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暗い倉庫 -1

それからリアは、日頃の仕事もこなしながらも、過去の勲章の歴史やデザインをひっくり返す忙しい日々が続いた。最悪、専門家の伝手が辿れなければ、自分がデザインを行う可能性もゼロではない。

ああした意匠がいいのではないか、こういう線もあるか。自分が三百年続く勲章のかたちを変えるなど、まだもちろん本気では思えていなかったが、ストライプを外した際に代わりに模様はつけるのか、色は変えるのか、勲章の部分も変えるのか、模様の持つ意味合いなど考えても調べても尽きることはなかった。

親方である父親も、まさか自分が歴史からひっくり返すと思っていたのかどうなのか、少なくとも回り道をしているようにしか見えないだろうことも、否定せずにいてくれた。元々父親は、誰かが努力をしていること自体を否定するような人間ではない。そこはリアも敬愛していた。ただ、職人らしく、その努力が見当違いであれば、後からぼこぼこに言われるのだが。


それに、父親といえば、あの日娘が見たこともないワンピースを着て帰った時、絶句して動揺していたのも笑ってしまった。誰かから贈られたのか、など、きっと彼は言い出せないだろう。

リアが言い出さなければ、工場の誰も触れてこないのもおかしかった。ここできっと妙齢の女性などいれば少し雰囲気も違うのかと思うと、やはりリアはレオを話ながら自覚してきた自分の夢も考え始めていた。



レオもレオで忙しく、手紙が来たが呼び寄せられた日程は少し遠いものだった。その間にリアが考えたこととしては、勲章のデザインがもし変えられるとすれば、口実とあわせてどちらにせよ専門家も必要だということだった。それは、理由付けを持つことに他ならない。語弊を恐れず言えば、箔のつくことが大事だった。それが考え抜かれた素晴らしいものだったとしても、一個人が言うのと、実績をあげたものがいうのでは異なる。虚しいことだが、それはそれで事実だった。だからといって伝手がない。


収穫はそれくらいしかなかったが、一応自分の作成したデザイン案なども丸めた用紙で持参した。服は恥ずかしながら、本当に先日買ってもらったものを着てきた。これとこれまでのもので回していくしか実質ないのだ。



今日も約束の時間より随分早く街を訪れた自分がもういっそみっともないような思いだった。屋台で一瞬かすめた恩人の残像に縋っているように思えてならず、くよくよとした自分が嫌になる。

それでも、また次の演目が始まりだした広場はまた賑わいを見せていた。きっと始まるときと終わるときが賑わうのだろう。お祭りとはそういうものだ。


そうして、もう辞めることにしようかと思っていた、暗がりへ顔をのぞかせたとき、心臓がずきりと痛んで、血の気がひいた。

屋台に人がいる。遠めから見ても、あの日見かけた女性とは違うようで、絡まれた男ともどうやら違うように見えた。目を凝らすとやはり違う。少し身体が大きく、そしてまた、どうも売れない土産物屋にしては図体の大きい男が店番のように思えた。


もうこんな思いとは別れてしまおう。どきんどきんと打つ胸も痛い。そうして、もう期待に自分を乱されるのも嫌だった。

違う人だと分かれば諦められる。もしミネットだったらその時の方が恐ろしい。それでも、震える身体で足を進めた。無意識にレオから贈られたワンピースをぎゅっと握りしめていた。


「あの……」


店前でそう声をかけると、やはり男は店員とはいえない目線を向けた。まるでそこにいること自体が仕事のようだ。無愛想な老人の蚤の市のよう、客が来ることを想定もしていなければ、むしろ迷惑がってさえいる。

それでも声をかけたからには聞くしかない。


「ミネットという人はいますか」


そう告げると男の目の色が変わる。


「何の知り合いだ」


低い声でそう返ってきたが、それ自体が彼女の存在を告げていて、リアはもう言葉として飲み込めていなかった。心の中で同じ言葉だけが耳鳴りのようにわんわんする。いるんだ!いるんだ!ミネットが!!


だから、がたりと立ち上がった男の目の色にきちんと気づくべきだった。


「おい、ついてこい」


さっと店前を抜けてこちらの前に立ちふさがると、やはり大きい。反射的にリアが一歩足を引くと、警戒したように腕を掴まれる。

その力が強くて、そこから相手の恐ろしさが伝わる。仲間の古い知り合いにするような態度ではなかった。ここに知り合いがいることが不都合があるような。

まずい、と思って身をねじるも離されるはずもなかった。その時点で動悸は残っていたが、頭の片隅の自分はどこか冷静だった。

ミネットがいると分かれば、ここで帰るわけにもいかない。雲行きは怪しそうだが、突き返されるわけでもないのだ。

もうここまで来れば、行くしかない。レオとの待ち合わせまでは時間もある、と思いながら、そんなことが悠長な思いとなるのか、それも恐ろしかった。


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