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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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06 鬼聖女様のその駄目っぷりが凄く心強いです

【オリオン】

A級冒険者を決める戦い。

帝都に16人だけ存在するA級冒険者の枠に欠員が出た時、その穴を埋める者を選ぶために開催される。

B級冒険者の上位4名がパーティーを組み、総当たり戦で優勝者を決定する熾烈なイベントである。


【ファミリー】

帝都にいるA級冒険者16人だけが設立を許される組織。

クエストの斡旋権はなく、目的は新人冒険者を育てること。

実績に応じて帝国から報奨金が支給される。

最大30名まで所属でき、そのうち10名は必ず初級──F級冒険者でなければならない。


――――――


夜空を覆っていた厚い黒雲の隙間から、いつのまにか細く鋭い雨が、シトシトと帝都の街並みに落ち始めていた。石畳を叩く音は、普段の喧騒に紛れても、どこか気怠く耳に残るリズムを奏でている。


歓楽街には、地下迷宮帰りの荒くれ者たちや、帝都に着いたばかりの行商人たちが溢れかえり、喧騒は昼間のそれを凌ぐ勢いだ。雨に打たれても、泥にまみれても、酔っぱらいのテンションは決して下がらない。やれやれ……天候ごときで気力が削がれないとは、本当にご苦労なことである。とはいうものの、舗装路に響く雨粒の音が少しばかり、今日の街の疲れを映しているのは間違いないのだろう。


地下迷宮で聖戦士を置き去りにし、帝都へと戻る頃には、夜の帳がすっかり街を包んでいた。

聖女──もっとも尊敬を集めるJOB──としての私の姿は、雨の中でも否応なく目立つ。

スキル『自己再生』の恩恵で異常状態にはならないため傘は不要なのだが、差し出される好意を断れば後が面倒になることは目に見えている。結局、素直に傘を受け取り、濡れた石畳の道をゆっくりと歩くことにしていた。


いつもの酒場の前に差し掛かると、中から熱気がムワッと溢れ出してくる。湿った夜気に混ざり、アルコールと肉の匂いが鼻腔をくすぐる。……どうやら、今日はいつにも増して騒がしいらしい。

迷宮の4階層で、聖戦士が忍者に敗れた──その噂が、街の冒険者たちの耳に届き、酒場の空間を熱狂させているのだろうか、と直感が告げていた。


ホールの内部は、400席を備え、天井までの高さは5メートル近くある。石造りの壁と柱が、巨大な照明に照らされて白く輝いている。しかし今夜は満席どころか、立ち見も溢れ、奥の壁際には人だかりができていた。


何があるのかと近づくと、私の聖衣──十字架が派手に施された白銀の装束──に気づいた酔っぱらい達が、口々に道を開けてくれた。こういうときだけ素直なのは、助かるのだろう。


壁に等間隔で設けられた窓の間には掲示板が並び、その前には冒険者たちが群がっている。掲示板に貼られていたのは──


―――――――地下迷宮で土下座する聖戦士の頭を、忍者が踏みつけている図であった。


実物よりも遥かにえげつなく、筆に宿った悪意が滲み出しているようだ。掲示板の前に集まった冒険者たちは、その絵を肴に好き勝手な会話を飛ばしていた。


「これで聖戦士(ジェット)の奴、A級冒険者の資格は剥奪だな!」


「ジェットファミリー、完全に解散だろうな!」


「ジェットファミリーNo.2で、影の実力者──忍者(こうた)さんの時代が、ついに来るんじゃねぇか!」


「いや、まだそうとは限らんぞ。忍者(こうた)さんが正式に後任に決まったわけじゃないしな!」


「オリオンだな!」


「オリオン開催の運びだな!」


「優勝候補は、やはりB級1位の忍者(こうた)さんだろうな!」


「結局、ジェットファミリーがそのまま光太ファミリーに名前を変えるだけじゃねぇか!」


「だろうな!」


「そうだな!」


酒場の男たちは、今夜の騒ぎをまるで待ちわびていたかのように、興奮と好奇心を胸に楽しんでいるようだ。聖戦士のA級剥奪と後継者を決める、あの権威あるオリオン開催を前にして、男という生き物は、どうしてこうした話題に飢えているのだろうか。


