネットを守るために、この屋敷の情報を渡してスパイとして動き、レオが告発を選ぶのを待ち、自分に与えられた仕事のチャンスも潰すのか。


レオに全てを話し、彼らのアジトを案内して、ミネットだけは守ってもらい、彼らが伝えようとしている『何か』は永遠に葬って、仕事をやり遂げるのか。


そのやり遂げた仕事には、何模様の布がついているだろう。

どうしても、縞模様に鳥肌をたてたレオがこれかもずっと勲章を左胸につける光景しか想像ができなかった。彼も、自分も、何も変えることもできず、そしてミネットはまたこの街を去る姿しか。


リアは顔をあげた。ビジネスに重要であろうポーカーフェイスなんてどうだってよかった。

ここでどちらかを選ぶ。

人生と仕事は選択と、責任の繰り返しなのだ。


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