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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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39 貴重な存在

東の水平線へと視線を投げる。

夜を支配していた藍は、じわじわと溶け崩れ、朱の気配を孕みながら広がり始めていた。夜明けは、もうすぐそこまで来ているのだろう。とはいうものの、眼前に広がる光景は、朝という言葉が持つ穏やかさからは、あまりにもかけ離れていた。


大海に浮かぶ移動都市グラングラン。

かつて大地であった草原地帯はすべて海へと引きずり落とされ、いま残っているのは、骸骨のようにむき出しになった古城だけ。城へと続く門の上から見下ろせば、陸地が海面へ叩きつけられた衝撃はいまだ収まらず、海は荒れ、波は白い牙を剥き、うねり続けていた。ざわり、と潮風が肌を撫でる。その空気は冷たく、そして不自然なほど張り詰めている。夜明け前の静寂とは違う。まるで、次に何かが起きることを、世界そのものが息を殺して待っているかのようだった。


その緊張を裂くように、足元から小さな気配が立ち上がってくる。

移動都市の核──ペンギンが、こちらを見上げ、いかにも慇懃な態度で現状報告をしてきた。


「三華月様。移動都市は進路を反転し、現在は時速50キロで大陸へ帰還中でございます」


「ペンギンさん。ひとつ、念のために確認しておきたいことがあるのですが……聞いてもよろしいでしょうか?」


「はい。三華月様のご質問であれば、喜んでお答えさせて頂きます」


丁寧ではある。

しかし、その声音の奥には、微かな濁りが混じっている。澄んでいるようでいて、底が見えない。信用を寄せるには、あまりにも薄っぺらい。


「37話で言っていましたよね。“移動都市を守れなかった時は死ぬ時だ”と」


「ええ。確かに申しましたとも。それが何か?」


「実のところ──自害なさるつもりなど、これっぽっちも無かった。そういう理解でよろしかったのですか?」


「はい、間違いございません。死のうなどと考えるほど、私は軽い存在ではございませんので」


……調子が良すぎる。

開き直っているのか、それとも最初から反省という概念が存在しないのか。どちらにせよ、胸の内に引っかかるものが残る。


「つまり……移動都市を守る使命感なんて、初手から持ち合わせていなかった。そういうことですか」


「はい、これっぽっちも、です。せっかくなので申し上げますが……言葉尻を捉えて揚げ足を取り、相手を追い詰めるような陰湿な女に、男が群がるはずがございません。むしろ忌避されるのでは? そもそも論ですが、“プライドを捨てろ”と仰ったのは三華月様ご自身ではありませんか! 私など、我が主の命とあらば、美しき誇りもズタズタに切り裂き、地に落として差し上げているのです!」


陰湿呼ばわりまでしておきながら、平然と「忠臣」を自称するとは。

鉄面皮にもほどがある。その神経、一体どうすれば手に入るのだろうか。


「そう……ペンギンさんは絶対に、自害するつもりは無いと?」


「ですから、その残念そうな声音はおやめください! むしろ私がいなくなれば、三華月様にとって“計り知れぬ損失”になるではありませんか!」


この自信は、どこから湧いてくるのだろうか。

呆れを通り越して、感心しそうになる。


「損失とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?」


問いかけると、ペンギンは胸を張り、羽を広げるような仕草で誇示してきた。


「イエスマンに囲われた者は、必ず堕落します。三華月様に毅然と物申せる、唯一無二の“臣下”。それが私でございます!」


……さらっと臣下を名乗った。

主を陰湿呼ばわりする臣下など、存在自体がシステムエラーでは?


そろそろ、最高司祭のクエストを進めるとしよう。


「自害しない件については承知しました。ペンギンさん。早速ですが、古城内にいる奴隷たちを解放して下さい」


「三華月様。現在、この移動都市に奴隷はおりません」


「……何ですと。ここ、奴隷商人の街ではないのですか?」


「はい。そのとおりでございます。この都市には、人気の高い、花のように可憐な少女たちが揃っておりまして…」


「その可愛い子たちは、どこへ?」


「先ほど、一級商人が参りまして。女子を全員、ひとまとめに買い取り……悠然と降りていかれました」


「……全員ですか?」


「はい。ハーレム王にでもなるおつもりなのでしょう。おっと……お子ちゃまな三華月様には、すこしばかり刺激が強すぎましたか。フォフォフォフォ……」


つい先ほどまで命乞いしていた存在とは思えない尊大さだ。

ハーレム王。その単語と共に、ひとりの男の顔が脳裏に浮かぶ。一級商人──星運。砂漠地帯で北冬辺に邪魔され、取り逃がしたあの男に違いない。胸の奥底から、どろりとした黒い感情が、ゆっくりと這い上がってくる。


「その奴隷を買った一級商人……星運という男ではなくて?」


「申し訳ありませんが、個人情報の漏洩は厳禁でして。それについては口を閉ざすしかありません。ただ、とある少年の話をさせて頂きましょうか」


「とある少年の話ですか?」


「はい。ある日、奴隷商人が“お得意様の少年”を連れて、このグラングランへやって来たのです。その少年は奴隷を買いあさり、あっという間に常連枠へと上り詰めました。しかしある時──絶対に、どんなことがあっても揉めてはならない“最凶の聖女”とトラブルを起こしまして……命を狙われる羽目になった。空が晴れ渡るようなイージーモードの人生に、漆黒の雲が差し込み始めたのです。護衛を増やすため、有り金をはたき、奴隷を買い続けるしかなくなった……実に哀れな話でございます」


その“最凶の聖女”。

私以外に、誰がいるというのか。


「ペンギンさん。その聖女について……少し聞きたいのですが」


「ええ。何なりと」


「“最凶の聖女”という呼称を、“世界で最も可愛い聖女”に変更して頂けないでしょうか?」


「承知いたしました。ただ、それを受け入れれば、私は三華月様の“イエスマン”になってしまいます」


……つまり、あっさり断られた、ということなのだろう。


とはいうものの、それより問題なのは星運だ。

もし、万里と水落の2人が星運の奴隷だったのだとしたら──彼女たちは、主人の気分ひとつで、いつでも殺されかねない立場にあったということになる。


奴隷契約とは、“契約の鎖”を巻き、定められた対価を完済するまで、自由を奪う制度だ。

あの2人が、星運の盾として私に挑んできたのも、用心棒として雇われたからではない。命を握られ、逆らえなかっただけなのだ。


星運──

本物のクズではないか。


そう思った、その瞬間だった。

頭を突き抜けるように、声が降り注いできた。


―――――――――星運を処刑せよ。


アルテミス神の神託。

その声は、迷いを許さぬほどに明瞭で、冷たく、そして絶対だ。


私は、躊躇することなく、胸の奥で静かに応えていた。


YES_MY_GOD

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