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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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74 とりあえず1度ブチ殺しますので

白い砂利が一面に敷き詰められた静かな地面。その上に、魔界の少女・四十九は仰向けになって横たわり、まるで世界から切り離されたかのような深い眠りに落ちていた。

小さな胸が、すう……はあ……と、かすかな寝息に合わせてゆっくり上下している。その動きだけが、彼女が生きているという事実を静かに主張していた。投げ出された両腕は力なく砂利に触れ、指先まで完全に弛緩している。まるで、全身から緊張という概念そのものが抜け落ちてしまったかのようだった。


影を暴走させた反動――おそらくそれが原因なのだろう。

体表だけでなく、魂の芯まで削り取られたかのような、底なしの眠り。救出からすでに48時間が経過しているというのに、覚醒の兆しは未だ見えない。回復への道のりは、思っていた以上に長く、険しいものとなりそうであった。


その間、月姫は探索に出たいと申し出てきた。

万が一に備え、私は護身用として『グレイプニールの鎖』を手渡しておいた。神獣すら縛り上げると伝えられる、伝説級の魔具。正直に言えば、私自身ですら完全には扱い切れていない代物である。


月姫は最初こそ、おっかなびっくりといった様子で鎖を振り回していた。金属が空を切るたび、ジャラ……ジャラ……と重い音が鳴る。

――が、次の瞬間だった。

彼女の動きが、まるで別人のように変わったのだ。鎖は彼女の意思に応じてしなやかにうねり、空間を縫うように走り、巻き付き、跳ね返る。信じられないほど自然で、無駄がない。


思わず「さすがだな」と口に出してしまったほどだ。

もしこの鎖を完全に使いこなすことができれば、最強種とされる龍ですら捕縛できてしまうのではないか。そんな現実離れした想像が、冗談ではなく頭をよぎる。


四十九の潜在能力も規格外だが、この眼鏡女子・月姫もまた、アンデッド王すら凌駕する可能性を秘めているのかもしれない。

とはいうものの、まだ確信と呼べるほどの実感には至っていない。だが、嫌な予感と期待が、奇妙に入り混じった感覚だけは確かにあった。


――その矢先だった。


ズル……ズルズル……。

闇の奥から、重く湿った何かを引きずる音が響いてきた。耳にまとわりつくような、不快な摩擦音。私は反射的に振り返ると……

そこにいたのは、月姫だった。

そして彼女の背後には、鎖でぐるぐる巻きにされた体長15mほどの巨大サーペントが続いている。まるで底引き漁の網でも引いているかのように、淡々と、実に淡々と。


鱗に反射した光がぬらりと揺れ、砂利を引きずるたびにガリッ、ガリガリッと音が跳ねる。その衝撃で空気がびくりと震え、圧が肌を叩いた。

思わず、息を呑む。


サーペントはA〜S級に分類される魔物で、重量は10tを優に超えているはずだ。それを、たった一人で、しかも涼しい顔のまま引きずってくるなど、質量×速度という常識を真っ向から踏みにじっている。

いったい何がどうなっているのか。思考が一瞬、完全に追いつかなくなった。


「……どうやって捕まえたのですか?」


そう尋ねると、返ってきた答えは、私の予想を軽々と飛び越えてきた。


「適当に罠を仕掛けておいたら、このサーペントが引っかかっちゃいまして、えへへへへ」


思わず、言葉を失う。

世界最強級とされる『オニオンシリーズ』を使いこなすJOB『たまねぎ』。その実力は高いとは思っていた。だが、とはいうものの、ここまで規格外だとは正直想像していなかった。


このまま放置すれば、彼女の成長曲線は天井を突き破り、そのまま制御不能になるのではないか。

そんな、冗談では済まない不安が本気で頭をよぎる。


私は一度、深く息を吸い込み、気持ちを切り替えて月姫に声をかけた。


「四十九が完全に回復するまで、まだ少し時間がかかりそうです。目覚めるまでの間に、城塞都市の迷宮主・十戒を狩り取ろうと考えています。月姫――私について来て下さい!」


「えっ。わ、私なんかが三華月様の狩りに同行していいのですか……全然役に立たないと思いますが、よろしくお願いします」


控えめな言葉とは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は鋭く、ぎらりと光っていた。

戦いへの期待か、未知への渇望か。いずれにせよ、その内側に燃える意志の強さだけは、はっきりと伝わってくる。


なお、サーペントはキャッチ&リリース方式で丁重に解放しておいた。

鎖が外れた瞬間、ドンッと地を蹴るような勢いで闇の奥へ逃げ去っていったあたり、もう二度と関わりたくないと本能が叫んでいるのだろう。


『幻影通り』に迷い込んでから、すでに2日が経過している。

『SKILL_VIRUS』の影響により、十戒が保有するスキル『転生』は、およそ30%ほど崩壊しているはずだ。狩り取るには最適な頃合い。

とはいうものの、油断はできない。静まり返った狭間の空気が、次に訪れる死闘を予兆するかのように、ひやりと肌を撫でていった。


———————


『幻影通り』を抜けた瞬間、視界が一気にぱっと開けた。

まるで巨大な幕が、バサリと勢いよく跳ね上がったかのようだ。


そこに広がっていたのは、体育館を遥かに凌ぐ規模の巨大なドーム空間だった。天井は岩盤で形成された緩やかな曲線を描き、高く裂けた隙間から差し込む光が、床にまだらな白い模様を落としている。

