王妃の憂鬱~お気に入りの令嬢が悪役令嬢にされない対策は完璧に~
初めまして、ただただふわっとしたチート王妃によるごり押し断罪ものです。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「アリア!貴様との婚約はこの場をもって破棄することを宣言する」
そんな、巷で流行っている女性向けの小説のセリフのようなことを、
この国の第一王子が婚約者に向かって発していた。
わざわざ、この伝統ある学園の卒業舞踏会でだ。
国王譲りの美しい金髪と、亡き前王妃譲りの美しいエメラルドグリーンの瞳に、整った美しい容姿。これが劇の一幕ならば、女性の黄色い声援が飛ぶことだろうが、場にそぐわないことこの上ない。
ましてや、最近の流行りからは著しく外れた、胸を大きく露出し、強調した服を着た女性が腕に絡みついていれば尚更だ。
ただただ、セリフに酔っている王子とその隣にいる女性だけが、この場の凍り付いた空気を読めていなかった。
「兄上何てことを!」
「オシリス殿下、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
凍り付いた場に響いた第二王子の声を制して、凛とした声が響く。
「貴様がこの国の王妃にはふさわしくないからだ!お前は、貴族ということに胡坐をかき、学園の授業もさぼり、あまつさえ、私と話したというだけで、この精霊の愛し子であるルーシィ嬢を男爵家の私生児だからといっていじめたというではないか」
「身に覚えがございませんが。つまり、そちらの女性と婚約をしたい。ということで宜しいでしょうか」
肩まで流れる美しい黒髪に、透き通るような白い肌、濃いサファイヤのような瞳で、一見すると冷たさすらあるような美しい女性が凛とした声で王子を見つめる。
「ルーシィ嬢は素晴らしい女性なので、それも考えてはいるが、まずは性悪なお前との婚約破棄を宣言しているのだ」
一瞬ひるむような表情をみせたが、すぐに勝ち誇った顔で、自分の作り出した劇に酔いしれ、隣の女性にうっとりとした笑顔をむける王子。美しい芸術品のような彼が向ける笑顔は、どんな女性でも虜にできそうだ。
「念のため、お伺いしますが。この茶番については、国王陛下並びに、王妃様はご存じなのでしょうか」
このセリフに王子たち以外の空気が一凍り付いた。
「まだだが、常日頃から婚約者については好きなようにしてよいといわれているので、反対を受けるわけがない」
「なるほど。承知いたしました。私を婚約者にはしたくない、という殿下のお申し出、謹んでお受けいたします」
「最初からそう素直に言っていればいいのだ、ちなみに、貴様が彼女をいじめた処罰は追って連絡する。見逃してもらえるとは思わないことだ」
「私はそちらの女性とは、ほぼ面識がございませんので、いじめについては事実無根であると申し上げておきます。ましてや、彼女をいじめる理由がございません。一度、名乗りもせずに、馴れ馴れしく話しかけられたことはございますが」
「理由など、私と彼女の仲に嫉妬してに決まっている!この期に及んで言い逃れしようとは見苦しいが、この場はいいだろう、お前の顔などもう二度と見たくもないので、早く下がれ!」
そういって、王子と絡みつく令嬢は今にも愛を騙りだしそうな表情でお互いを見つめだした。
さて、いい感じに馬鹿がばかばかしく調子に乗ったところで。
いい加減おとなしく聞いているのも我慢の限界だ。
喜劇の幕を開けようじゃないか。
「待ってもらおうか」
そういって、私は窓のカーテンの横で同化していたマントを外した。
数人、婚約者の令嬢と最初から気づいていた者たちが礼をとる。遅れて、全員が礼をとった。
「母上!?」
私の名誉のために訂正しておくが、こいつは亡くなった前正妃の子で、私の実子ではない。
まぁ、とはいえ、幼いころに母親を亡くしたこいつを育てたのは私なので、逃げ場もないが・・・。
前王妃も陛下も温厚で、温かみのある人なのだが、誰に似たのやら。
「わが子たちの晴れの舞台をこっそり見に来てみれば、これはこれは、なんて愉快な催しだろうか」
そう、扇で隠しつつもニンマリと笑いを浮かべながら、アリア嬢の横に立つ。
「ちょうどよいところに、母上、私はアリアとの婚約を破棄し、こちらのルーシィと婚約を結びたいと思います。普段から、自分のことは自分で選び、つかみ取れとおっしゃる母上であれば、賛成してくれますね?」
何か偉いことをして褒めてほしい時の表情を浮かべながら笑顔を浮かべる。
頭が痛くなってきた・・・。胃も痛いかもしれない。
そんなことはおくびにも出さず、極上の笑顔で口を開く。
「ええ、自分の望むこと。国のためになると思うことについては、全力で努力し、つかみ取るように教えてきました。あなたはこれが最善だと思ったのですね?」
「はい、ルーシィのような心優しい女性を陰でいじめるなど、未来の王妃としてあってはならないことだと思いました」
・・・このドヤ顔に顔面パンチを入れられたら、どれだけすっとすることか。
「ましてや、ルーシィ嬢は平民のことを考え、貴族の贅沢を憂いており、いろいろな案を私に進言してくれ、国にとっても有意義な女性だと思います」
・・・もう今殴ってはダメなものだろうか。
「兄上!母上!バーシュレ侯爵令嬢がそんなことするはずがありません!」
「いいえ!私はアリア様に学園で様々な意地悪をされました!」
先ほどから、兄を窘めようとして、完全に蚊帳の外になっている我が子が目の前に立つ、後ろで何かも騒いでいるが、発言を許した覚えもないので、ほおっておきましょう。正義感の強いいい子だが、今は大人しくしていて欲しい。
にっこりと笑って、扇で我が子を制した。
「なるほど。では、場所を変えて詳しく聞きましょうか」
「いえ、母上、悪は断罪されるべきですので、この場で聞いてください!」
