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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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93/223

93 ブレていないな

薄闇に沈み込む森林の大地。その上を、太陽光が高木の隙間から細い柱となって差し込み、湿った苔や折り重なった落ち葉を、ちらちらと断続的に照らし出している。光はすぐに闇へ溶け、空気は冷え、森全体が深い呼吸を繰り返しているかのようだった。


だが、その静謐な光景の中央を、無遠慮に引き裂くように――異様な存在がある。


金属光沢を帯びたレールが、巨大な蛇が腹を擦りつけながら領域を侵食していくかのように、薄暗い地面に沿ってどこまでも伸びている。苔を押し潰し、土を割り、自然の摂理を嘲笑うかのように敷かれたその上を、次元列車が進んでいた。“時の狭間を滑り抜ける影”とでも形容すべきそれは、時速20kmという奇妙な悠然さで、確実に、そして不可逆的に前へ進んでいる。


……さて。

私が今、この瞬間に全力で決着をつけねばならない最重要案件は――スイカップ杯の名称変更、である。


佐藤翔。あの男は確かに、この王国を容易く混沌へと突き落とす危険因子だ。信仰心を稼ぐための餌として育てるつもりで、あえて放置しつつ全力で手を加えてきた、というのが本音だった。とはいうものの、情勢は刻々と変化する。今となっては彼の優先度は限りなく低い。むしろ、この世界からは早々に退場してもらった方が合理的――そう判断せざるを得ない段階に入っていた。


そのための手段として。

私は、次元列車へ協力を求めることとした。


「次元列車さん。佐藤翔を元の世界へ戻す前に、彼のチートスキルを破壊しようと思います」


即座に返答が返る。その声は無機質でありながら、どこか人懐こさすら感じさせる。


「つまり『SKILL_VIRUS』を使用なさる、という理解でよろしいでしょうか?」


「はい。この森から狙い撃ちします。列車内の天井を、開放してください」


「承知しました!」


──ガコン。

次いで、ガガガガッ。


天井に組み込まれていた装甲板が、巨大な花弁が外側へ開くように、ゆっくりと、しかし確実にスライドしていく。幾重にも重なったプレートが規則正しく展開され、その隙間から外光が轟音を立てるかのように流れ込んだ。ひんやりとした湿気とともに、濃密な森の香りが風に乗って車内へ雪崩れ込み、頬を、髪を、くすぐる。


視界の彼方で、ふわりと立ち上がる立体フォログラム。

それは、S王国の首都を俯瞰する小宇宙――息づく都市の縮図だった。


石畳を行き交う人々の衣擦れの音。細い風の筋が屋根瓦を撫でる感触。屋台から立ち上る煙は空へ舞い、陽光に透けて、ゆらゆらと揺れている。すべてが細部まで生命を宿し、刻一刻と変化を続けている。本物としか言いようのない都市が、私の眼前で呼吸していた。


私は佐藤翔の姿を探し、視線を滑らせていく――その瞬間。


視界の端に、見覚えのある白が映り込んできた。静かに揺れる聖衣。


賑やかな商店街の中心では、呼び込みの声が絶え間なく飛び交い、鉄板がカンカンと小気味よく打ち鳴らされている。油の香りは濃厚で、活気そのものが渦を巻き、街の鼓動として肌に伝わってくる。


その渦のど真ん中で――

聖女・藍倫は、もぐもぐと焼き鳥を頬張っていた。幸福そうに。


真っ白な聖衣は油染み寸前。輪郭は以前よりも、どう見ても、確実にふっくらしている。まるで“悪びれぬ堕落”がそのまま形を持ったかのような、破天荒で生活感あふれる姿だった。


世界の未来を背負う存在が、どうしてここまでブレずにダメな方向で安定しているのか。疑問は尽きない。尽きない、ものの――。


その時。

脳裏に、唐突に――


――『未来視』が発動した。


視界いっぱいに、未来の映像が滝のように流れ込む。藍倫が屋台でビールを注文し、ジョッキを受け取り、豪快に仰ぐ姿。未成年であるにもかかわらず、当たり前のように。聖女としての職務能力は満点なのに、一般常識だけが見事なまでにポンコツ全開。まったく、である。