乾いた空気が、わずかに震えていた。


足元の砂利を踏みしめるたび、ザク……ザク……と音が響き、その反響が一拍遅れて耳に返ってくる。静寂は薄れるどころか、むしろ増幅され、肌に張りつくようにまとわりついてきた。


そして、その広大な空間の中央に――

一つの影が、凛と立っていた。


少年の姿をした迷宮主、十戒。

私たちが現れた方向を、最初からそこにいると分かっていたかのように、ぴたりと見据えたまま仁王立ちしている。


その佇まいは、「おかえり」と告げているようでもあり、「来ると確信していた」と言わんばかりでもあった。舞台の幕が上がる瞬間を、初めから知っていた役者の余裕。その空気が、ありありと漂っている。


十戒は胸を張り、両腕を大きく広げ、不敵な笑みを浮かべてきた。


「ようこそ、俺の世界へ」


その一言は、61話で言い放った“私を下僕にする”という宣言の延長線上にあるものなのだろう。

しかも、飛燕が所持していた空間反転スキル『ミラー』を、彼のスキル『捕食』で奪い取った可能性が高い。あらゆる攻撃を跳ね返せるという自信が、全身から滲み出ている。

それは油断というより、もはや慢心そのものだった。


どうやら、自分がこれから直面する運命の残酷さには、まったく気づいていないらしい。


――飛んで火に入る夏の虫。

とは、まさにこのことなのかもしれない。


十戒は顎をわずかに持ち上げ、勝ち誇った口調で続けてきた。


「この闘技場みたいな空間はな、気の強い聖女ちゃんを、俺様専用のペットに調教するためだけに、わざわざ用意したんだぜ」


吐き捨てるような台詞には、勝者の余裕というより、酔いにも似た浮つきが滲んでいる。

空間を歪め、反転させる『ミラー』を手に入れ、さらには死すら帳消しにする『転生』という保険まで握っている。負ける未来など、もはや彼の思考領域には存在しないのだろう。

とはいうものの――その油断こそが、どれほど致命的な隙となるのか。これから、時間をかけて理解させてやるつもりだ。


私は背後に控える月姫へ、ほんの一瞬だけ視線を送った。

言葉は不要。月姫は小さく、しかし確かな動きで頷くと、次の瞬間には気配を削ぎ落とし、まるで空気の粒子そのものになったかのように後方へと溶け込んでいく。そこに“いた”痕跡すら、何一つ残さずに。


