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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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73 ◯◯のまま死ねません。

『エロのパワーを舐めるなよ!』


甲高くも必死な叫びを上げながら、メタルスライムは目の前にうねる影へと食らいついていた。

ガブリ。ガブリ。

金属質の顎で噛み砕くたび、黒い影が霧のように散り、空気がぴりりと震える。その姿は、サイズこそ小さいものの、どこか英雄的ですらあり、妙な迫力を放っている。


とはいうものの――状況は絶望的だった。


喰らわれているはずの影は、まったく薄くならない。減るどころか、どこまでも湧き続けている。まるで底の見えない深淵へ、砂粒を投げ込んでいるかのよう。努力は確かに形を成しているはずなのに、結果だけが伴わない。焼け石に水という言葉が、これほど正確に当てはまる光景もないだろう。


影の暴走を止める手段は、ただ一つ。

四十九の身体に『闇耐性』を刻み込むこと。


だが、今の四十九は、すでに影とほぼ同化しつつあった。人型は保っているものの、その輪郭は曖昧で、半物質の霧が人の形を模しているかのように、ゆらゆらと揺らめいている。

試しに指先を伸ばしてみれば――すり抜ける。

触れているはずなのに、そこに「触れた」という確かな感触がない。触れられるという概念そのものが、彼女の存在から剥がれ落ちかけているのだろうか。


そんな中で。


モグモグと影を噛みちぎりながら、まるで何事もないかのようにその場に立つ、メタルスライムの小さな背中を見た瞬間――

雷光のようなひらめきが、脳裏を貫いた。


メタルスライムだけは、影に触れられる……!


理由は分からない。理屈も説明できない。

けれど、事実として触れている。触れられている。

それだけで、状況は一変する。


彼を媒介にできるなら。

メタルスライムを通してなら、四十九へ直接『闇耐性』を流し込める可能性がある。


だが――ここで、もう一つ。

どうしようもなく巨大な壁が、行く手を塞いでいた。


絶対回避を宿した、アダマンタイトボディ。

回避∞を誇るメタルスライムに、私自身が触れなければならない、という壁である。


迷宮で初めて遭遇した時の光景が、脳裏に蘇る。

放った攻撃はすべて、ぴょい、ぴょい、と軽やかに躱され、かすり傷一つ与えられなかった。理論上、接触など不可能な存在。普通に考えれば――触れるなど、夢物語のはずだった。


だが。


そっと手を伸ばしていくと…

すんなり、触れることが出来てしまった。


「……あら?」


あまりにも自然な感触だったがゆえに、逆に声が漏れてくる。

冷たい金属を想像していたのに、掌に伝わってきたのは、ひんやりとしつつも、生き物らしい柔らかな温度。眷属となった恩恵なのか、それとも別の要因なのかは分からない。だが、確かに触れている。


その瞬間、メタルスライムがビクリと跳ね、小さく震えながら訴えかけてきた。


≪さ、三華月様……ぼ、僕に……何をするおつもりで……?≫


「あなたをサーペントの頭部へ投げ飛ばします。あそこで影を生み出している少女の身体に、そのまま密着して固定してください」


一切の迷いなく告げると、メタルスライムは目に見えて青ざめていく。


≪えっ……あの……その闇の元凶に、べったり張り付け、と……?≫


「ええ。お願いします」


≪な、なんというか……僕、本当に大丈夫なんですかね!?≫


「多少危険はあるかもしれません。とはいうものの、これは少女を助けるため。必要なことです」


≪ぼ、僕は……童貞のまま絶対に死にたくないのですが、大丈夫なのでしょうか!≫


「童貞のまま死にたくない気持ち……よく分かります。だからこそ――生き残って下さい」


≪今の言い方ァ! “多少”どころじゃない死亡フラグの香りしかしないんですが!≫


その抗議が完全に終わる前に、私は行動に移っていた。

暴れ出したメタルスライムを、両手でがっちりとホールドしていく。


はいはい、無駄な抵抗はやめなさい。

金属質の悲鳴が耳に響くが、気の毒とは思うものの、これは任務である。


生き残りたいのなら。

いや、嫁探しを本気で続けたいのなら。

今こそ、男を見せるところなのではないだろうか。


私は彼を正面に構え、狙いを定める。

四十九へ向けて、全力で――投擲。


「行きなさい、メタルスライム!」


≪ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇ! 童貞のまま死にたくなぁぁい!! ぜっっっったい、投げないでって言ったじゃないのぉぉおおおお!!≫


……いや、投げた後に叫ばれても、どうしようもない。


透明感のある、銀色に輝く小さな球体。

メタルスライムは、美しい宝石のような放物線を描きながら、ふわりと宙を舞っていく。ひゅう、と空気を切る音が響き、頬を微かな風が撫でていく。その内部からは、絶叫とも悲鳴ともつかない、支離滅裂な声が途切れることなく響いていた。


そして。


巨大サーペントの頭部――ぐっすりと眠る四十九のもとへ。

ぺたり、と吸い付くように、メタルスライムは張り付いた。


ナイススローイング。

自分で言うのも何だが、今の投擲は完璧だったのではないかしら。


しかも驚くべきことに、異常な半物質状態にある四十九の身体を、メタルスライムはしっかりと捉えている。ここまでは、理想的な展開。――とはいうものの、問題はここからである。


案の定、影がじわじわと蠢き始めていた。

敵と判断したメタルスライムを剥がそうと、黒々とした渦が押し寄せていく。空気が冷え、肌に触れる気配は鋭く、氷針を突き刺されるような嫌悪感を伴っていた。


本来なら、メタルスライムの断末魔をゆっくり楽しみたいところなのだが――今は、ぐっと堪え、静かに、しかし確実にスキル『転移』を発動した。

一瞬で距離を詰め、四十九に張り付くメタルスライムへ、掌を押し当て…

――――私は、メタルスライムを経由し、四十九へ『闇耐性』を付与します。


鋼の身体を伝ってくる感触が、じわじわと掌に広がっていく。冷たく、重く、確かな存在感。そこから、力が染み込むように流れ込み、四十九の内側へと注がれていく確かな感触が伝わってくる。


これで……上手くいってくれればいいのだが。

どうなるのかしら。


やがて。


四十九を覆っていた影の暴走は、ゆっくりと、その勢いを失っていった。


溶けていた身体は、少しずつ質量を取り戻し、揺らいでいた輪郭が、次第に明瞭になっていく。

張り詰め続けていた月姫も、ついに限界だったのだろう。糸の切れた人形のように、その場へ崩れ落ちていた。


全長15mほどもある巨大サーペントは、四十九の回復を察したのか。

びしゃり、と水面を蹴り上げ、影を振り払いながら、逃げるように闇の向こうへ姿を消していった。


しかし――

四十九と月姫、この2人が完全に回復するには、まだ少し時間が必要となるだろう。

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