用意された席に腰を下ろし、ふとデザートを頼もうとした瞬間──酒場のざわめきをかき分けるように、忍者パーティーで共に戦ったあの神官が近づいてきた。ロリ巨乳──いや、ただの少女に見えるその外見の裏に、成熟した女性の存在感を秘めた神官、メルンである。


彼女はかつて、聖戦士たちに翻弄され続けていた女性のひとりである。ちなみに、この酒場で私に軽々しく手を出そうとした命知らずは過去に何人か存在したものの、もれなく制裁鉄拳で病院送りにしたため、今では誰も近寄ろうとしない。それを知ってか、メルンの足取りは堂々としていた。


「三華月様、同席してもよろしいでしょうか!」


声の明るさに反して、胸の奥の不安がちらりと透けるような響き。私は微かに頷く。


「はい、構いませんよ」


「無事にA級迷宮から戻られて、本当に安心しました!」


その声の意味は……いったいどちらに向けられたものなのだろうか。私自身への心配なのか、それとも、置き去りにされた聖戦士へのものなのか。


ロリ巨乳神官メルンは私より年上だが、その外見は二十歳前にしか見えない。清らかな白い神官服に包まれたその身体は、胸の豊満さを隠しきれず、向かいに着席した瞬間、テーブルの上に圧倒的な存在感を落とした。


その光景に、酒場の男たちの視線が一斉に吸い寄せられる。まるで、匂いを嗅ぎつけた野良犬の群れが獲物に群がるかのように──無邪気で、下品で、しかしどこか生々しい熱気が場内を満たす。


──一応、聖戦士の現状くらいは報告しておくべきところか。


「地下4階層で別れたあとですが……聖戦士(ジェット)ですが、帝都にはまだ戻っておりませんよ」


「えっ……聖戦士(ジェット)様がダンジョンから戻っていないって、どういうことなのでしょう!」


卓上の灯火が揺れるたび、その光に照らされたメルンの表情がゆっくりと曇っていく。瞬間、さっきまで笑い声に満ちていた空気が、一瞬にして凍りつく。その変化は、酒場のざわめきすらも押しのけるほどだったのかもしれない。


私が「聖戦士はひとりで下層へ向かったので置いてきた」と事実を淡々と告げると、彼女は小さく肩を落とし、「自業自得ですよ……」とつぶやき、胸の前で両手を組んだ。祈る姿は不思議なほど真剣で、横顔には未練とも苛立ちともつかぬ影が差している。


(あの男、そんなにいい仕事をしていたのかしら……)


祈りの一区切りがつくと、メルンは運ばれてきたアルコール度数50%を超える強烈な酒を、まるで水でも飲むかのように一気に呑み干した。その様子は、完全にヤケ酒のようでもあり、胸の奥で疼く自責の念を沈めようとしているのかもしれない。酒の匂いが立ち上り、空気に重さを加えていく。


やがて酔いが回るにつれ、メルンはぽろぽろと涙をこぼし始め、聖戦士の優しさや過去の逸話を、こちらがまったく興味を抱けないのを承知のうえで、延々と語り続けた。


「ところで、三華月様は、どうしてお酒をお召しにならないのですか?」


「アルコールは、私のスキル『自己再生』によって、体内で毒性を持つ物質と認識されます。そのため摂取しても即座に浄化され、まったく意味がありません」


「えっ、自己再生ですか!」


「はい。お酒を飲んでも、決して酔うことはできません」


「『自己再生』……まさに神スキルじゃないですか……さすが最高神アルテミス神の大聖女様……私とは完全に次元が違いますね」


神官メルンは、無駄に乳が大きく、男の煩悩を過剰に刺激しているのでしょう」


その瞬間、酔いで顔を真っ赤にしたメルンが、両手でテーブルをバンッと叩き、勢いよく立ち上がってきた。店内の男たちの視線が再び一斉に集まってくる。その胸は無駄に──いや、間違いなく無駄に揺れ動き、視覚の暴力のような存在感を放っていた。