「いいのですか?取り返しはつきませんよ?」
「はい。今まで、婚約者であった情はありますが、このようなことが二度と起こらないようにすべく、公にすべきです、侯爵家であれば、何かしら罪を逃れようとするかもしれません」
「では、この場ですべてをつまびらかに致しましょう。アリア嬢もそれでいいですか?」
「はい。王妃様にすべてお任せいたします」
アリア嬢はいつも通り、落ち着いており、完璧な礼をとりながらそう返答してくれた。
こんな場面でも一切、取り乱すこともなく、美しさしか感じない。
本当に、いろいろ足りない我が国の王子にはもったいない令嬢だ。
「では、まず。ルーシィ嬢が国のことを考えているという件について、非常に興味深いので、貴方が中でも一番素晴らしいと思った内容を教えてくれますか?」
「はい。ルーシィ嬢は、今の保証制度を見直すべきだと言っていました。今は各領地毎、町ごと、村ごとで保険という制度のために、毎年、税金の一割を積立金として徴収していますが、有事の際にはお金ではどうにもならず無駄なので、積み立てずに教育などに毎年使うべきだという意見や、豊作の年は税金に豊作税が加算されますが、これは理不尽なので、廃止するべきだし、そもそもの税金を見直すべきだなど、また、他国との貿易に今は多額の関税がかかっていますが、発展のため、関税の対象商品を絞り、逆に国内も一部商品は流通税をかけるべきだなど。平民、貴族双方の立場に立ったいろいろな意見を聞くことができ、ためになりました」
「・・・それくらいで宜しいでしょう」
「そこのアリアには考えもつかないことでしょう?彼女は貴族の中の貴族で、平民のことなど搾取するだけの対象と思っているのですから」
本当にそう思っているらしく、王子は隣の令嬢に蕩けるような笑顔を向けた後、アリア嬢に軽蔑のまなざしを向けた。
「ふむ、なるほどな・・・。では、アリア嬢に虐められていたという話を聞かせてもらおうか。正確に、偽りなく、誇張もないように誓ってくれ。ルーシィ嬢にも発言を許そう」
・・・まぁ、許す前から、いろいろと口にはしていたが。
「ありがとうございます!王妃様!まずは、オシリス様と二人きりになるなと言われました、私ごときが話していい方ではないと。私はただ、同じ学院で学ぶものとして、平等でありたいという王子の意向にそって、色々と議論を交わしていただけですのに。他には食堂で二人きりでオシリス様とご一緒したのが悪い。私生児の分際でなぜこの学園に通ってると、池に落とされたこともありました・・・。あとは折角オシリス様とご一緒しようと作ってきたお弁当もゴミ箱に捨ててありましたし、お母さまに頂いた美しいサファイヤのついた家宝のネックレスも、ある時盗まれました・・・。他にも、オシリス様のご友人たちと仲良くするのをやめろと言われたこともあります。それから・・・」
「わかったもうよい」
「母上、わかっていただけたのですね」
「言いたいことはわかった。で、証拠はどこだ?」
「「え??」」
「証拠だよ、証拠。アリア嬢にそれらをされたという確固たる証拠は?まさかないなどとは言わないよな。由緒正しい侯爵令嬢、しかも、我が王太子の婚約者にと願ったのは王妃である私だ。それを、証拠は一切ありません・・・通るとでも思ったのか?」
ついつい、悪人のように笑ってしまった。全員が凍り付いている。
だが、空気の読めない二人にはどうせ効果はないだろう。
「アリアは狡猾なので、一切証拠を残しておりません。しかし、池でボーゼンとしていたルーシィを見つけた際に、アリアと思わしき令嬢の後ろ姿が目撃されています!彼女の黒髪はわが国では珍しいので間違いありません、学園にはほかに黒髪長髪の令嬢はいません」
何も証拠が見つけられませんでした、と物凄く胸を張って言えるのも、ある意味才能だろうか?
「王子の身でありながら、仮にも侯爵令嬢をこのような場で断罪するのに、相手が狡猾なので証拠はありません、とは情けない話よのう?」
「よろしい。ではひとつずつつぶしていこうか。私を敵に回すということをその身をもって、教えてやる」
「え?母上を敵に回すなんて、そんなつもり・・・」
まだしゃべる第一王子を扇子で黙らせた。
「で、なんだ?王子と二人きりで密談するなと言われた?当たり前なので、話し合う価値もないな。平等だからいいだろう?ではなぜ二人っきりである必要がある、平等というのであれば、複数人のいるところで行われるべきであろう、一人の話のみ聞き、重用するなど愚の骨頂。そもそも、婚姻前の男女が理由もなく二人っきりというのは醜聞でしかない。食堂で二人でランチを食べた?うちの王子はどこまで馬鹿になったんだ?婚約者のいる身だとすれば、そんなことをして良いわけがないだろう?あとは?池に落とされた?いつだ?あと、目撃者とは誰だ」
あまりの頭の悪さにつかれてきてつい地が出てきてしまった。 最初から大分出ていたような気もするが。
「5日前でございます」
「ご挨拶申し上げます。目撃したのは、私、ダーナーでございます」
旗色が悪いとやっと理解できたのか、ルーシィとかいう令嬢はガタガタ震えだしている。
「では、絶対に無理だな。7日前から一昨日まで、アリア嬢は私と各領地の視察に回っていた。学園になど行ってはおらん。ダーナーだったか、近衛騎士隊長の息子だったか、お前は何を見たのだ?」
「「え・・・」」
「恐れながら、実は、走り去っていくのを見かけただけですので・・・確かに髪が黒かったと思うのですが・・・」
「先ほども言ったが、吾に対して、一切の嘘、偽り、誇張は排除しろ。思い込みもだ!」
「申し訳ございません、今思うと、ルーシィ嬢にアリア様に突き落とされたといわれ、黒髪のため、思い込んでしまったかもしれません」
ダーナーという小倅はガタガタ震えて土下座を始めた。
