69 vsメタルスライム
十戒のスキル『転生』は、こちらが叩き込んだ『SKILL_VIRUS』によって、すでに深く侵食されている。
もはや内部構造は耐え切れず、今この瞬間も、音を立てずに崩壊を続けている最中であった。
完全消滅まで、残りおよそ7日。
とはいうものの、その根幹はすでに粉砕寸前。
完全な再生など、もはや望めるはずもない。
次に奴が姿を現す時――それこそが、真の意味での最期となるのだろう。いや、そうでなければならないのだ。
さて。
問題は、これからの行動である。
最優先事項はただ一つ。
影の沼へと落下した四十九と月姫の救出。
十戒の討伐などより、遥かに、圧倒的に重要――それは誰の目にも明らかだった。
四十九は、私の加護下にある存在だ。
そのため、正確な座標こそ掴めないものの、“方角だけ”なら感知できる。
微かで、心許ない手触り。
それでも確かに感じ取れるその方向へ、一歩、踏み出そうと――した、その時。
視界の端で。
常識では決してあり得ないはずの、金属質の光が、ぬらりと揺れた。
反射する光。
無機質で、冷たく、それでいて異様に存在感のある輝き。
その名は――
“メタルスライム”。
誰一人として討伐に成功したことのない『強欲の壺』よりも、さらに遭遇率が低い、S級相当の魔物。
地上世界におけるメタル系魔物は、最希少中の最希少。
その中でもメタルスライムは、討伐例ゼロ。
目撃報告すらほぼ存在しない。
姿を見かけたという事実そのものが“奇跡”。
同時に、“現れてはならない伝説”とまで囁かれる存在である。
私は、反射的にその方向を指さした。
勇者と強斥候は、やや惰性気味に顔を向け――次の瞬間。
白目を剥かんばかりに、目を見開いた。
「おい……あれ……伝説の魔物、メタルスライムじゃねぇのか」
「信じられないっす……本当に実在してたんすか……」
「マジかよ……ここでメタルスライムとエンカウントって。さすが俺様、さすが勇者だぜ」
「神様……僕に人生最強の運をくれて、ありがとうございますっす!」
「三華月。分かってるとは思うが、強欲の壺みたいなオーバーキルは絶対に無しだぞ」
「僕ら、ほぼ戦力外なんすよ。対応できるのは三華月様だけっす。一応、頑張りますけど……どうかよろしくっす!」
半分は歓喜。
半分はパニック。
そんな入り混じった声を上げながら、2人は腰の武器をガチャリと抜き放ち、ズザッと地を滑るように突撃していく。
……なぜ、当然のように私が参戦する前提なのか。
とはいうものの、彼らのこの尊大な思い込みは、今に始まった話でもない。
私自身にとっても、メタルスライムは初見である。
一応、『アーカイブ』から情報を引き出し――そして、思わず目を疑った。
――メタルスライム――
・クラス SSS
・HP 5
・攻撃 0
・防御 ∞
・速度 ∞
・回避 ∞
・ドロップ ???
・討伐回数 0
……ツッコミどころの暴風が吹き荒れる。
クラスSSS?
S級の上は“ドラゴン級”ではなかったのか。
速度∞、回避∞。逃げる気満々にも程がある。
そして防御∞。もし当たったとしても、意味がない仕様である。
実際、勇者と強斥候の攻撃は、まるで瞬間移動でもしているかのように、するり、ぬるりと躱されていく。
ブンッ、と刃が風を裂く音だけが虚しく残り、かすりもしない。
情報を知ってしまった今となっては、必死に追いすがる2人の姿が、少々滑稽に見えてしまう。
というものの、元々馬鹿なのだから仕方がない。
だが――
馬鹿が、全力で、無駄な努力を積み上げる姿というのは、不思議と目を離せなくなる。
眺めていたくなるから、なお困るのだ。
当然、攻撃は1度もHITせず。
それでも2人は、どこから湧いてくるのか分からない自信に満ちた顔で、こちらへ叫んでくる。
「フッ……俺様クラスにもなるとよ。初撃の手応えだけで、相手の力量なんざ丸分かりなんだぜ」
「だから言ったじゃないっすか! 僕たちじゃ無理なんすって!」
「三華月! 聞こえてんだろ!」
「いいから、早く参戦してくれ!」
……どうして、そんなにも胸を張れるのかしら。
とはいうものの、SSS級の強敵を討ち取ることができれば、信仰心の高まりは計り知れない。
名声も、恩恵も、すべてが桁違いとなる。
しかし。
目の前のメタルスライムは、攻撃力0。
“悪影響ゼロ”にもかかわらず、最高等級。
この矛盾……怪しい匂いしかしない。
とはいえ、倒してみなければ真相は分からないのだろう。
ならば――狩らせてもらう。
防御∞なら、こちらも火力を限界突破させるまでだ。
私は深く息を吸い、
運命の弓を、スナイパーモードで召喚する。
バッ!
と空気が震え、全長3m超の白銀の大弓が顕現する。
迷宮内では月の加護が弱まるものの、最大限まで引き絞れば、矢速は音速の10倍――マッハ10へと跳ね上がる。
さらに、回避∞への対抗策。
切り札――『マルチロックオン』を展開。
勇者の剣撃をヌルンと躱していたメタルスライムの身体へ、複数の魔法陣が重なり、淡く輝く印が刻まれていく。
規格外のステータスゆえか、あまりに無防備。
油断し切ったような佇まい。
――案外、あっさり討伐できるのではないか。
そんな錯覚が脳裏をよぎった、その刹那。
メタルスライムと、視線が、カチリと噛み合った。
ロックオンされていることを理解しているはずなのに、動揺は皆無。
焦りも、警戒も、一切ない。
その静けさが、逆に底知れない不気味さを増幅させる。
距離15m。
矢速マッハ10。
着弾まで、0.004秒。
数字で示せば、避けられるはずのない理不尽な速撃。
私は背筋を伸ばし、足を前後に開いて重心を落とす。
全身へ信仰心を叩き込み、身体能力を限界以上へと引き上げる。
撃ち抜く。
――――――――――SHOOT
ビュッ!
確かに、矢は放たれた。
だが、空を裂いた軌跡は、虚空を貫くだけ。
手応え――ゼロ。
0.004秒。
瞬きどころか、呼吸すら追いつかぬ世界で、回避されたのか。
ゾクリ、と背筋が粟立つ。
この魔物……本気で危険だ。
にもかかわらず、メタルスライムは逃げない。
余裕すら滲ませながら、ただ、そこに“いる”。
遊んでいる場合ではない。
『マルチロックオン』と『転移』。
2つの魔法を、呼吸するかのように同時発動。
メタルスライムを中心に、2重の魔法陣が重なり、キィン……と高音を立てながら光が収束する。
空間が、ミシリと軋む。
視界が白く焼かれ――次の瞬間、光が弾け飛んだ。
着弾までの時間は0秒。
いや、時間という概念そのものが存在しない。
距離すら無効化する、“この世界で想定し得る最速の狙撃”。
これで外れることなど、あるはずがない。
――――――――――SHOOT!
ピシャッ!
鋭い破裂音が響き、大気が裂け、魔力の残滓が尾を引く。
狙いは完璧。
遅れも、ズレも、一切存在しない。
だが――
結果は、またしても回避。
ヌルリと。
弾道を読んだかのように、メタルスライムは、わずかに体を傾けていた。
つまり――
このメタルスライムのボディは。
地上世界には存在しないとされる、
絶対回避が付与されたアダマンタイト。
その可能性が、限りなく高いのである。




