炎弾発射
1層の規模は直径3㎞。
巨大な円状構造を成し、その上に5つの階層が積み重なる形で最上階が存在している。見上げるような外観とは裏腹に、内部は意外なほど“定番”で、通路と部屋が幾何学的に入り組んだ、誰もが思い描く典型的な『迷宮』だった。
各階層間の移動には、安全地帯に設けられた『転移装置』を用いる。
というものの、この装置は無条件で使えるわけではない。各階層に配置されたエリアボスを討伐しなければ起動しない仕組みになっている。つまり、地道で単調にも思える作業を積み重ね、中ボスに該当する魔物を一体ずつ攻略しなければ、上へは進めないということだった。
安全面については抜かりがない。
各層の安全地帯は特定のクランが管理しており、魔導士の塔に挑む冒険者達を後方から支援してくれている。補給、治療、情報提供――迷宮攻略の“裏側”を支える存在である。
1階層のエリアに足を踏み入れていくと…
天井高、通路幅はいずれも約5mほどは確保されているだろうか。圧迫感はなく、整形された空間が一定のリズムで続いている。床には石版が隙間なく敷かれ、壁には等間隔で設置された照明がぼんやりと白い光を放っていた。
カツ、コツ、と足音が反響し、迷宮特有の静けさが耳にまとわりつく。
塔内には結界が張られているため、月の加護を受けることは出来ない。
そのため、他の迷宮と同様、私は無限の力を引き出すことは出来ない。とはいうものの、最強の冒険者である事実に変わりはない。同行しているペンギンの戦力も考慮すれば、S級相当の魔物であっても攻略は難しくないだろう。
今回ここを攻略する目的はただ一つ。
魔導士の塔に逃げ込んだという『音速キャット』の捕縛をすること。
依頼主であるペンギンを抱きかかえ、少女が私の前を歩いている。
名は天賀茶。F級相当の魔導士で、初心者と言って差し支えない実力だ。年齢は10代半ばといったところか。本人曰く、凹凸のない体型なのはまだ発育中だから、とのことらしい。
服装はスラム街の子供達が着ているような、薄く擦り切れた衣服。防御力は心許ないが、身軽さだけはある。
この塔は魔導士でなければ攻略できないという制約があり、性格面を重視したペンギンが彼女をパーティメンバーに選んだのだった。
彼女の右手の指には2つの魔具が装備されている。
一つは『炎の爪』、もう一つは『風の爪』。体内に溜まった魔素を還元し、それぞれ『ファイア』と『ウインドハンマー』の魔導を発動させる効果を持つ。扱いやすく、初心者にはうってつけの装備品だ。
これらはペンギンが彼女に手渡したものであり、天賀茶の成長を促すため、初心者用に位置付けられている1階層の攻略は彼女に任されていた。
魔導士の塔に出現する魔物は、原則スライムのみ。
1階層に現れるのはF~E級相当が基本だが、最上階では上位存在となり、陣形を組んで特殊攻撃を仕掛けてくるという。
――ぬるり。
通路の先、空気が歪むようにしてスライムが出現してきた。
数は5体。
そのうち4体はE級相当の『紫色』の個体。近づくだけで毒化する、厄介極まりないタイプだ。
そして残る1体――それは明らかに異質だった。
『鉄色』。
通称アイアンスライムと呼ばれる上位個体である。クラスはD級。その名の通り異常な防御値を誇り、本来であれば2階層以上で出現するはずの魔物だ。
音速キャットの影響なのか。その存在感は、場の空気を一段階引き締めていた。
ズズ……と粘性のある音が響く。
戦闘の気配が、確実に立ち込めている。
天賀茶に抱きかかえられていたペンギンは、床に降ろされるとトン、と軽く着地し、こちらへ振り向いた。
そのまま現状を分析するように口を開いてきた。
「1階層でD級相当の『鉄色』個体が出てくるとはな、三華月様。音速キャットが感染した新種のウイルスの影響が……というものの、すでに顕在化しているようです」
低く、しかし確信を帯びた声音でペンギンが告げる。
その言葉を耳にしながら、私は視線を前方――床を這うように蠢くスライムの群れへと向けた。
ペンギンが得た情報によれば、魔導士の塔に出現する魔物のクラスが全体的に底上げされている、とは聞いていた。
だが、その原因が新種のウイルスによるものだという話は、今が初耳だった。
もっとも、というものの――今の私にとって、その理由がどうであるかはさほど重要ではない。