――ピン。


空気が張りつめる音が、確かにした。

温度が下がったのか、それとも肌が緊張を錯覚したのか。ひやりとした感覚が、首筋から背中へと滑り落ちていく。


私は指先を軽く開いた。

そこから召喚されるのは――『運命の弓』。


ふわり、と白い粒子が舞い上がってくる。

光の塵は空中で渦を描き、重なり合い、絡み合いながら形を成していく。やがて、高さ3mを優に超える白銀の巨大な弓が、ゆっくりと姿を現した。

弓身がわずかに煌めくたび、ビリリ……と周囲の空気が震え、まだ放たれてもいない矢の“予兆”が、闘技場全体に満ちていくのが分かる。


十戒は、その光景を前にしてもなお、薄ら笑いを浮かべたまま両手を広げていた。


「おいおいおい。俺様にその弓を向けるつもりか?」


「そのつもりです」


「俺様はな、空間を歪めて攻撃を反転させる『ミラー』を手に入れたんだぜ?」


「ご忠告ありがとうございます。ですが、ミラーへの対処法は既に心得ておりますので、どうぞご心配には及びません」


「対処法だと? そんなハッタリが通用するかよ。攻撃したら全部お前に返るんだぞ。つまり、俺様には攻撃なんて届かねぇはずだ!」


その瞬間だった。

下品に歪んでいた笑みが、すっと消えていく。眉間に刻まれた細い皺。視線の揺らぎ。

無意識のうちに、彼は“違和感”を感じ取ったのだろう。もっとも――自分がすでに狩られる側に立たされていることまでは、まだ理解できていないようだったが。


私は静かに、スキル『ロックオン』と『転移』を同時に発動する。

足元に幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、明滅しながら淡く光を放っていた。

空間全体が、ぐわりと軋む。弓の弦は、まだ引かれてもいないというのに、キリ……と微かな音を立てて震えていく。


―――――同時に、私は“2つの『転移』”を展開した。


ひとつは、十戒の心臓を正確に捉えるための転移陣。

そして、もうひとつは――私自身の心臓を撃ち抜くための、第二の転移陣であった。


十戒の瞳が、大きく揺れた。

理解が追いつかないのか、呼吸の仕方すら忘れたように一瞬だけ固まる。とはいうものの、即座に飲み込める話でもない。だからこそ――説明してやる必要がある。


「私は、2本の矢を同時に放ちます。その2本の矢は、同時に私と十戒(あなた)の心臓を貫くことになるでしょう」


「な……何を言ってやがる? 意味が分からねぇ。ちゃんと説明しろ!」


十戒(あなた)の心臓へ放たれる運命の矢は、『ミラー』によって空間が歪み、反転し、私の心臓へと戻ってくるでしょう。では――私の心臓へ向けて放ったもう一本の運命の矢は、どこへ向かうと思いますか」


一拍。

その沈黙の中で、十戒の顔色がみるみるうちに失われていく。


「あ……どこへって……ま、まさか……それは……俺の……心臓、なのかよ……」


震えた声が、広大な闘技場に吸い込まれ、乾いた反響だけを残していく。


空間を歪ませ、反転させるスキルの性質上、私の心臓を狙った矢が跳ね返る先は、自動的に十戒(あなた)の心臓となる。

理屈としては至極単純。何の不思議もない。


もちろん、私自身も同時に心臓を貫かれるだろう。痛みは避けられない。

とはいうものの、『自己再生』がある限り、致命傷にはなり得ない。だから問題はない。


十戒はガタガタと肩を震わせ、じり……と後退していく。

その反応こそ、むしろ正常なのだろうか。


「な……なかなかクレージーな方法だな……! 俺と刺し違えるつもりかよ。だが教えてやる。俺には切り札があるんだぜ!」


「切り札とは、『転生』のことでしょうか」


「ほぉう……! 俺が『転生』できるってこと……知っていたのか!」


驚愕に目を見開くと、その瞳孔は、恐怖と焦りと怒りが入り混じった、濁った色をしていた。

私の黄金色の『真眼』は、すでにそのスキル『転生』の存在を暴き、事前に把握している。


最後には必ず復活できる。

その絶対的な自信が、これまでの余裕を支えていたのだろう。

ものの――切り札を読まれていたと知った瞬間、顔が歪むのは当然だった。


もっとも、私に刺し違えるつもりなど、最初から一切ないのだが。


「話を続けます。その切り札――スキル『転生』についても、既に攻略済みです」


「なっ……!? 俺の切り札を……攻略済みだと……!?」


「はい。従来どおりの転生は、正常には機能しません」


「ど、どういうことだ!」


十戒(あなた)の『転生』は、すでにウイルス感染を起こしており、約30%ほど機能が崩壊しています。現状では“今まで通りの転生”は、まず不可能でしょう」


「ハッタリだ! そんなもん、あるわけねぇ!」


「信用して頂けないのは残念ですが……まぁ、この後で十戒(あなた)を一度、ブチ殺しますので。その時に身をもって理解して頂ければ結構です」


見る間に、十戒の顔が赤く染まっていく。

怒りか、恐怖か。判別しがたい震えが全身から滲み出ている。

さきほどまでの余裕は、もはやどこにもない。追い詰められた獣のように、目だけがぎらりと光っていた。


――すでに、決着は見えている。

十戒(あなた)に、勝ち筋は存在しない。


私は静かに、『運命の矢』を2本、リロードします。


カチリ――。


白銀の弓に集まる光が鋭く震え、大気がわずかに熱を帯びていく。

矢先を、同時に展開した2つの『転移』魔法陣へと正確に合わせる。


張り詰めた空気が闘技場全体を包み込み、鼓膜がじん……と痺れた。


「これより――面白い劇場の開演です」


深く、ゆっくりと息を吸い、弓を限界まで引き絞ると、圧縮されたエネルギーが

ビリビリ……と空間そのものを震わせ、光の粒が弦の周囲を舞っていく。


そして――解放。


――――――――――TWIN_SHOOT


放たれた2本の矢は、瞬きよりも速く白光となって重なり合い、

キィン!と空気を裂きながら、2つの『転移』陣へと吸い込まれていく。


空間が歪む。

圧力が、ぐっと押し返してくる。

次の瞬間――


ドスッ。


私自身の心臓と、運命矢が、十戒の心臓を、同時に貫いたのだった。

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