永遠とは
ここは――水深100mの闇に沈む、静謐な海底都市。その底冷えする静けさを、圧し潰すほどの緊張が、どっしりと空気に張りついていた。
機械少女が用意したというイベント会場は、幅20mほどのメインストリートが真っ直ぐに中央の巨大タワービルまで伸びている。
両脇には海圧に耐えるため重厚な外殻をまとった二階建ての建物がずらり並び、どれも青い光を鈍く反射し、鉄と錆の匂いをかすかに漂わせていた。
その広い通りの中央に――黒髪の青年がぽつんと立っている。
手にしているのは、横柄な言葉を好き放題まき散らす“喋る魔剣”。
しかし、青年本人は視線を落とし、肩をかすかに震わせている。
明らかに怯えているのだろう、というものの、完全に身動きが取れない様子でもある。
――その彼を勇気づけようと、私の前へ躍り出たのは勇者と強斥候だった。
二人はまるで一点の迷いもないように、青年へビシッと指を突きつける。
「黒髪の青年よ!話は聞いたぜ。歪んでるのはお前じゃねぇ、その魔剣だ!」
「そうっす!絶対その魔剣、反逆者さんを騙してるっす!僕達の言葉を信じるっす!」
青年は迷い混じりの声で問い返した。
「勇者さん……やっぱり俺は、この魔剣に騙されているのでしょうか。歪みは俺じゃなく……魔剣の方なのでしょうか?」
「そうだ。君だって薄々気づいてるんだろ?なにより俺は勇者だ。駆け出しの君を救うと約束しようじゃねぇか」
「僕達は地上世界最強の冒険者なんっすよ。反逆者さんは僕達が絶対救うっす!」
青年の瞳が、驚きと期待で揺れる。
「勇者さん達は……地上世界最強の冒険者だったのですか?」
「超S級の魔物も余裕でぶっ倒してきたんだぜ。俺達はガチで規格外よ!」
「大船どころか、超大船っすから!安心するっす!」
しかし、青年の視線は再び魔剣へ向かう。小さく呟いた。
「でも……この魔剣、すごく強いと思うんです」
「ククク。そもそも論だが――俺達の背後に“聖女っぽい女”いるだろ?あいつに敵対した瞬間、その魔剣の人生は終わりなんだよ」
「三華月様に何度も殺されかけた僕達が保証するっす。聖女様の恐ろしさは桁違いっす。その魔剣、所詮雑魚。超雑魚っす!」
青年は思わず目を丸くする。
「えっ!聖女様に殺されかけたって……どういうことですか?」
その瞬間――
魔剣がビキィッと怒気を帯びた音を立て、怒号を叩きつけた。
「黙らんかーー!! 下等動物ども!この我を雑魚と呼ぶか!けしからん!許すと思うなよーー!!」
バチバチバチッ!!
空気が一瞬で焦げるように震え、魔剣は青年の手からスッと抜けるとフワリと浮かび上がり、宙に舞い上がった。
――そう、この魔剣は単独飛行可能なのだ。
というものの、勇者もどき達が私を“聖女っぽい”と表現したことは看過できない。
うんこの戯言として放置してよいものか――少し考えさせられる。
しかも「俺達」に私が当然のように含まれている風なのが、なんとも気に障る。
気づけば、前で散々イキっていた勇者と強斥候は、音もなく後退し、ちらりとこちらを窺っていた。
「三華月、見ろ。あれ……魔剣の様子がおかしいぞ」
「三華月様!ぼーっとしてる場合じゃないっす!魔剣の周りに……魔法陣、出てきてるっすよ!」
「あれ……召喚魔法じゃないか?」
「気を抜くと危ないっすよ!」
「ベテラン冒険者として忠告するが、一瞬の判断ミスが死につながる時もあるからな!」
ゴウン……ゴゴゴゴッ……!
魔剣は地上5mほどの位置で静止し、その周囲には無数の魔法陣が回転しながら浮かび上がっている。
青白い光がパリパリと弾け、海底都市の照明が乱反射し、視界がチラつくほどの輝きを放つ。
その数――既に100を軽く超えていた。
死霊使いは単独で軍隊を生むと言われるが、こうして見ると確かに大したもの――なのかもしれない。
黒髪の青年はというと、足元にいつの間にか浮かび上がった魔法陣にズブズブと沈み、強制ログアウトされたかのように姿が曇って消えていく。
勇者達は私に向かって――
「早く対処しろよ?」
と言わんばかりの視線を送ってくる。
――魔剣の召喚をいつまで放置しているんだ、と訴えているようだ。
はいはい。
魔剣の処理は神託にもある最優先事項。
ここで処刑して差し上げます。
私は運命の矢をリロードし、既に召喚済みの運命の弓をゆっくりと引き絞る。
白銀に輝く3m超の弓が、限界までしなり、内部にエネルギーを蓄えていく。
その光は静かに震え、空気がピリッと張り詰めた。
「スキル――《ロックオン》を発動!」
バシュッ!
