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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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ネームドについて

私達3人は転移装置を利用し、攻略中である魔導士の塔の1階層から2階層へと踏み込んでいた。

視界が切り替わる、その刹那。

ふわり、と空気の質が変わるのを肌で感じる。


――次の瞬間には、すでにそこに立っていた。


天井高は最下層と同じく5m。

十分すぎるほどの余裕をもって確保されており、見上げれば、同材となる大判の石材が隙間なく組まれ、重厚で均整の取れた構造が視界いっぱいに広がっている。


とはいうものの、その形状は迷宮でよく見る通路型ではなかった。


前後左右、全方位。

視界を遮る壁はほとんど存在せず、見通しのいい巨大な空間が、ぐるりと私達を包み込んでいる。

思わず足を止めて見回してしまうほど、開けた構造だった。


天井を支えるための柱が、一定間隔で規則正しく配置されている。

ものの、それ以外に目立った障害物はなく、視線を遮るものは皆無と言っていい。


もし、1㎞以上先にぼんやりと見えている壁が塔の外郭だとするならば――

この階層は直径3㎞にも及ぶ円状構造物であり、私達はそのほぼ中心付近へと転移させられた、ということになるのだろうか。


迷宮内部には、腐敗や汚染といった痕跡は微塵も存在していない。

魔物さえ現れなければ、ここが迷宮ではなく、古代文明の神殿だと言われても疑わないほど、清潔で整った空間が維持されていた。


天井に嵌め込まれた照明からは、柔らかな光が降り注ぎ、足元までしっかりと照らしてくれている。

さらさらと新鮮な風が流れ、湿気はなく、空気は澄み切っていた。

戦場とは思えないほど、快適な環境――であるものの、それが逆に、言いようのない不気味さを際立たせている。


「……距離にして、50mくらいか!」


思わず漏れた声。

その直後だった。


ぬらり。

ぬちり、と湿った音を響かせながら、正面から1体のスライムが姿を現す。

半透明の体を揺らしながら、戦闘モードへと移行した個体は、こちらを明確な敵と認識した様子で、ゆっくりと、だが確実に距離を詰めてきていた。


見通しのいい空間だ。

徘徊していたスライムに、早速といった具合で私達は補足されてしまったのである。

もっとも――それは、こちらにとっても同じ条件だった。


特に狩人にとっては、閉鎖的な通路型迷宮よりも、こうした広い空間の方が圧倒的に戦いやすい。

射線が通り、距離を取れる。立ち回りの自由度も高い。

だが、相手がスライムとなると話は別だった。


スライムは、狩人を含む物理攻撃特化型にとって、難敵中の難敵である。

倒すためには、体内中央に存在する『核』を破壊する必要がある。

ものの、その核を覆っているのは、物理攻撃を著しく減衰させる粘液物質だ。


結果として、物理攻撃特化型の冒険者は、スライム相手では1クラス格上。

つまり、戦力が同等と見なされることになる。

本来なら余裕で対処できる相手であっても、スライムに限っては苦戦を強いられる――そういう理屈だ。


だからこそ。

特殊攻撃を扱える魔導士こそが、この塔を攻略する上での特効JOBとされているのである。


魔導士の塔2階層に出現するスライムの脅威度は、通常であればD~E級相当。

とはいうものの、音速キャットが持ち込んだウイルスの影響を考慮すれば、実質的にはC級相当まで引き上げられている可能性が高い。


低層階であるはずの2階層にして、物理攻撃特化型のJOBでは、すでにB級以上の冒険者でなければ通用しない状況だ。

さらに3階層はA級相当。

4階層以上ともなれば、S級相当の実力が必要になるだろうと推察される。


最上階となる5階層――。

物理特化型のJOBで挑む場合、S級相当の冒険者をもってしても、対応は不可能になってくるはずだった。


そんな張り詰めた空気の中。

背中を向けているペンギンと、魔導少女・天下茶が、接近してくるスライムを鋭く注視している。

その個体を分析する、低く抑えた会話が耳に届いた。


「天賀茶。注意しろ。接近してくる、あの個体は――『エレキスライム』だ」


「えっ……エレキスライムですか? 私の記憶では、あれは4階層以上に出現する魔物だったはずです。それが、どうして2階層に……?」


「うむ。奴の脅威度はC級。この階層のボスよりも、明確に格上の存在だ」


「お師匠様……おそらくですが、あの個体は反乱軍ではないでしょうか?」


「そうだな。上層階から降りてきている点、そして――

奴がこの階層ボスを倒してしまったと考えれば、あのエレキスライムが反乱軍だと見る方が自然だろう」


「お師匠様。階層ボスが倒されたって……本当なのですか?」


「うむ。この階層に存在するスライムは――おそらく、あのエレキスライムだけだ。

“元々いたはずの階層ボス”は、奴に討たれたと見て……間違いないだろう」


