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買い物デート -3★

★ … 当作品比恋愛要素多めパートです

「スタイルがよくていらっしゃいますから。お肌の色合いも活かしましょう」

「いや本当に、一番簡素なものにしてください」

「あらあら」


暗にこちらの色が黒いと言っているのだろう、貴族のお嬢様方と同じ肌色なわけがない、と思いながらもくるくると動く女性の姿を見る。小顔で、ブラウンの髪をきっちりと結い顔周りに編んでいる彼女が本当に心からこちらの肌色などに合わせた服を提案したいのだと飲み込み始め、思わず黙った。だが、よくわからない服を何着が着せられるだけでもどっと疲れたので、宝石が輝く美しいワンピースなどは着ることすら断る。

「あら、その良い色の髪にも絶対似合うのに。またいらしてくださいね」と返されて、このようなところに二度と私が足を踏み入れることはあるまい、と思うが飲み込む。


その中で何着か出されたブラウスやスカートの中で、一番シンプルな、安価そうなものを「これがいいです」「なんて素敵なんでしょう」と推す。もうここに来ることもあるまいと恥をかき捨てる。

そうですか?これもいいですが、などといいながら豪奢な刺繍のついたスカートは遠慮して、シンプルなクリームのブラウスと、胸のあたりが編み上げのデザインになった緑色のスカートに落ち着けた。確かに短くぼさぼさではあるが、自分の燃えるようなオレンジの髪と合っているように思えた。


「ご本人が気に入るものが一番ですからね」と言いながらも少し残念そうな女性にきゅっと編み上げを閉めてもらいながら、ああやっと終わったと胸をなで下ろしたリアは「続いて合わせるお靴は、」と続けられて眩暈のする思いを理性でこらえた。





この、お披露目のような行為は醜悪だ、と顔のあげられないリアが別室から戻ってくると、大層リラックスした様子のレオがソファに足を組んでいる姿のきらびやかさが目を打つようだった。レオは自然にリアの上下に目を通すと、静かなくせに響く声で一言返す。


「似合うな」


そう褒めたレオの目はとろけるように見えて、店員は驚いていたが、そもそも男性にそんな目を向けられたことのないリアは、ピンと来ないままにその賞賛を有難く受け取ることにした。


この美丈夫に、よもや服を贈られ、褒めてさえもらえるとは。

この後の人生で百回くらい噛む思い出にしよう、と他人事のように真顔で思った。





服を買ったからといって、店からすぐ出なければならないことはないらしい。自分の常識と異なることばかりなので、リアはそわそわと扉に目をやったが、お茶くらい飲んでいこうと言ったレオの少し先をいくように自然に、店員はすでに席を外していた。


「次にさっそくこの服を着てきても笑わないでくださいね」


リアはいたって真剣にそう続けたが、レオはおかしくてたまらないようにすでに「ふふふ」と笑って身を崩していた。「わかったよ、笑わない」と続けられて、嘘を吐け、とリアは目を細くする。


「このお店、いつも女性を連れてくるんですか」


だいぶ吹っ切れてきたリアが不躾なことを聞く。同席する人がいれば別だが、この美しい男と二人きりであれば、もうだいぶ言いたいことを言えるようになってきた。レオは嘘のようなさわやかな笑顔を返す。


「大切な人だけかな」

「詐欺師みたいな笑顔を……」

「だいぶ砕けてきたね、リア」


何度か会った関係とは思えぬような、同じ年の男女のようなやり取りが続く。レオがふざけて返す言葉が面白いものだから、リアも端々で思わず笑ってしまうことが多かった。


「ああ、でも語りの踊り子には手は出さないんだよ俺は」

「ええ!」


あの美人たちに、という反応でリアが素直に返すと、レオはまたその失礼な反応に笑った後、「面倒なことになるからね」と続けた。「引退すれば別だけど」語尾にハートをつけるようなふざけた態度に、リアは「こいつ……」と言いたかったが流石に言わなかった。


ひとしきりけらけらと笑い合った後、レオは隣に座るリアにきちんとした距離を保ったまま、静かに問うた。


「リアは何でそんなに頑張っているの」


会話の色が変わったことを理解して、リアは膝に置いた手に力が入るのを自覚した。そうして真っ直ぐに、レオの黒い眼差しを見る。


彼の言いたいことはわかるように思っていた。リアの態度。無茶を言われても投げ出さず、食らいついては、なんとかこの船に乗り続けようとしている。それは、ガーター家の仕事というよりも、どう考えても彼女自身の問題として食らいついているようにしか見えないだろう。そうして、実質その通りだった。


リアはいつも心の中にあることを、それでいて、誰に吐露しても決して楽にはならないこの感情を、目の前の男に、真っ直ぐ目を見ながら告げた。


「継ぎたいんです、今の工場を。でも、どうやって束ねていけばいいのか、今はわからない」


短い言葉だが正直な思いだった。言えば甘い自分を見つめるようで、言葉にはできていなかった。人から言われる前に、そんなに甘いことを、と何よりも自分自身が言い返してくる。それでもレオは一つも笑わず、頷いた。


「難しいだろうな」


人を束ねること、職人との関係、女であること、年齢、すべてにレオは触れなかったが、分かっているかのような言葉だった。正面から受け止められたその言葉に、リアはこわばった肩が落ちるように思う。国内で最も優れているとされる一座を背負う男から、そういってもらうことが率直に嬉しかった。

ほっとしたようなリアの頬の緩みを見たろうか、レオはふざけるように手をひらひらと振って「うちもすごいからな」と続けた。


「そうでしょうね」と苦笑いするように返したリアに破顔するレオを見ながら、リアはむずむずとする手足をこらえるような感覚に似ている思いを必死でこらえていた。嬉しさがつま先から迫ってきたのは初めてだった。


よっぽど、目の前のすべてを話してしまいたかった。劇場の近くで見た女性が、いなくなってしまった大切な人かもしれないんです。とレオに言って、相談してしまいたい。それでもそのような関係ではないのだと、震える自分に言い聞かせるように腕をつかんでこらえた。


それから二人は、なぜか小さな秘密を共有したかのように、和らいだ空気の中で取り留めもない話をした。レオは自然にしていれば、大変に接しやすい男だった。こちらを妙に持ち上げてくることもなければ、じゃけんにすることもない。彼も彼で、仕事の話ばかりを真剣にするリアに興味深いような目を向けているように見えた。


敵が多いという発言も嘘ではないようで、語りをほぼ背負うレオは、技術も政治も上手くやる必要があるようだ。働く身として、素直にすごいと感じるが、それをまだ口には出せなかった。


その後はお茶をともにし終え、まだ装飾も買おうというレオを押しとどめて、屋敷前まで戻ると別れた。馬車まで送ろうと言われたが、友人にお土産を買うのでと辞退する。それも着いていこうかとするが、さすがにレオが劇場前の広場に現れるわけにはいかない。お土産もたっぷり持たせるけれどと眉を寄せる美男の顔を前に誇示すると、新しいスカートを翻しながら向かった。


戻っても、やはりミネットを見た場所には誰もいなかった。そのことだけをしっかりと受け取って、村へ戻った。


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