座ったままの私の目の前で、彼女は胸を必死に擁護する。


「乳は関係ないでしょう! それに、無駄ってどういう意味ですか!」


「それにしても……本当に無駄によく揺れる胸なのですね!」


「三華月様、乳を敵視しないでください!」


「その、煩悩の塊ともいえる無駄によく揺れる胸に、あの聖戦士は夢中だったというわけですか?」


「なんでそんなことを知っているんですか! そもそも乳は関係ありません! 聖戦士(ジェット)様にとって、私はただの都合のいい女だっただけですよ!」


「本当に……神官(あなた)は、聖戦士(ジェット)に愛されていなかったのでしょうか」


「ど、どういうことですか……!」


忍者こうたの言葉を鵜呑みにするのではなく、聖戦士ジェットと向き合い、話すべきだったのではないでしょうか。ですが、実際にどうするべきだったかなんて……神官(あなた)自身にしか分からないことだと思います」


その声は静かだが、酒場のざわめきにも溶けず、妙に深く響き渡った。酔いの匂い、アルコールの刺激に混じる戦場の残り香──迷宮で積み重ねた死線の気配──が、二人の間にじわりと沈殿していく。


——————


ロリ巨乳神官を酒場に置き去りにし、私は夜の街へと足を踏み出した。すると、にわかに空が荒れ、雨脚が急に力を増していた。街灯の淡い光が無数の雨粒に乱反射し、夜気の底に白い光の線が幾重にも交錯して走っている――まるで街全体が、光の糸で編まれた異界のように揺れているかのようだった。


とはいうものの、歓楽街の熱量は衰える気配がまったくなく、むしろ雨を弾き返すかのごとく、深夜0時へ向けて沸き立つようなボルテージを増している感覚すらあった。酒の匂い、客引きの声、笑い声、そしてどこからか聞こえる楽器の音――すべてが濃密に渦巻き、雨音さえも背景に押しやられてしまうほどだ。


その喧騒を抜け、街の外れにひっそりと建つ古い木造二階建ての宿へ戻る。親子四人だけで営む素朴な宿で、古い木材特有の落ち着いた香りが辺りに漂っている。受付前のテーブルには、黒装束に身を包む小柄な男――強斥候、吹雪月(ふぶきつき)が静かに腰を下ろしていた。


「三華月様、ずっとお待ちしていたっす!」


「私をつけ回したいという、あなたの歪んだ信仰心……その理解は一応して差し上げます。ですが、制裁鉄拳を受けたくないのであれば、黙って引き返して下さい!」


「三華月様をストーカーだなんて――そ、そんな恐れ多い真似、僕に出来るはずないっす!」


「そう。ならば早く帰りなさい!」


淡々と告げたその瞬間――ふと、吹雪月の視線がどこか一点に泳いでいることに気づいた。注意が散漫というより、既に意識がどこか遠くへ飛んでいるような表情だ。


視線の先には、宿屋の爆乳女将が立っていた。……酒場に続き、こちらの宿でも無駄に揺れるその胸の圧力を見せつけられているというわけだ。


なるほど、吹雪月の集中が霧散する理由は理解できた。私は気配を完全に消し、『隠密』を発動して彼に近づいていく。黒装束の男は鼻の下を思い切り伸ばし、アホ面で女将を見つめている。


その側頭部へ、容赦なく拳を振り下ろした――


『ボコッ』


次の瞬間、吹雪月の身体が床へ叩きつけられると、白目をむき、弾むように一度バウンドし、意識を飛ばしながら受け身を取った。戦闘力は大したことはないのだろうが、斥候としての基礎力は確かに備えているらしい。


宿の家族は誰も異変に気づかず、淡々と日常を営んでいる。ほどなく吹雪月は意識を取り戻し、呻き声をあげながら狭いロビーを高速で転がり始めた。床を這う音、衣擦れの音――『ボコボコッ』――かなり痛そうでだ。


「まじで……当たり所が悪かったら洒落にならない痛みなんですよ!」


「いやらしい目で爆乳女将を舐め回していた強斥候を、当然の罰として成敗しただけです!」


「だから!爆乳への嫉妬はやめて下さいってば!」


『ボコボコッ』


「ず、び、ば、ぜ、ん、でした……」


雨脚はさらに強まってきていた。古い木造建築を叩く雨の音が、屋根越しでもくっきりと聞こえてくる。


今、この宿は私の貸し切り状態で客もいないが、家族が丁寧に掃除してくれているおかげで、木の床は清潔で滑らかだ。その上を、吹雪月が芋虫のように這い戻り、テーブルへ復帰しようとする姿は、なかなかに哀愁を帯びている。