「なるほどな。まぁその件はあとで問うとして。まぁ、もう面倒になってきたな。ちなみに、池に落とされたというのはそこの令嬢の自作自演だ。黒髪の家令が白状した。次に、弁当だったか?くっくっくっ、これが一番愉快だがな。これを捨てたのは、学園の管理人だ」
「「え?」」
「あまりの異臭に通報されて、管理人が見たところ、紫のアメーバみたいな物体がうごめいていたそうだ。ちなみに家令から、令嬢が作っていたと証言が取れている。寧ろ、ぜひもう一度作ってみてほしいものだな。実は味はおいしいとかいうお約束なのか?わらわとしては、ぜひ捨てずにそのままにして、食べさせてみてほしかったがな。ちなみに、一部、弁当箱も溶けていたらしいぞ」
ここにきて、やっと第一王子の顔色が悪くなってきた。
周囲の冷たい視線にもやっと気が付いたようだ。
「最後に、家宝のネックレスだったか?そのお母さまというのはどちらを指しているのだ?男爵家であっているか?まぁ、平民がサファイヤのネックレスを保有するのは難しいだろうしなぁ」
「・・・」
「まぁ、どちらでもよいが。エルモア男爵第一夫人が大事にしていた実家のラドフォード侯爵家から持ってきたサファイヤのネックレスが一つ紛失したと陳情に上がってきているがな。紛失する前、そこな珍獣から、自分は王妃になるのだから、いろいろと取り計らってほしければ、それは自分にプレゼントされるべきだとか、謎の脅迫をうけたらしいがな」
「ちなみに、このネックレスもそこな珍獣令嬢の部屋のクローゼットの二重底に保管してあったぞ。まぁ、これは男爵夫人に返すがな」
ここにきて、珍獣令嬢の顔色も真っ青になってきた。せめて、もう少し策を練れなかったものか・・・。
「次に、先ほどそこなアホ王子が、アリア嬢が学園を欠席しがちだと言っていたが、それは公務で忙しかったからだ。決して私用で休んではおらず、学園の許可もとっている。彼女は、他国への造詣も深くてな、近隣諸国の言語をすべて嗜んでいるため、貴重な青春の場を奪って申し訳ないが、たまに外交に付き合ってもらっていたのだよ。そもそも彼女は優秀すぎて学力としては、学園に通う必要などない。それが証拠に、彼女が学年首席の座を一度でも誰かに明け渡したことがあるか?」
「まぁ、一度も公務に参加させてもらったこともない、王子にはわからなかったかもしれないがな。彼女が王太子妃なのは決定しているが、まだ王太子が決定していないのでな。ただし、王子達は参加こそしたことがないものの、公務内容は通達しているはずだぞ。誰が行ったのかも添えてな。彼女は本当に優秀で、近隣諸国の外交官達からの信頼も厚い」
満面の笑みで顔面蒼白になってきた第一王子を見た後、アリア嬢を見ると、褒められて困っているのか、表面上は無表情を装っているが、うれしい空気が見て取れる。本当に優秀で愛らしくて・・・我が王子にはもったいない令嬢だ。
「・・・そんな馬鹿な・・・」
「あと、そこな珍獣が平民も慮って意見した件について、アリア嬢、発言を許す。説明してやれ」
「承知いたしました。僭越ながら、ルーシィ嬢のご意見ですが、私が浅慮なのでしょうが、メリットが一切わかりかねます」
「まず、保険制度ですが、17年前に現王妃様が整備されたものです。この制度によって、4~6年に一度、災害が起こったり、病が流行ったりした際に、このお金から補助が出ており、この10年で死亡率が30%減少しました。特に、新生児の保証が手厚くなっていて、7歳までの子供の死亡率が激減しています。確かに、いざというときお金は食べられませんが、近隣から食物を買ったり、薬を買ったりはお金が必要なことです。しかも、王妃様は希望者が算術などを習えるような手習い場も設けておられますし、外交の帰りにも近隣の手習い場の視察をしておいでです」
「次に、豊作税についてですが、こちらも15年前に王妃様が整備されたもので、通常の2倍以上の収穫の際には、いつもより2割程度、保険制度に上乗せするというものですので、特に領地の方々から不満が上がったことはありません、ましてや、通常より1割以上収穫が減少した場合は、その分税金を減らす、不作税率も適用されていますので、まったく問題はなく、ましてや、この20年、どこも豊作が続いています。この制度に不服があるのは、今まで豊作時などに税金を横領してきた貴族だけです」
「最後に、関税についてですが、基本的に国内を守るため、国外とのやり取りは関税が必要です。ただ、こちらは非常にあいまいなお話なので、私の方では完全に否定はできかねます。メリットがあれば、見直しをするのもよいかと思いますが。宰相殿が常に、諸外国とのやり取りでバランスを取られて、見直しされていらっしゃいます」
「以上から、エルモア男爵令嬢のご意見は、特に目新しいものでも、斬新なものでもないかと存じます」
「アリア嬢ありがとう。基本は私と同意見だな。あとは特筆すべきは、似たような意見をどこぞの男爵が懲りもせずにわらわに毎年突っかかってくるくらいか。なぁ?エルモア男爵令嬢よ。まぁ、よい。この程度を平民目線に立ってるだの、目新しいだの王子がいうような教育しか出来ていない王家と学園に問題もあろうな」
ここにきて、完全に第一王子は自分の立場を理解したらしく、崩れ落ちてしまった。
昔はわらわの後をついてきて可愛いところもあったのだがなぁ。
「所詮は茶番よ。わらわは第一王子の言う通り、本人たちの気持ちを第一優先としている。お前たちの希望は叶えよう」
「本日、この時をもって、第一王子を廃嫡とし、エルモア男爵令嬢との婚約を願い出ることを許そう。まぁ、エルモア男爵家には、エルモア男爵夫人が認めた、優秀な跡取りがいると聞いているから、お前たちがどうなるかは見ものだがな」
自分たちの思い通りになると思い、急に顔を綻ばせた両名は、一気に地獄にでも落ちたかのような表情になった。
