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ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』  作者: ヨシムラ


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207/212

性格のいい者とは

空へと昇り切った太陽が、やけに近い位置に居座っている。

まるで大地を逃がすまいと睨みつけているかのようだ。


岩場が果てしなく広がる荒野は、その直射を受けて灼かれ、ところどころからゴウッと音を立てて炎柱が噴き上がっている。

焦げた岩と乾いた砂が焼ける匂いが、鼻腔の奥にまでまとわりつき、息を吸うたびに喉がひりつく。

空気は薄く、湿度は限りなく0に近い。肌に触れる風すら、熱を帯びた刃のようであった。


ここは、太陽の世界と呼ばれる場所。

12ヶ月のうち、実に11ヶ月もの間、太陽が沈むことなく空に在り続け、たった1ヶ月だけ夜が訪れるという異常な星だ。

その結果、この世界は1年の9割以上が気温100度超――生き物にとっては、まさしく死の大地となっている。


そんな灼熱の地を、**カツ、カツ、カツ……**と一定のリズムを刻む音が進んでいく。

馬型の器械人形が、常歩で岩場を踏みしめる蹄の音である。


私はペンギンと共に、その機械人形に跨り、目的地へと揺られながら進んでいた。

周囲には、暗黒物質とされる『ダークマター』で織り上げられた聖衣が障壁を展開しており、外界の地獄のような熱気とは隔絶された空間が保たれている。

というものの、視界に広がる景色は隠しようもなく、外の過酷さが否応なく伝わってきた。


私がこの地へ足を踏み入れた理由――それは、

『音速キャット』と呼ばれる、AI制御の猫型AI生命体を捕獲するためだ。


その依頼主こそが、世界参賢者の一翼にして、現存する中で最古のAI。

今まさに、私の前に跨り、共にこの灼熱の大地を進んでいる存在――ペンギンである。


事の発端は単純にして深刻だった。

『新種のウイルス』に感染してしまったAI生命体、『音速キャット』が暴走状態となり、この地に存在するという『魔導士の塔』へ逃げ込んだという報告。


放置すれば、ウイルスは世界中のAIへと拡散し、最悪の場合、文明そのものが死滅する恐れがある。

それを危惧したペンギンが、私に助力を求めてきた、というわけだ。


世界の記憶――『アーカイブ』の記述によれば、『魔導士の塔』とは本来、初心者魔導士が修業の場として使うために、万能の種族と称された古代人によって築かれた施設である。