「それで、私に何の用なのです?」


「三華月様……A級冒険者を選定する大会『オリオン』って、ご存知ですよね!?」


聖戦士(ジェット)がまもなくB級へ降格する……その噂なら耳にしています」


酒場で耳にしたくだらない話だ。上位4位以内のB級冒険者がパーティーを組み、ギルドが指定したA級迷宮を最速で攻略した者がA級へ昇格する――そんなルールであったか。


吹雪月は前のめりに身を乗り出してきた。


勇者(ガリアン)パーティーから、美人賢者(アメリア)パーティーへ、代表を変更したんですけど……僕達も『オリオン』に参加する予定なんです!」


「そう。ならば努力なさい!」


「もちろんっす!でも美人賢者(アメリア)は今B級5位なんです!」


「それでは『オリオン』に出場できないでしょう」


「問題ないっす!トップ4に入るために、明日A級迷宮へ挑みます!」


「健闘を祈ります!」


「えっ……!? な、何をおっしゃっているのですか!? 健闘を祈るだなんて……三華月様が、そんな殊勝な言葉を口にする聖女様でしたっけ!?」


吹雪月の声は、驚きと戸惑いで震えている。額には細かい汗が浮かび、息は少し荒い。それでも彼は、堂々と――いや、厚かましくも願いを続けてきた。


「三華月様! お力をお貸し下さい! 僕達だけじゃA級迷宮の突破は不可能なんです!」


「全く興味がないので、丁重にお断りします」


私の声は冷たく、無慈悲に響く――とはいうものの、地下迷宮で、あの忌まわしい忍者が私の信仰心を削いだときの出来事が、ふと頭をよぎる。


忍者(こうた)に勝てるのは三華月様……あなただけなんです!」


その言葉は、まるで私の怒りに油を注ぐかのようだった。あの忌々しい出来事が、脳裏に鮮明に蘇る。信仰心を削がれた自分の胸の奥の痛み。


忍者(こうた)が私の信仰心を削ぎ落とした、あの忌々しい出来事を、つい思い出しました」


「三華月様! あいつにやり返しましょう! 鬼聖女様らしくないっすよ、黙っていたら!」


「私を踏み台にしてのし上がろうとしている忍者(こうた)……必ず地獄へ叩き落としてあげます!」


「うわぁ……鬼聖女様のブレないその駄目っぷり……逆に頼もしいっす!」


『ボコボコボコ……』


理由もなく同族を傷つけることはできないし、直接危害も加えられない。つまり、たとえ『オリオン』に参加したとしても、私は忍者と正面から戦うことができない……


だが、私の代わりに戦える者はいるはずだ。勇者や強斥候は論外。

A級迷宮の話題が出るたびに、地下4層に置き去りにした聖戦士の姿が脳裏に浮かんでくる。残るは、聖戦士か。美人賢者パーティーには、席の余裕がある。6時間前に置き去りにした聖戦士――まだ生きている可能性はある。


「……いいでしょう。美人賢者(アメリア)に力を貸しましょう!」


強斥候の目が輝くと、まるで、鬼に金棒どころか、全力で強化された兵器を手に入れたかのようだ。


「ありがとうございます! これで鬼に金棒どころじゃないっす!」


「今からすぐ、A級迷宮の攻略を開始します!」


「い、今からっすか!?」


「6時間前、A級迷宮の地下4層に聖戦士ジェットを置き去りにしました。生きていたら、パーティーに加入させます」


「い、今すぐは……無理っすよ!?」


「“無理”とは、やる前に口にする言葉ではありません。“やってみた結果、無理だった”と言うものです!」


「うわぁ……また真面目な正論……。残念ながら僕には全然響かないっす……」


「理解できないなら、拳で教育しましょうか?」


「拳だけは勘弁して下さい! 承知しました! 今すぐ気美人賢者アメリア勇者(ガリアン)に声を掛けてきます!」


「では私は単独で先行します。遅れずに追いつきなさい!」


微かに響く足音、壁に反射する自分の声、息遣い。迷宮の奥深くまで広がる静寂と緊張感が、心の奥にじわりと重くのしかかるのを感じながら、私は足を踏み出したのだった……。


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