本当に、これが17年間、一応育ててきた子だと思うと。反省しかないな。
「廃嫡とはどういうことですか!?母上。しかもアリア嬢との婚約破棄の件は!?」
「そもそも、お前は勘違いをしているのだよ。私は一度も、お前とアリア嬢を婚約させたとは言っておらん」
「「え?」」
「ですが、5歳の時に、皆を集めて、王太子とアリア嬢の婚約を・・・」
言いながら、王子の顔色は悪くなっていく。
「気づいたか?王太子との婚約だ。誰もお前とは言っていない」
「では、やはり母上ははなから、私ではなく、カイを王太子にするつもりだったのですね?」
「だから、お前は馬鹿なのだ。いつもわらわはお前たちに言ってきただろうが。自分の望むこと。国のためになると思うことについては、全力で選択し、つかみ取るようにと。その中にはアリア嬢も含まれている。王太子になりたければ、アリア嬢に足る人物になり、彼女に好かれる努力をしろという意味だった。勿論?アリア嬢を超える令嬢を連れてきても検討はした。が、お前が連れてきたのは、性格が悪く、かといって頭はからっぽで悪だくみもお粗末、礼儀もなっていない、しかも、男爵令嬢と婚約を結んで、王太子に選ばれるわけがなかろう?王族の婚姻をなんだと思っているんだ。せめて、海外の王女くらい連れてこい。アリア嬢に勝るところといえば、周囲の男どもと手あたり次第に関係を持っていく手管か?羞恥心のなさか?演技力か?まぁ、そんなところを勝ってもらっても、評価できんがな。まぁ、諜報員としてなら雇ってもよいか」
「まさか・・・」
そういいながら、オシリスは珍獣令嬢から少し距離をとる。
「ひどいです、王妃様。そんな、いくら私が気に入らないからとそんな嘘を・・・」
「わらわがこんなどうでもいいことで嘘をつくわけなかろう?証人もいるぞ?お前たち、出てこい」
そういうと、公爵家の令息、見た目が美しく評判の子爵令息、将来は魔法省と噂されている優秀な平民、エルモア男爵家の家令が恥を忍んで前に出てきた。
その眼には殺意が込められている。
「あーあと、この場に出てきたら死ぬ、くそ狸どもと、多分、ダーナーもだな、この場で踊ってもらうのに面白いから事前には言質を取らなかったがな」
すでに、血の気のない顔のダーナーはその場に崩れ落ちた。
「ちなみに、わらわは馬鹿ではないので、証拠は山のように用意しているぞ?手紙、密会の映像、果ては紳士淑女には見せられないような映像までな。さすがのわらわも全部ではなく、纏めて貰ったさわりしか見ておらぬが、うちの諜報部隊の影たちが、映像として売れば一儲けできるほどと言っていたぞ。にしても、第一王子、騎士団長の息子、力のある公爵家、美しいと噂の令息、優秀な平民に悪事の片棒を担がせる家令。万が一うまく王妃の座に収まったら、この国を乗っ取る気だったのかのぅ?」
「あ、そうそう、貴族の贅沢を憂いていると言っていたが、この一か月でうちの馬鹿王子やその他から貢がせたドレス、宝飾品はちょっとした侯爵家の奥方の1年分の額だぞ。そういえば、オシリスよ、なぜか婚約者に対する公費が引き出されているが、アリア嬢に使われた形跡がない。ちょうど、注文的には今エルモア男爵令嬢が着ているドレスと宝飾品に似ている。あとで話を聞くが。公費としては認められないので、お前個人の支出として処理しておいたぞ。廃嫡で返すのはさぞかし大変だろうなぁ」
「ひっ捕らえよ」
そう言うが早いが、紛れさせておいた騎士達が逃げようとしていた珍獣令嬢を捕らえる。
「なんでよ!?手紙はすべて燃やしたし。映像なんて残しようないでしょ!?こんな世界にビデオカメラがあるわけないし。どうやって残したって言うのよ」
「手紙は、火の精霊に燃やさずに回収するように言っておいたのでな。はてさて、ビデオカメラなるものが何なのか、とんと想像がつかないが。映像はあるぞ?」
そういって、持っていた映像保存魔道具を起動する。
そこには、池の前に立ち、自ら池に落ちていく珍獣令嬢の姿が映しだされる。
次に、彼女が紫のアメーバを楽しそうに弁当箱に詰めている場面。
また映像が変わって、様々なプレゼントをあけながら男なんてバカばっかりと高笑いしているところ。
次は禿げたデブの中年の後ろ姿とそれに妖艶にしな垂れかかる場面・・・。
「いやーーーーーーーーーーーー。嘘よ。そんなの。捏造よ!私じゃないわ。嘘よ。こんな技術があるわけないわ」
珍獣令嬢が叫び始めたので、せっかく作った総集編映像を止めた。
「まぁ、知らないのも仕方がないな。これはわらわが、20年かかって開発した魔道具で、巷には出回っておらん。ちなみに、精霊が撮りに行ってくれたのでな、どこでも撮り放題だったわ」
「そんな、あなたが作って、貴方が勝手にとったもの、証拠になるわけないじゃない!」
「わらわが作成して、わらわが撮ったら証拠としては十二分だと思うが。そういうと思って、これを用意した」
そういって、用意しておいたもう一つの映像を流し始める。
『あーあーこれは回っとるのか?』
『陛下、問題なく映っておりますので、撮影の日時をコメント願います』
そこには、陛下とアリア嬢のやり取りが映っていた。
『今は、アンドレア歴180年20時18分だ』
『ありがとうございます。後ろは第一王子の自室です』
『では、数分待ってようか』
『『はい』』
・・・早送り・・・
『来ました』
そこには、キスをしながらほぼ絡みついている第一王子と珍獣令嬢が映っていた。
『こんなこと、アリア様に悪いわ』
『いいんだ、あいつは可愛げも胸もないし。それにお堅くてエスコート以外、手も握らせてくれないのだぞ』
『でも、恥ずかしいですし。こういうことは結婚してからじゃないと』
『急にそんなことを言って焦らすなんて、悪い人だ。アリアとは婚約破棄をする。そうすればお前は晴れて王太子妃だ。だから、いいだろう?』
『では、今度の舞踏会で、婚約破棄を宣言してくださいます?』