……そして、ふと思う。

佐藤翔に『SKILL_VIRUS』を撃ち込む前に、藍倫がこのあと受け取るビールジョッキで、軽く“試し撃ち”をしておくのも悪くないのではないか、と。


「次元列車さん。佐藤翔への運命の矢を放つ前に、試し撃ちを行います。車体を安定させ、横Gを最小限に抑えるルートを選択してください」


「試し撃ち、ですか」


「はい。聖女・藍倫がこれから受け取るビールジョッキを狙撃します」


投射角45度。入射角85度。

飛行距離、約8000m。

空気抵抗係数0.25。

着弾まで、30秒。


数式が自動で脳内に連なり、風向きすら可視化されていく。私は“運命の弓”をスナイパーモードで召喚し、開いた天井の向こう、鮮烈な青へと照準を合わせる。


指先を撫でる風。

サラサラ、と矢羽根が擦れ合い、

緊張が、ゆっくりと指先へ降りてくる。


「次元列車さん。フォログラムを私の視線に合わせて」


「調整します」


フォログラムが滑るように角度を変え、藍倫の後頭部が視界の中心へ。焼き鳥の湯気にくすぐられたのか、彼女はわずかに微笑む。その表情に、集中が揺らぎそうになる。とはいうものの、未来視によって着弾点の誤差はゼロ。あとは照準と心を重ねるだけだ。


息を吐き、鼓動を沈め、意識を一本の線へ研ぎ澄ます。


その瞬間――

“成功する未来”が、視界の奥で鋭く結びついた。


ROCK完了。


藍倫の手に渡るビールジョッキを撃ち抜く運命。その光景が、確かに見えている。


—————————————SHOOT


指を離す。

“ヒュッ”と、かすかな空気音。

矢は無回転のまま風を纏い、ゆっくりと上昇していく。推進力を抑えているため、わずかに左右へ揺れながらも、確実に、確実に目的地へ落ちていく。


フォログラム内の藍倫は、店員と楽しげに言葉を交わしながらビールを待っている。未来視で見た通り、ジョッキが差し出され、藍倫の指が伸び――


その瞬間。


運命の矢が、天からすっと降りていく。


……だが。

矢はジョッキすれすれで軌道を変え、一直線に地面へ――


ドスッ。


私は、人の自滅を眺めるのが嫌いではない。むしろ、大好物である。とはいうものの、ただの悪戯は好まない。だからこそ、寸前で外したのだろう。いや……外したくなってしまったのかもしれない。


藍倫は「ほよよ」と間の抜けた声をあげ、地面に突き立つ矢をぽかんと見つめている。


そこで、次元列車が静かに問いかけてきた。


「三華月様。ジョッキを狙撃すると仰っていましたが、外されたのですね?」


「はい。寸前で外しました。その代わり、藍倫には手紙を送っておきました」


藍倫は矢に括られた手紙に気づき、紐を解き、読み始めていく。


『藍倫殿。だいぶお腹が出てきていますが、このまま不摂生を続けると痛風になりますよ。

ビールは控えなさい。

タバコも百害あって一利なしです。

by 三華月』


……だったのだが。


読み終えた藍倫の行動は、想像の斜め下を軽々と突き抜けた。


置かれていたビールをひょいと掴み、ためらいゼロでガブガブ一気飲み。片手を腰に当て、胸を反らし、喉へ勢いよく流し込む様は実に気持ちよさそうで、もはや悟りを開いているのではないかと思うほどだった。


そして一息。

そのまま、迷いなくタバコを口に挟む。


……手紙の効果は、ゼロ。


もう内容を忘れたのか。いや、きっと何を言われても、最終的にこうなる運命なのだろう。やれやれ、である。


とりあえず――試し撃ちは成功。


それでは。

佐藤翔のスキルを、破壊させていただきましょう。

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