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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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同盟について

その空間で、魔導少女・天賀茶は、1階層の番人とされる「トリニティ」と呼ばれる3体のスライムに、慎重かつ緊張感を帯びた足取りで近づいていた。ぴちゃぴちゃ、と足元で水音が立つ。3体のスライムは微かにゆらゆらと揺れ、透明な体の奥で淡い光が揺蕩っている。少女はその隙間を縫うように、まるで水面をすべる小舟のように軽やかに、静かにすり抜けていくのだった。


その光景をじっと見守るのは、世界参賢者の一角となるペンギンだ。丸い背中が微かに上下に揺れ、つぶらな目だけが少女の動きに釘付けになっている。彼の体からは、空気が一瞬ひんやりと凍ったような静けさが漂っていた。


天賀茶の体型はひょろりとしており、紙で作られた人形のように軽く、風に吹かれたら飛んでいきそうだ。彼女は、私に代わって、新型ウイルスに感染したスライムたちを癒すつもりであるらしい。とはいうものの、彼女はあくまで魔導士であり、高位の信仰心や神聖な加護を持つわけではない。ゆえに、通常ならばその治癒行為は不可能であるはずだった。


その疑念を読み取ったかのように、ペンギンはくるりと私の方を向き、弟子である天賀茶に授けた策について、淡々と、しかしどこか催眠的に語り始めた。


「三華月様。お察しの通り、天賀茶には『医師』の才能はありません」


医師とは、病を癒す者に与えられる称号であり、この世界では聖女や神官、あるいは薬士がその役割を担っている。ペンギンの説明から推察するに、F級冒険者である天賀茶はそのいずれにも該当しない。しかしながら、ウイルス感染スライムを救うための、独自の策を備えている可能性は高い。


足元のペンギンの瞳がきらりと光り、胸を張った得意げな顔をしているのを見る。ああ、これはまずい。蜘蛛の巣に絡め取られるように、つまらない長話を延々と聞かされる羽目になるかもしれない。案の定、ペンギンの口からは眠気を誘うような理屈が、淡々と紡がれ始めた。


「三華月様。ウイルスとは学術的に言えば、細胞構造を持たず、タンパク質と核酸から成る微生物です。治癒行為とは、その毒性を弱めることであり、一般的には他のウイルスや熱を利用する手法が用いられます」

「なるほど。つまりペンギンさんは、ウイルスを弱めるためのワクチンを既に用意している、と理解して差し支えないのでしょうか」

「私が特効薬たるワクチンを準備していたことを見抜かれるとは、さすが三華月様です」

「そのワクチンを、あらかじめ天賀茶に持たせていたのですか?」

「はい。とはいうものの、あくまで私が蓄積したスライムのデータを基に、仮想シミュレーションを繰り返して作ったものです。実際の効果に関しては、不確定要素がないわけではありません」

「臨床試験をしていないため、多少はリスクがあるということですね」

「三華月様、仮想シミュレーションと臨床試験の誤差について説明しますと……」


足元で延々と講釈を垂れ流すペンギンの声を背に、私は視線を三体のスライムに戻した。天賀茶は無駄な動きを一切せず、手早く、そして正確にワクチンを打ち終えている。師匠とは違い、動きには迷いがない。


「ウイルスを弱める抗体が、トリニティたちの体内で形成されるはずです。この後、発熱の可能性もありますので、しばらくは大切に見守ってください」


トリニティ達は素直に頷き、私の言葉一つひとつにじっと耳を傾けていた。

天賀茶は、ウイルスが熱に弱いこと、人が病気になるとその毒性を弱めるために体温を上げる仕組みをよく理解している。

命令を実行するにしても、ただ従うのではなく、その内容を正確に理解することが重要であることを、よく心得ているのだろう。

私の周囲に集まる者の中では、珍しく理性を失わず、冷静さを保つまともな存在の一人であった。


――その時である。

何の前触れもなく、視界の中心にステータス画面のようなものが、ふわりと浮かび上がってきた。


・天賀茶は、スライム達から『1階層制覇の証』を手に入れました。

・少女は、トリニティ達と同盟を締結しました。

・魔導士クラスがE級へ上昇しました。

・2階層へ通じる転移エレベータが使用可能となりました。

・1階層入口のセフティーゾーンへの転移を開始します。


――これで、私達は2階層へ進めるということなのだろうか。

天賀茶が何やら同盟を結んだようだが、魔導士の塔内にいるスライム達を救う依頼でも受けたのかしら、とはいうものの、詳細は分からない。


私達3人を包み込むように、淡く丸い光がふわりと輝き始めた。

景色がぐにゃりと歪み、空気が耳元でざわつく。ひんやりした振動が、肌をかすめる。

強制的に転移が始まろうとしているのが、手足の先まで、肌で感じられる。

足元で、ウイルスに関する講釈を延々と語り続けるペンギンを抱きかかえると、光がじわりと私達を包み込み、ふわりと1階層のセフティーエリアへと吸い込まれていった。


魔導士の塔は、各階層が直径3kmの円状に広がり、5層で構成されている。

安全地帯となる入口前の大ホールは、多くの魔導士でぎゅうぎゅうに埋め尽くされていた。

これから1階層に挑もうとする初級魔導士達、2階層へ進もうとする者達、戦闘不能と判断され戻された者達――。

人々の声がホール内で反響し、ざわめきと緊張感が混ざり合った、独特の空気が立ち込めている。

聞こえてくる会話は、いずれもスライム達のレベル上昇についての話題で占められているようだ。


――その時である。

抱きかかえていたペンギンが、突如として体を硬直させた。

小さく震える足先、そして一点を見据えた瞳。

何かが起きたのか――その予感が、背筋をぞくりと走った。


「三華月様。予測外の事態が発生した模様です」

「予測外の事態、ですか?」

「はい。音速キャットが、何者かに殺されてしまったようです」


音速キャット――。

新種ウイルスに感染した個体であり、私はペンギンの依頼を受け、その捕獲のために魔導士の塔まで足を運んだのだ。

だが、殺されたということは、クエストは完了と見なされるのだろうか。

とはいうものの、ペンギンのただならぬ様子を見る限り、これは深刻な事態であるらしい。

殺された遺体を回収すべきか――しかし、それ以上に気になることが、私の胸をざわつかせていた。


「ペンギンさんに確認です。音速キャットは本当に、何者かに殺されたという認識でよろしいのですか?」

「はい。塔の最上階にいる何者かによって、殺されました。それがスライムなのか、それとも塔を攻略中の魔導士なのかは、現時点では不明です」

「音速キャットを殺すことができる可能性を持った者に、心当たりはありますか?」

「音速キャットは、その名の通り、初速で時速1000km以上を叩き出します。それでも、行動パターンを把握し、周到に罠を張れば、一般人でも捕獲は可能でしょう」

「だが、ペンギンさんは、実際にそれを実行できる者はいないと考えているわけですね?」

「はい。奴を捕らえるには、支配系スキル、拘束系スキル、時間系スキルが有効です。それでも捕獲は困難と推察します。三華月様、これは由々しき事態かもしれません」

「由々しき事態ですか」

「はい。これを放置すれば、三華月様の信仰心に影響が出る可能性があります」

「つまり、この件を放置すると、同族殺しと見なされる可能性があるということですね」

「その通りです。もしこの都市の者が殺された場合、放置した者が同族殺しと見られるでしょう」

「理解しました、ペンギンさん。真相を突き止める必要があります。先を急ぎましょう」


私達3人は、転移装置に包まれながら、光に飲み込まれるようにして2階層へ移動を開始した。

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