『いいだろう。君の欲しがっていたあのドレスも婚約者への予算から購入するように手続きしよう』
『オシリス様、嬉しい』
そうして、二人は部屋の中へ消えていった。
まさか、部屋の前でここまで馬鹿な話をしてくれるとは思わず。
実は部屋の中の映像もあるが、流石にここで出すのは忍びないので。割愛しよう・・・。というより、この現場を直接見ていた私と王とアリア嬢の心情を慮ってほしい・・・。口から砂糖を吐くかと思った。
普段は温厚だが、怒ると手が付けられない陛下を影と一緒に押さえつけるのに、相当大変な思いをしたのはまた別の話だ。
尚、陛下はアリア嬢を我が子よりもかわいがっている。
ちなみにこの際に、万が一この場で第一王子が馬鹿なことをしでかした場合、好きにしてよいとの裁量権を陛下から頂いた。
珍獣令嬢を見ると、もはや魂が入っているのかも怪しいような状態だった。
「・・・嘘よ。なんで?なんでみんなあの悪役令嬢の味方なの?私がヒロインじゃないの?そもそもなんで王妃がこんなにフットワーク軽いのよ。おかしいでしょ」
ぶつぶつとつぶやいている珍獣に近寄って行って、耳元で呟いた。
すると、珍獣は一気に顔が真っ赤になり、私に食って掛かろうとした。
勿論そんなことが許されることはなく、取り押さえられて王子と共に連行された。
「さて、めでたい楽しい日に申し訳なかったね。これで憂いは排除された。皆、忘れて楽しんでくれ。学園で努力を重ねたものたちに幸多からんことを」
そうして、今日の騒ぎの記憶を曖昧にする魔法をかけ、精霊たちを可視化して夢のような映像を映しだし。リラックスできる音楽をオーダーした。
映像が終わるころには、全員見た映像の美しさに喜んでおり、ほぼ先ほどまでの喧騒は忘れたようだった。
アリア嬢が、私を探し出し、近寄ってきて礼をとった。
「アリア嬢にはまやかしはあまり意味がなかったかな?」
「尊敬する王妃様の一挙一動を忘れてしまうには、少々足りなかったかもしれません」
「ちなみに、アリア嬢は実はオシリスを好いていたとか面白事実はあるかな?」
「そんなびっくり事実はございません。王妃様に育てて頂いたにも関わらず、授業は逃げ出す、剣術稽古はサボる。結果、学園での成績は良くて中の上。ましてや、私を陥れようとする令嬢にまんまと騙され。側近候補まで令嬢に骨抜きにされる始末」
「なるほどね、だから、オシリスを助けなかったんだね?」
アリア嬢は申し訳ない表情でこちらを見上げた。そう、アリア嬢がもし、オシリスを認めていて、王太子にと考えていれば、彼女はあの珍獣令嬢の悪だくみなど、おそらくは計画時点でつぶすことが可能だった。だが、彼女はしなかった。
オシリスには王の座は難しいと見切りをつけたのだ。まだまだ青いが、こういったある程度は非情なところも気に入っている。
「それはさておき、一つわからないことがございます。エルモア男爵令嬢に何を呟かれたのですか?」
「あーさすがのアリア嬢もわからないだろうなぁ。何。大したことではないし、アリア嬢に言っても混乱するだけだが、聞きたいか?」
「できれば、お聞かせ願います」
「んーでは、情報交換といこうか。アリア嬢は王太子は誰にしたいんだい?」
アリア嬢の顔色が変わる。
そう、私は結婚相手なのだからと、誰を王太子にするかをアリア嬢に一任していた、もし彼女が学園卒業までに決められない場合、こちらで勝手に決めてしまうという期限付きで。
そして、今日は卒業舞踏会であり、あと一か月で卒業だ。
もう決まっていないと自分の意志は反映されない。
「10歳にしてすでに優秀と評判の第五王子か?だが、あそこは周囲がキナ臭い。まぁ、王太子になったら悪だくみもしばらくはなくなるだろうが」
「それとも、美しい容姿が、第一王子に勝るとも劣らないと噂の第四王子か?性格も優しく、宮女内で陰で応援する会なるものまであるらしいぞ」
「もしくは、剣術の才があり、剣術大会でも優勝した第三王子か?あそこの母親は側妃としての立場もわきまえていて、姑としてはいいと思うぞ。で、誰にするんだ?」
「あの・・・。第二王子様のみ省かれているのは・・・」
「ん?あれは器用貧乏で特筆すべきところがない。ましてや、一番大事なところが欠けている。あのままでは、万が一アリア嬢の推薦があったら、一からしごき直しだな。だろう?」
「・・・ですが」
と二人で話していると、やっと人混みをかき分けて我が愚息が現れた。
何から何まで遅い・・・。
「アリア嬢!ここにいたんですね」
「カイ王子、どうなさったのでしょうか」
「あ、あの、こんな時にこんなタイミングで、つけ入るようで嫌われるかもしれませんが。ずっと好きでした!自分の卒業までの1年で必死に貴方に見合うようになってみせます。なので、俺を選んでください」
何やら甘酸っぱいやり取りが目の前で繰り広げられる。
アリア嬢が嬉しそうにしているが、おそらくそれにも愚息は気づいていない。
「なぜ、つけ入るという話になるのでしょうか」
「え、だって、兄上のことが好きで、兄上を選ぶつもりだったんですよね?」
アリア嬢から、一気に怒りの炎が静かに上っていくのが見える。
まぁ、あの阿呆を好きだと思われてたら、私なら殴っているが。
「なぜ、私がオシリス殿下を好きだと?」
「いや、王太子といえば大抵第一王子だから、周囲もそんな感じで接していたし。二人が一緒にいることも多かったし、アリア嬢はよくオシリス兄上のことを見ていたし。厳しいことでも忠言して差し上げてたし。何より、兄上がそう言ってたので」
ビシッ・・・
何やら、破損する音が聞こえたが・・・聞こえなかったことにしよう。
たとえ、アリア嬢の扇子がなぜか真っ二つになっていたとしても。
「・・・オシリス殿下が・・・私に好かれていると、そうおっしゃっていたんですか?」
「う、うん。手紙もくれたり、茶会でもよく顔を合せていて、最近では嫉妬から小言がうるさいって・・・っ」