重要なのは、目の前に敵がいるという事実だけだ。
そして、それをどう処理するか、である。
本来、1階層の攻略は天賀茶が単独で行う予定だった。
だが、F級相当の初心者冒険者にとって、D級相当となる『鉄色』スライムは、さすがに分が悪い。
油断すれば、一瞬で状況がひっくり返るだろう。
神妙な面持ちをしたペンギンの体表が、わずかに脈動する。
次の瞬間――
ふわり。
ぽん、ぽん、と。
その体から、拳ほどの大きさの球体が次々と生み出された。
数は12機。
まるで意思を持っているかのように、球体は空中を滑り、ペンギンの周囲を一定間隔で周回し始める。
それらの名は『ドラグーン』。
ペンギンが創り出した武装兵器であり、その火力は龍騎兵に匹敵する。
名が示す通り、攻撃力に特化した存在である。
戦闘態勢が整いつつある空気の中――
しかし、そこで一歩前に出たのはペンギンではなかった。
魔導士の少女。
天賀茶が、静かに、しかし強い意思を込めて口を開く。
「お師匠様。スライム5体の相手は、私に任せて下さい」
「天賀茶。三華月様の背後に下がれ。お前のクラスでは『鉄色』の相手は荷が重い」
即座に返される制止の言葉。
だが、天賀茶は首を横に振った。
「駄目だと思ったら下がります。お師匠様から貰ったこの魔具を、試してみたいのです」
一拍。
ペンギンは、彼女の瞳をじっと見つめ――やがて、短く頷いた。
「うむ。そうか。いいだろう。だが条件がある」
「条件、ですか?」
「スライムとは、10m以上の間合いを確保して攻撃しろ」
「10mですか?」
「うむ。1階層に出てくるスライムの『防衛エリア』は5mに設定されている。10m離れていれば、先制攻撃をされることはないだろう」
「お師匠様。承知しました」
凛とした返事。
天賀茶は一礼し、前へと進み出る。
魔導士の少女が、ペンギンを『お師匠様』と呼んでいる。
何の師匠なのか――と気にならないわけではないが、というものの、今はどうでもいい。
1階層に出現するスライムには『防衛エリア』が設定されている。
5m以内に侵入しなければ、先制攻撃は行われない。
つまり、10m以上の距離を保てば、こちらが一方的に仕掛けられる。
仮に、天賀茶の攻撃が決定打にならなかったとしても――
そのときは、周囲を浮遊する12機の『ドラグーン』が即座に介入する。
そういう安全策が組まれているのだろう。
ざっ。
天賀茶が一歩、前に踏み出した。
右手には『炎の爪』と『風の爪』。
装備された魔具が、微かに赤と翠の光を帯びる。
彼女は腕を伸ばし、標的――5体のスライムを指差した。
そして、魔導を発動させる。
「私はスライム達へ――『炎弾』を5連射する」
空気が、きゅ、と引き絞られる。
まるで指揮者がタクトを振り下ろす、その直前のような一瞬。
次の刹那――
ドンッ! ドドドドンッ!
真っ直ぐに伸ばされた指先から、炎の弾丸が次々と放たれた。
槍のように一直線。
火線が空間を切り裂き、標的へと突き進む。
『紫色』のスライムは、物理攻撃には強いが、特殊攻撃には脆い。
炎弾が命中した瞬間――
ボンッ!
バァンッ!
爆炎が弾け、爆発音がフロアに反響する。
4体の『紫色』スライムは、形を保つことすらできず、原型を失って四散した。
初級魔道である『炎弾』。
というものの、その発射速度はかなり速く、威力も十分。
初心者向けとはいえ、侮れない魔導である。
――問題は、最後の1体。
『鉄色』のスライム。
物理・特殊、双方に耐性を持つ厄介な個体だ。
炎弾は直撃し、爆炎が巻き起こる。
しかし、『紫色』のように吹き飛ぶことはない。
ぐにゃり、と形を歪めながらも、『鉄色』は耐え切っていた。
とはいうものの、ダメージが通っていないわけではない。
表面の光沢が鈍り、動きもわずかに鈍化している。
――想定内、だったのだろう。
反撃の兆しを見せるよりも早く、天賀茶は次の魔導を叩き込む。
「私は――『炎弾』を3連射する」
再び、指先が煌めく。
ドンッ!
ドドンッ!
連続して撃ち込まれた炎弾が、『鉄色』を包み込む。
爆炎が膨れ上がり、轟音が空気を震わせた。
飛散こそしないものの、スライムの形状は大きく崩れ落ちる。
ぐずり、と沈み込み――やがて、完全に動きを止めた。
衝撃により、生命活動は停止。
1階層の戦闘は、静寂を取り戻していた。




