71 拾い食いしたら呪い
メタルスライムが『強欲の壺』を爆食し、進化ポイントをごっそりと奪い取った。
このまま育て続けていたら……本当に“魔王”へと進化してしまうのではないか。
いや、冷静に考えれば、普通にあり得る話なのではないだろうか。
いまさらながら、どうしても考えてしまう。
もし私の眷属が魔王に成り上がったら――当然、私への信仰心にも影響が出るのではないか。
いや、出るだろう。絶対に。確実に。
……とはいうものの、そんな未来の大問題を悩んでいる余裕など、今の私にはない。
四十九と月姫が『影使い』を暴走させ、そのまま迷宮の奥深くへと落ちていってしまった。
まずは、あの子たちを見つけ出す。それが今の最優先事項だ。
私は四十九に刻んでおいた『加護』の導きに従い、すでに1時間以上は歩き続けていた。
距離感からして、確かに近くまで来ているはずなのに、どうにも目的地へ辿り着く気配がない。
胸の奥で、金属片を擦り合わせたような不協和音が、じりじり、じりじりと鳴り続けている。
……これは妙だ。
何かが、決定的におかしい。
――そこで、ふと気づいてしまった。
つい先ほどまで背後を歩いていたはずの勇者と強斥候の姿が、跡形もなく消えていたのである。
思わず足を止め、振り返り、すぐ後ろをついてきていたメタルスライムへと声をかけた。
「……メタルスライム《あなた》。まさかとは思うけれど、付いてきていたあの2人――
『爆食』で拾い食い、なんてしていませんよね?」
勇者と強斥候を食べたところで、進化ポイントが増えるわけもない。
むしろ、“恐ろしい呪い”を拾ってしまう未来しか見えず、百害あって一利なしだ。
私の問いに、メタルスライムは金属の身体をブンブンと激しく揺らし、全力で否定してきた。
≪NOです。さすがに《《あれ》》を拾い食いする勇気はありません≫
どうやら本能レベルで「食べてはいけない存在」だと理解したらしい。
非常に良い判断である。
……とはいうものの、ではあの2人はいったいどこへ消えたのだろうか。
迷宮主・十戒の気配は感じられない。
優秀な強斥候が、こんな状況で道に迷うとも考えにくい。
……というものの。
迷っているのは、私自身だったのかもしれない。
私はいま、いったいどこを歩いているのかしら。
星さえ見えれば位置の把握もできるのに、迷宮ではそれも叶わない。
もういっそ、勇者たちのことは一旦忘れよう。四十九の加護だけを頼りに進むしかない。
あの2人は勇敢さこそ皆無だが、生命力だけは妙にしぶとい。
まあ……簡単には死なないだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら歩き続けていると――
前方の景色が、いつの間にか迷宮らしからぬものへと変貌していた。
広い一本道。
足裏に伝わる、なめらかに整えられた舗装の感触。
そして、どこかで覚えのある気配。
闇がゆっくりと開き、その向こう側から淡い灯りが滲み出してくる。
……まさか。
――やはり。『幻影通り』に辿り着いてしまったのか。
『幻影通り』とは、特定の種族、あるいは『交易スキル』を持つ者でなければ辿りつけない特殊な街。
地上に1000を超える街が存在する中でも、ここは異質にして別格。
私はこの地の『精霊』を護る役割を担っているため、呼ばれた可能性が高い。
四十九を探していただけのはずが……どうやら精霊の呼び声の方が勝ってしまったらしい。
とはいうものの、この胸騒ぎが、まったく止まらない。
進むにつれ、街並みはどんどん巨大さを増していく。
数百メートルにも及ぶ大通りが真っすぐに伸び、両脇には店や住宅が整然と並んでいる。
魔導灯の柔らかな光が舗装路を照らし、商人たちの呼び声、子どもの泣き声、笑い声が入り混じる。
街全体が、まるで生き物のように脈動しているかのようだ。
派手な十字の聖衣を身に纏った私を見るなり、商人たちは自然と道を空けてくれるので、歩くぶんには困らない。
ただ、メタルスライムを連れた聖女という構図は珍しいらしく、通りすがる人々は皆、一様に目を見張っていた。
精霊が私を呼んだのなら、何か良くないことが起きているはず。
なのに、街そのものからは不穏な空気がまるで感じられない。
ただ――
大通りの奥、鳥居の向こう側から。
四十九の気配だけが、微かに漂ってきている。
……あそこ、なのかしら。
鳥居の結界をくぐった瞬間、外の喧騒がすっと消え去っていく。
空気そのものが、音という概念を拒絶したかのようだ。
内部には無数の『魔導の精霊』たちが、鬼火のようにふわふわと漂っていた。
淡い光の粒が、ぱらぱらと舞い落ちっていく。
彼らは地上の灯りを生み出す、極めて重要な存在だ。その材をドワーフたちが加工し、各地へと届けている。
精霊たちは私の姿を見つけると、嬉しそうに寄ってきて身体を擦りつけてくるのは、月の加護に由来する生命力が、彼らの好物だからだ。
……とはいうものの、今日の彼らはどこか切羽詰まっていた。
そのうちの1体が、震える声で告げてきた。
≪月の聖女様。ここの守護者である“サーペント”が、影に捕らわれ、引きずり込まれかけています。どうか……救ってやってください≫
精霊の切迫した声が、鼓膜を震わせてきた。
サーペント――A級以上に分類される巨大毒蛇。
とりわけ水棲戦闘に特化し、海竜にも匹敵する泳力と、生存本能を誇る猛者である。
そのサーペントが影に呑み込まれているとなれば、四十九が関わっていると見て間違いない。
足を踏み入れた先。
そこには直径50m級の“影の池”が、ぐらり、ぐらりと揺らぎながら口を開けていた。
黒い水面は底知れず、覗き込むだけで魂を引きずり落とされそうな深淵だ。
池の縁では、全長30m近いサーペントが影の触手に絡め取られ、ずるずると引きずり込まれつつある。
ギシ……ギシ……と軋む影の音が、空気そのものを震わせ、肌を刺すような緊張を生む。
A級魔物でさえ、満足に抗えない拘束力。
どうにも嫌な予兆である。
そして、そのすぐそば。
「よいしょ……よ、よいしょっ!」
月姫が釣り竿を両手で握りしめ、巨大サーペントを釣り上げようと必死にもがいていた。
釣り糸はピン、と悲鳴を上げ、竿は今にもバキリと折れそうに限界までしなっている。
……いや、待ってほしい。
あれ、軽く数トンはある個体ではないかしら。
さすがにそれを釣るというのは無茶が過ぎる、物理的に無理というもの。
さらに視線を滑らせていく。
当の四十九は――
サーペントの巨大な頭を枕にするよう、影で器用に括りつき、ぷかぷかと水面に浮かんだまま眠っていた。
影の池に沈まないよう、サーペントを“浮き輪”として利用する発想。
……いやいや、色々と突き抜けすぎていないか。
『影使い』の状態を見れば、制御は崩壊寸前。
影の暴走は止まるどころか、むしろ加速している気配すらある。
これは四十九と『影使い』の適合率が、異常なほど高い証左なのだろう。
将来的には、アンデッド王級の戦闘力を持ち得る資質。
とはいうものの、使いこなせなければ、ただの危険物でしかない。
このまま放置すれば、幻影通りの一画ごと影に呑まれ、消滅しかねない。
まったく……なんという少女なのだったのか。
はあ……本当に、やれやれである。