「愚息よ・・・それくらいでやめてやれ。手紙はあのバカに教育の一環で出していたものだし、茶会で顔を合せるのは普通のことだし。忠言は嫉妬からではなく、情けからだ・・・。そもそも、アリア嬢がアレを好いていたなら、もうとっくに立太子させておる。お前のそういう素直すぎるというか、腹黒さがなさすぎるというか・・・再教育だな。ほんとに」
我が子の肩に手を置き、情けなくなりながら伝えた。
陛下に気質が似たのか、我が息子ながら、非常にまっすぐに育った。
いささか王としてはまっすぐすぎる程に。
彼女をわがものにできれば王太子になれると思ったほかの王子達は一度は自分のものになれと告げているが。こいつだけはそれをしていない。大方、アリア嬢が第一王子を好きだと勘違いして、陰で見守ることにでもしたのだろうが・・。
「え!?では、アリア嬢の意中の方とは誰なんですか?」
「私は!小さいころ、何も特筆すべき才能がないことに悩んでいた私に、逆にすべてが得意だと考えればよいと、その中で好きなことを頑張っていければと言ってくれた貴方に救われて。大変な妃教育に文句も言わず頑張っている貴方をずっとお慕いしていました。貴方に釣り合えるようには結局なりませんでしたが、せめて、誰を想われているのか教えてください」
「貴方です。カイ殿下。私も貴方を小さいころから、お慕い申し上げております」
二人が手を取って見つめあっているので、これ以上は野暮だろうと席を外す。
すると、アリア嬢が優雅なのに、瞬時に私のそばに来た。
「私の初恋は、誘拐された時に助けて頂いた際に一目ぼれした騎士隊長様なのです。なので、あの方にそっくりな第二王子様に会った際に、この方のそばにいられるならと王太子妃をお受けしたのですわ。あと、ルーシィ嬢に告げた言葉は今度教えてくださいましね?」
そういたずらっぽく笑って、カイのもとに戻っていった。
・・・前半は聞かなかったことにしておこう。うん。
一人息子の初恋が叶ったのはいいことだ。
二人の今後が幸多からんことを。
立太子についても、陛下と相談しなければ。
ただ、明日からは私が直々に愚息の再教育を行おうと心に決めて、その場を後にした。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
その後
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
【 後始末 ~獄中にて~ 】
カツーン。カツーン
獄中をヒールの音が響く
「久しいな」
むかつく女が目の前にやってきた。こいつのせいで、あと一歩で妃だったのを阻止された、前の王妃が病弱で、出産後の体調不良で亡くなってしまったあと。なぜか、当時の側妃からではなく、近衛騎士隊長から王妃に大抜擢されたという、謎の多い王妃だ。そもそも、侯爵令嬢という地位の高さで、何故か近衛騎士まで自力で這い上がったという胆力、学園も優秀な成績で、おまけに精霊の愛し子という高スペック。
何から何まで恵まれていて、腹が立つ。
こっちは恋人がいたにも関わらず、好色な男爵に無理やりお手付きにされた平民のメイドだった母が、徐々に心を壊していくなか、精霊たちに助けられてなんとか生きていたレベル。でも、その母が死んだ時にもう少しで借金の形に売り飛ばされるところを、前世の記憶を思い出すと共に、前世で攻略した恋愛ゲームに生まれ変わったと確信してからは、記憶を元に、男爵家を見つけ出し、男爵を手玉に取って、使えるものは何でも使って、生きてきた。
攻略も、一番チョロそうな王子にターゲットを絞って、でも念のために取り巻きも籠絡して、順調にいっていた。そう、あの悪役令嬢がなぜか王子に一切の興味を示さず、無理やり話しかけても、あまり男性と二人きりで周囲に誤解されるようなことはしない方がいいですよ?と忠告めいたことを言ってくるだけで、まったく嫉妬を感じないし、虐めても来ない。
しかも、ほとんどわからないくらいだが、第二王子にご執心のようだったので、第二王子も誘惑したが、なんなの?純粋培養なの?っていうくらい、こちらの誘いには乗ってこないし、しまいには、兄上を好いている女性のためにも、不適切な距離感をただしては頂けないか。ってばかなの?あの悪役令嬢が本気で第一王子を好きだと思ってるの!?っておかしなことを言いだす始末。勿論、悪役令嬢の反応が面白いから、じゃぁ、代わりに貴方が仲良くしてくれるの?って言ったら、私は好きな女性がいるんです!とか言ってしっぽ巻いて逃げてくし。
それでも、使えるものはまたなんでも使って、悪役令嬢を仕立てて、ついに、断罪イベントまで行ったはずなのに。
こいつが・・・。こいつが・・・。
「あんたさえいなければ!あんたが・・・なんで、あんたが転生者なのよ!」
あの時、こいつは私の耳元でこう言った。
『わらわもな?転生者なのだよ。お前ごときが勝てるはずがなかろう?』
「くっくっくっ。いやーこんなことはないと思ってたんだが、念のため、いろいろと準備しておいて、僥倖、僥倖」
「あんたの話なんか聞きたくないわよ!」
「まぁ、まぁ、転生仲間同士、いいではないか」
「わらわはな?普通の会社員でな?残業帰りの寒い日にトラックがスリップしてきて死んだのよ。目が覚めると、赤ん坊でまーびっくりびっくり。しかも、転生ものが流行っているのは知っておったが、仕事に、趣味にいそがしくて、あまり読んだことはないし、自分の名前を聞いても。国の名前を聞いてもさっぱりわからなかったんで。とりあえず、好き勝手生きることにしたのよ」
まぁ、普通の令嬢として生きるには、自分はちと、前世から男勝りすぎたしなぁ。