というものの、その塔は数千年前、すでに死亡している世界参賢者の一翼にして、歴史上唯一無二の存在――

『大賢者』の称号を持つ魔導士によって、大きく運命を変えられた。


彼はその塔を、自身の最高傑作として徹底的に改造し、難攻不落の要塞へと仕上げたのであった。


灼熱の大地が地平線まで続く、その先。

揺らめく陽炎の向こうに、目的地である『魔導士の塔』の姿が浮かび上がっている。

景色はまるで魚眼レンズ越しのように歪んでいるが、それでも空へ突き刺さるように伸びる塔の輪郭は、はっきりと視界に捉えられた。


距離は1kmを切っている。

高さはおよそ100mだろうか。

巨大な円柱が、ただ真っすぐに、威圧感を放ちながらそびえ建っていた。


その麓には、古代人が築いた結界に護られ、外界と完全に切り離された都市――

『孤高の街』が広がっている。


前に跨るペンギンが、都市に関する最新情報を取得したらしい。

わずかに姿勢が変わるのが分かった。


孤高の街が存在する太陽の地は、あまりにも過酷な環境ゆえ、太陽が昇っている期間に人が往来することは皆無である。

1年周期で太陽が落ち、夜となり、地上世界との往来が可能となる1ヶ月間。

その時期が訪れるまでには、まだ2ヶ月ほど先があった。


そんな静寂の中、会話が始まる。


「三華月様。『孤高の街』についての最新情報を更新しました。街で活動しているAI生命体については、滞りなく活動をしているようです」


「つまり、都市を運営しているAI達に、『音速キャット』が感染したというウイルスの影響は出ていないということですか?」


「はい。その形跡はみられません」


「特に『孤高の街』に、何も異常は発生していないわけですね?」


「三華月様。それが、ここ数日の間の話しとなりますが、『魔導士の塔』の難易度が急激に上がっているようです」


「『魔導士の塔』の難易度が上がっているのですか。それは『音速キャット』が、何か影響しているということなのでしょうか」


「はい。その可能性は否定出来ません。まず一つ。奴は既に塔を掌握している可能性が高いということです」


「塔を掌握した『音速キャット』が、我々が来ることを想定し、塔の防御力を強化したかもしれないということですね?」


「その通りです。三華月様、安心して下さい。既に参賢者の一角にして最強の四天王であるペンギンが、塔を攻略するメンバーを選定しておきました」


カツ、カツ、カツ……。

蹄が石畳を叩く乾いた音が、先ほどまで交わされていた会話の余韻を、パツンと断ち切るように夜気へ溶けていく。


『魔導士の塔』は、古代人が張り巡らせた強力無比な結界によって護られている。

というものの、月の加護が満ちる条件下であれば、その結界を破壊すること自体は容易い。

だが――実行すればどうなるか。


塔の麓に広がる孤高の街。

その街は結界と一体化する形で存在しており、無理やり結界を壊せば、反動はそのまま街へ降り注ぐ。

建物は崩れ、人は押し潰され、多くの住民が命を落とすだろう。

信仰心が著しく下がる同族殺しなど、断じて許される行為ではない。

それだけは、どんな理由があろうと出来なかった。


ペンギンの話によれば、捕獲対象である『音速キャット』は、すでに『魔導士の塔』を掌握しているという。

最上階に潜んでいるであろうそいつへ辿り着くためには、塔の内部構造と規則を熟知した――魔導士の存在が不可欠となる。

というものの、その人選については、すでにペンギンが事前に済ませてくれていたのであった。


ペンギンを腕に抱えたまま馬型の機械から降り、孤高の街の入口となるゲートを潜る。

その瞬間、ふわりと空気が変わった。

街全体が結界に護られているらしく、外界とはまるで別世界のようだ。


体感気温は20度前後、湿度は70%ほどだろうか。

肌にまとわりつく不快感はなく、肺いっぱいに吸い込めば、新鮮で澄んだ風が胸の奥まで届く。

ゴォ……と微かに風が流れ、街が呼吸しているようにも感じられた。


街の中央にそびえ立つ魔導士の塔へ向かって、一本の道が真っ直ぐに伸びている。

その道は丁寧に舗装され、ひび割れ一つ見当たらない。

両脇に軒を連ねる商店街からは、威勢のいい呼び声や笑い声が飛び交い、活気が溢れていた。


目につくのは魔導士の多さだ。

尖った帽子、装飾の施されたローブ、手入れされた杖。

この街は、魔導士であるほど大幅なレベルアップが見込め、強力な加護すら授かる場所らしい。

魔導を極めんとする者達にとって、まさに聖地だとういう。


数万年前に古代人が建設したという建物群も、驚くほど綺麗な状態を保っている。

それは、この街の清掃や修繕を担う機械人形達が、今なお正常に稼働している証でもあった。

カチャリ、カチャリ……と、どこかで金属音が響いた気がした。


鬼可愛い聖女というのは、どうやらどこへ行っても注目の的らしい。

ゲートを抜け、街へ足を踏み入れた途端、視線が一斉にこちらへ集まるのが分かった。

露骨に近寄ってくる者もいれば、適度な距離を保ちつつ様子を窺う者もいる。


美少女に免疫がないのは仕方がない――というものの、こちらの身にもなってほしい。

周囲からガヤガヤと、遠慮のない声が飛んでくる。


「聖女が抱えているものは一体なんなんだ?」


「魔物じゃないのか?」


「つまりあの聖女は猛獣使い(ビーストテイマー)だってことかよ」


「魔物にしては可愛くないか?」


「どういうことだ。新種の動物なのかよ」


「いやいやいや。あの目付きを見てみろ。親父くさくないか」


これは一体どういうことだ。

……可愛い聖女を目当てで寄ってきた、というわけでもなかったのか。

最後の一言を聞き、思わず視線を腕の中のペンギンへ落とすと、親父くさいという指摘が否定しきれない鋭さがある。


とはいえ、今の目的はただ一つ。

魔導士の塔へ逃げ込んだ『音速キャット』を確保すること。

そのために必要となる人材が揃っている施設へ向かうとしよう。


魔導士会館は街の中心部に位置していた。

孤高の街で最も規模が大きく、外観からして圧倒される。

中へ足を踏み入れると、体育館ほどはあろうかという広大な空間が広がっていた。


老若男女問わず、多くの魔導士達でごった返している。

ギルド職員が並ぶカウンターは20近くあり、そのすべてが利用者で埋まっていた。

ザワザワ、ザワザワ……声が反響し、室内は熱気を帯びている。


天井は5m以上はありそうだ。

そこに取り付けられた巨大なプロペラファンが、ゴウン、ゴウンとゆっくり回転している。

天井際の窓から差し込む光が、空間全体を柔らかく照らしていた。

これほどの人混みにもかかわらず、室温は不思議なほど快適である。


大判の大理石が敷き詰められた床の上で、ひとりの少女がこちらを見つめていた。

視線が合うと、彼女は少し肩をすくめるようにして、ぎこちない口調で挨拶をしてくる。


「三華月様。はじめまして。私が魔導士の塔のガイド役を務めさせていただきます。名前は天賀茶と言います。よろしくお願いします」


背丈は、私より頭一つ分低いだろうか。

第一印象は、魔導士というよりも、金欠気味の町娘といったところである。


というのも、彼女の手には杖がなく、尖り帽子もローブも身につけていない。

周囲の魔導士達が揃って豪奢な装備に身を包んでいるのと比べると、明らかに一線を画していた。

天賀茶の装備品は、無地のシャツに短パンのみ。

防御値も魔力も、ほぼゼロで間違いないだろう。


……もしかして、よくあるやつかしら。

『どこかのパーティを追放されたけど、実は天才少女でした』という展開。

そんな疑念が頭をよぎった、その時だった。


私の考えを察したのか、腕に抱いていたペンギンが、ひょいと首を伸ばし、淡々と口を開く。


「三華月様。残念ながら、彼女は天才魔導士ではありません」


間髪入れず返す。


「……つまり、無双して旧パーティメンバーへザマーはされないわけですか」


「はい。天賀茶は、無双もザマーもすることはありません」


「そうですか。では、よろしければ教えてください。彼女を選んだペンギンさんの基準を」


「性格です。素直で実直な者を選びました」


「性格、ですか。どうして性格のいい者を?」


「はい。まず、我々に新たな戦闘力は必要ありません」

「というものの、三華月様に最も足りないものは何か――その基準で彼女を選んだのです」


「……」


言葉を失い、思わず沈黙してしまった。

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