その言葉と同時に、空気が張りつめた。

2階層特有の薄暗い空間。壁面に反射する淡い魔光が、ゆらゆらと揺れている。

鼻をくすぐるのは、微かに焦げたような匂い。戦闘の残滓――とはいうものの、これは単なる戦いの痕ではなく、捕食の名残だったのかもしれない。


1階層にて、天賀茶は3体のスライムが融合した存在――『トリニティ』と同盟を結んでいた。

彼等の話によれば、一部のスライム達が反乱を起こしたという。

目的は不明。音速キャットを殺した者が誰なのかも、いまだ判然としない。

情報は断片的で、全体像は霧の中だった。


魔導士の塔から生み出されるスライム達の役目は、魔導士を育て、成長を促すこと。

とはいうものの、その本分を忘れ、力だけを求める個体が現れたとしても不思議ではない。

トリニティ一派は本来の役目へ戻ることを強く望んでおり、天賀茶に対して出来る限りの協力を約束していたのであった。


静寂が支配する通路。

その中で、ペンギンがE級魔導士の少女――弟子である天賀茶へ、試すように問いを投げかけた。


「天賀茶。『エレキスライム』は、その名のとおり、特殊攻撃として電気を使用してくるぞ!」


「脅威度はC級。注意点は感電です。接触を避ければ問題ないとされています。模範的な攻略法は10m圏外からの特殊攻撃……だったかと」


「うむ。教科書どおりの答えだな。だが――」


ペンギンの視線が、通路の奥で蠢く半透明の影を射抜く。


「私のデータと比べても、あの個体は一回り……いや、二回りは大きい」


「お師匠様。それはつまり、接近してくる個体は『エレキスライム』の進化型ということでしょうか?」


「進化型であると見て、まず間違いないだろう!」


「では……ウイルス感染の可能性は?」


「いや。ものの、あの挙動を見る限り――おそらく『ネームド』だな!」


「ネームド!? B級のネームドが2階層を徘徊しているなんて……異常事態では?」


「すでに、この階層は何が起こってもおかしくない。天賀茶、冷静さを保て!」


ネームド。

通常個体よりも明確に格上の存在であり、一般にはRAREと称されるオリジナル型。

つまり、通常の『エレキスライム』のデータは、ほぼ当てにならない。


ペンギン自身、あの個体は初見だった。

とはいうものの、過去の膨大なデータと照合し、使用される可能性の高いスキルを即座に洗い出していた。


「分析結果から判断するに……あのネームドは『放電』を使ってくると見ていい」


「『放電』……遠距離攻撃、という認識で?」


「うむ。この室内は乾燥している。金属物質を所持していなければ、射程は5mが限界になるだろう」


「10m圏外からでも対応できますか?」


「理想を言えば15m圏外だ。だが、『ファイアショット』の射程は10m強だったな。

より正確に、より素早く――連射できれば、対処可能となるはずだ!」


ネームドの『エレキスライム』をB級と仮定した場合、天賀茶の『ファイアショット』では余裕がない。

1撃での撃破は難しいだろう。

攻略の要は、初撃で傷を与え、同じ箇所へ連続して攻撃を叩き込み、中心核を破壊すること。


ものの、スライムは損傷したボディを即座に修復する。

修復される前に、寸分違わず、連続で撃ち込まなければ意味がない。


ペンギンは、この展開を想定していたのだろう。

E級相当の魔導少女へ、あらかじめ布石を打っていた。


人差し指と中指には『炎の爪』『風の爪』。

さらに、くすり指には『連撃の爪』が装着されている。


「天賀茶。『ファイアショット』を5連撃させることは可能か?」


「はい……やってみます」


「ただ発射するだけでは意味がないぞ」


「狙いを定めて……同じ箇所へ、ですね」


天賀茶は、短く息を吸い込んだ。

炎と風を融合させた魔法――『ファイアショット』を5連撃で放つ。その覚悟を決める。


仮に失敗しても、ペンギンが展開する12機のドラグーンが控えている。

さらに言えば、私の目から見れば――雑魚相当、なのだろうか。


スライムとの距離が15mに達した、その瞬間。


――ぼっ。


天賀茶の人差し指に、5つの炎が灯った。

点のように小さい。だが、その一つ一つが高温で、周囲の空気がじり、と歪むのが分かる。


5連撃というより、一斉斉射――だったのか。

そう感じた刹那、ネームドの『エレキスライム』も危機を察知したのだろう。

ずるり、と湿った音を立て、接近のギアを上げて一気に間合いを詰めてくる。


だが――


時すでに遅し。


————ドンッ!


5つの『ファイアショット』が、同時に放たれた。

速度は時速100kmほど。

ヒュンッ、ヒュンッ、と弾丸のように空気を裂き、一直線に走る。


その威力は、想像をはるかに上回っていた。


迫り来る攻撃に、『エレキスライム』は一切反応できていない。

次の瞬間――

半透明の巨体は、正確に、無慈悲に、中心の核ごと貫かれていた。

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