「しかも、おそらく転生者特典とでもいうのか、わらわは、割とチートと呼ばれる部類の人間じゃった。書物を読めば一回で覚える、剣術についても、もともと転生前も武道を趣味にしてたせいか、負けなし。最初、おなごというだけで馬鹿にしてたやつらを負かすのはなかなか、痛快だったぞ?しかも、魔力も強くてなぁ。精霊のいとし子としても最強だった。おそらくは転生者として、少し変わった魔力だったので、珍味だったんだろうのう」
正直、制御できるようになる前は、精霊が虫のようにたかってきて、一時期は部屋で身動きできんほどになって大変だった。
「そこで、好き勝手生きて、騎士団長まで上り詰めて、ある時、不思議なことが起こったのよ。幼少期に婚約を断ることでへし折ったはずの、王妃のフラグが、前王妃が死んだことでわらわに立った。本来は側妃から選ばれると思っていたので、寝耳に水だったわ」
「そこで、わらわは考えたのだよ。本来、わらわが転生者でなければ、5歳の時に王太子妃に決定していたはずなので、これは強制力なのではないかと。では、ある程度好き勝手生きてきたので、前世の記憶を有効活用して、この国を変えようと思った」
「まずは、仕方がないので、子供をもうけた。王女がよかったが、王子だったので、王子全員に王太子教育を施した。過不足なく、ただし、各々の長所はより伸びるようにな。定番は、王太子の婚約者が悪役令嬢で、王太子は馬鹿なことをするだろう?だから予備も兼ねてな。次に法を改正し、貴族が不正をできなくした。これに反発する貴族が王妃の座を狙う悪だくみできるようにな。最後に文句のつけようのない王太子妃を選別した、古い王族の血が入っているくらいに家柄が良く、宰相の娘で、本人も賢く、美しく、本人に自覚はないが精霊のいとし子をな」
「嘘よ!」
「ん?あぁ、精霊のいとし子ってところか?いや、本人も知らないが本当だ。正確に言うと、本人は忘れてしまったんだがな」
「彼女が精霊と話しているところなんて見たことがないわ」
「そりゃそうだろう。何かあったときにそいつらに調子付いてもらうために、まだ幼いころにわざと精霊たちにそう見えるようにしろと命じてある。さっきも言ったが、わらわはチートなのでな、わらわが頼めば、そうすることは容易かった。その分、わらわが、精霊の相手をしないといけないので、ちと大変ではあったがな。学園の卒業をもって、復活させる予定だ」
「そんなことって・・・」
唯一、完全にマウントをとれると思っていた部分がなくなってしまって、珍獣令嬢はがっくり来てしまったようだ。すっかり毒気が抜けてしまった。
「まぁ、念のための保険がこんなにぴったりはまってうれしいことこの上ない。何せ、わらわにはこの世界の事前知識はないのでな。悪役令嬢は彼女であっていたのか?」
「・・・はぁ・・・いいえ、本来は、ソフィアって子よ。なんで違うんだろうって思ったわ。でも、私が色々と変えてしまったことで、変わってしまったんだと思って深くは考えなかった」
「そうか、やはりお主は、ルイーザの方か」
「どんだけ調べてんのよ。ほんとに。そうよ、私は双子の妹のルイーザ。本来は姉のルーシィがヒロインだったんだけど、姉は母が亡くなった際に、私に何か食べさせようと町に行って、死んでしまった。原因はわからないわ。そのショックで私は前世を思い出したのよ。ヒロインの姉が死んでしまって、どうなるかわからないけど。私は、姉として生きることに決めたの。まぁ、そういう裏設定があったのかもしれないけどね、そこまでやりこんでもいないからわからないわ」
「そもそも、お主、精霊のいとし子として売っていたが、違うしなぁ。周りはなぜ騙されたんじゃ?バレバレだろう。それにしても大分キャラつくっとったのう」
「うるさいわね、そういうキャラだったのよ。天真爛漫で、素直で、誰からも愛されるって。精霊は、姉が死ぬ間際に、この子に私を頼んでくれたから、全部この子が偽装してくれてたわ・・・」
私の周りを一人だけ残った森の精霊が心配そうに回る。
「おぬし…天真爛漫の意味を辞書で引いて学んだ方が良いぞ。なるほどな」
「わかってるわよ、なんか違うなってのは、よく転生モノは好きで読んでたけど、みんなどうやってトレースしてるのか聞きたいわよ。下手するとただの痛い子じゃない」
いや、下手しなくてもただただ痛い子を演じていたが…。
「まぁ、真逆の性格を無理に演じたらそりゃちと難しいんじゃないかの?天真爛漫と妖艶尻軽は別もんじゃろ」
「そうだけど、わかんないんだから仕方がないでしょ。生きていくのに必死だったのよ」
「おぬしの敗因は、最初は生きていくのに必死だったのに、そのうち、欲が出てきて全てが欲しくなって、遂には本当に好いたものがいるのに、茶番を続けたとこじゃないかのぅ?」
「な・・・なんで!!・・・いえ、もう何を言われても驚かないわね。一応、最後のあがきで、私が誰を好きだと?」
「なーんの変哲もない、小さいころ一緒に過ごした平民であろう?ロイとか言ったか。週に一度、どうしてもお前が消える時があると影から報告を受けてな。直接わらわが探ったのよ。何のことはない、お前はいつもの姉の変装をやめて、ルイーザとして、会いに行ってただろう?昔住んでいた場所に」
「はぁ、そうよ。でも彼は平民だし、私は男爵令嬢。しかも姉の名前を騙って生活していて。絶対に好きだとは言えない・・・だから、もういいかなって思って。自分の最善にはならないなら、最高を目指そうって。最高といえば、逆ハーエンドでしょ?」
「現実としては逆ハーなぞ、あり得ぬがな。全ての男に対して平等など、誰かと婚姻を結んだ時点であり得ぬ。男はそこまで殊勝にはなれん、取り分け、プライドの高い奴らは特にな」
「まぁ、よい。全ての謎が解けたしな。褒美として、お前に選ばせてやろう。
①すべてを忘れて修道院に入る。
②その手練手管をつかって、わらわの影として生きる。
③男爵令嬢の記憶はすべて忘れて平民として生きる。
さて、どうする?」
「え・・・死刑じゃないの?もしくは国外追放とか」
「そこまでのことはしとらんじゃろ、馬鹿な男共をより馬鹿にしたのと、卒業舞踏会をめちゃくちゃにしかけたくらいか?わらわはそこまで浅慮ではない。そもそも、いくらお前に操られたとはいえ、悪いのはあのバカ王子だろう?但し、男爵には責任を取らせるがな、もともと、あいつの悪さは目に余ってきていた」
「うそでしょ!?取り潰すの!?」
「いやいや、あの男爵さえいなくなればいいのでな、隠居してもらって、夫人には息子が成人するまで後継をお願いすることにした。あそこは夫人はまともな人なのでな。それはお前も重々承知しておろう?で、どうするのじゃ?」
「はぁ、何でもかんでも手のひらの上ってことね。夫人達に迷惑がかからなきゃなんでもいいわ。ほんとに・・・迷惑かけたのに、よくして頂いたから」
「じゃぁ、②にするわ。勿論、生活は保障してもらえるんでしょうね」
精一杯の虚勢でにやりと笑って王妃を見返してやる。
「おや、意外じゃな。③じゃなくていいのか?好いた男がおるのに」
「どの面下げて、彼に会えるって言うのよ。もう・・・私は・・・。ふん、私は平民に収まるような器じゃないってことよ。精々うまくつかってよね。王妃様」
それに・・・彼には、好きな人がいるみたいだしね。
「ふむ、あいわかった。では、ルーシィには、極刑を言い渡す。おって、沙汰があるまで、おとなしくしておれ」
そう言って、もう話は済んだとばかりに王妃は消えていった。
「まさかのその他!?ほんと無茶苦茶な性格ね。まぁ、何でもいいわ。好きにしてよ」
本当は最初、母を殺した男爵家なんて、取り潰されればいいと思っていた。
なのに、夫人はどこまでも優しくて、母を慮ってくれていて・・・。弟たちも、夫人を見習ってものすごくいい子たちで・・・。
「あーあー、結局、何がしたかったんだろうなぁ。私」
そして、一週間後に斬首刑が決まり、静かに刑が執行された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんでも、王子を誑かした女狐が、死刑になったらしいぞ」
「え!?そうなの??」
「しかも、誑かされた王子も、廃嫡の上、一兵卒として、国境の防衛ラインに島流しだってよ」
「んーまぁ、女性に操られるような王子じゃ、ちょっと困るもんね」
「でも、そんだけいい女なら、ちょっと見てみたかったよなー。なんか、刑は非公開だったらしいし。姿絵も出回らないし。残念だぜ」
「不謹慎だよ」
「まぁ、お前はいいよなー。小さいころから思い続けてた相手とついに結婚だろ?」
「それはほんとにね、絶対に僕なんかじゃダメだって思ってたし。でも弱みに付け込む感じもあって、ちょっと、申し訳ないんだけどね」
「何言ってんだよ、あいつがお前のこと前から好きだったのなんて、お前以外の全員が知ってんだから、いーんだよ」
「そうかなぁ。でも、ありがとう。あ、もうこんな時間、帰らなきゃ」
「おう、けーれけーれ」
「じゃぁ、またね」
「おう、またな?今度、結婚祝いで飲もうぜ、嫁さんも交えてな」
「んーそうだね。彼女が落ち着いたらそれもいいね」
「まだ、ダメなのか?」
「うん。小さいころの記憶はあるみたいなんだけど。この町を離れてからの記憶があいまいなんだって」
「そっか、じゃぁ、落ち着いたら声かけてくれや」
「ロイ?」
「あれ?迎えに来ちゃったの?」
「ごめんなさい、遅かったから・・・何かあったのかと思って」
「おやまぁ、お熱いこって」
「ごめんごめん、心配させちゃったね?さぁ、家に帰ろう?」
「うん。ごめんね、楽しんでたのに」
「いいんだよ。僕にはルイーザより、優先するものなんてないんだから」
二人が仲良く手をつないで出ていくのと同時に、フードを被った人物が入ってきて、男の前に座った。
「首尾は?」
「上々ですね。綺麗に忘れてそうですよ」
「そうか」
フードの人物はそう言ってから、店に茶を頼む。
「にしても、いいんですか?こんな甘い采配で」
「ん?いいんだよ。宣言通り、ルーシィという名前は処分したしね。あの子にはルーシィが亡くなった以降の記憶はほぼ残っていない。ちなみに、修道院を選んだら行かせる気だった。平民を選んだら、記憶をそのまま残して平民にしてやる気だった。だが、あれは、影を選んだからな。清濁併せ呑んでというほど、強メンタルではないってことだよ」
「にしても、記憶改ざんだけでもチートなのに、それを選んで削除って、本当に怖いお人だ」
「まぁ、あまりやりたくはないがな。全てを消すのであれば楽だが、姉の死以降、ロイに関連する記憶のみある程度残したのでな、そこから全ての記憶が戻らないとも限らない。だが、数年たって戻ったとしても、彼女の場合、どうしたいとも思わんだろ」
「ま、そうですね」
「それにあの子も、ある意味、あのくそ男爵の被害者だからな。最初にあんなことがなければ・・・あそこまで自棄になることもなかっただろう」
そう、あのくそ男爵がよりにもよって我が子に・・・。
あいつの刑を考えるのが楽しみだ。
「それはさておき、次の仕事の依頼だ。監視は続けつつ、きっかり働け」
「ハイハイ。・・・いつか、俺が隠居したくなったら、俺の記憶も消して、野に放ってくれますか?」
「それは、お前次第だな。お前が、私にとって、価値が無くなったら考えてやる」
「へいへい。では、今日も頑張って世のため人のため。ユアハイネス」
そう言うが早いが、机に代金を残し、二人の姿はかき消えた。
大抵断罪ものは当事者と悪役令嬢で開始するのですが、
そもそも、婚約決めた当事者たちがその動きに気づかないのもおかしいよなー。
と思って書いた只々娯楽小説です。あまり深く考えずに楽しんでいただければと思います。
貴重な時間に読んでいただきありがとうございました。
また、誤字指摘頂いた方々は、丁寧なご指摘ありがとうございました。助かります。