私の足元から炎のように魔方陣が立ち上がり、光の紋章が一直線に、まるで魔剣に刻み付けるかのように輝いた。
推定発射速度は音速20を軽く突破しているだろう。
この矢の威力――神域に片足を踏み入れた存在が扱うと言われても、決して過言ではないはずだ。
死霊王の最高傑作――魔剣でさえ、跡形もなく粉砕されるだろう。
狙いは完全に定まった。
魔法陣の光が波打ち、海底の暗闇すら震えているかのようだ。
――狙い撃たせてもらいます。
指先に力をこめると、低く、鋭い破裂音が世界を裂いた。
発射された“運命の矢”が海底都市を覆う結界へまっすぐ突き進む。
次の刹那、バキィン!
甲高いひび割れる音が響き渡り、結界は矢の通り道だけを残して見事に貫通された。
矢は減速することなく、向こう側の深海の闇を貫き通す。
――遅れて、大気が摩擦熱で膨らみ、ゴォ…ッと小さな空気の渦が巻き始めた。海底なのに、雷鳴の前触れのような振動が肌を刺してくる。
矢の軌道上にあった魔剣は、抵抗の暇も与えられず、**パリンッ!**と粉々に砕け散った。
だがしかし――砕けたはずの魔剣が形作っていた魔法陣は、消えるどころか輪郭を整えつつある。
――ということは、“まだ魔剣が生きている”証拠に他ならない。
粉々になった金属の残響に紛れ、くぐもった笑い声が耳に届いた。
「クククク。我は不死身の魔剣。破壊されても、不死鳥のごとく蘇るのだ」
空中に浮かぶ魔法陣の一つから、砕け散った魔剣の輪郭が徐々にせり上がるように復活していく。
あの魔法陣には、自身を復活させる効果も備わっているのか。あれほどの破壊を受けてなお再生するとは、実にしぶとい。
さらに他の魔法陣からも、次々と影が降りてきた。
全身に重厚な装備をまとった屈強な騎士たち――死の気配をまとう沈黙の兵士たちだ。
ドスン…ドスン…
重い着地音が地面に響く。
あの騎士たちは……世界の記憶『アーカイブ』によれば、おそらく『円卓の騎士』と呼ばれる者たちなのだろう。
数は100を優に超える。
背丈もさまざまだが、高い者は軽く2m以上ある。
各個体は自分の体格に合わせた大盾を構え、背丈の倍はあろうかという長槍を片手で携えている。
筆頭のランスロット卿をはじめ、主力の15名はS級相当。
その他もA級を軽く超える戦力だ。とはいうものの、英勇級やドラゴン級の超級の気配はないらしい。
以前、魔剣自身が名乗ったように、彼らの正体は“死霊使い(ネクロマンサー)”。
つまり全員が死霊であることは間違いない。
一般的に死霊は痛覚を持たず、扱いにくい存在とされている。
その法則からすれば、S級死霊は一般冒険者の視点ではドラゴン級に匹敵する脅威であろう。
だがしかし――私との相性は悪くない。
聖属性は死霊と相剋にあり、互いが弱点を突く関係にある。
私は“聖属性”であり、さらに“闇耐久”も備えている。
つまり死霊は、私にとっては扱いやすい相手でしかないのだ。
加えてここは迷宮ではなく地上。神の加護が強く届く場所である。
S級程度の死霊なら、数がいくら多くても雑魚に等しいだろう。
敗北要素は微塵もない。
勇者たちの言うとおり、魔剣は“超雑魚レベルの死霊使い”であるに過ぎない。
空中に浮かぶ魔剣は誇らしげに、そして下品に笑いながら、召喚した個体の情報を撒き散らす。
「クククク。我が召喚した屈強な騎士たちの正体を知りたいか。知りたければ、ひざまずき願いをこうがいい」
「彼らは円卓の騎士ではありませんか」
「………」
下品に笑っていた魔剣が、ぴたりと黙った。
クイズ形式で問うたのに、正解しても反応しないのか。というものの、この沈黙は分かりやすい。
一瞬の静寂のあと、私の言葉に先に反応したのは勇者たちだった。
「円卓の騎士だと。三華月。それは本当なのか?」
「知っているっす! 歴史上、最強の騎士軍団とされている奴等じゃないっすか!」
彼らの声は上ずり、恐怖が滲む。
死霊騎士団から漂う圧力に、肌が自然と危険信号を発しているらしい。
勇者たちは念のため、力関係を確かめてきた。
「三華月。死霊騎士たちの中に、結構な数のS級がいるんじゃないのか?」
「三華月様。僕たちが言うことじゃないかもですけど……あれだけの数を殲滅するって可能なんすか?」
「はい。問題ありません」
「そうか……本当なんだな。俺はお前を信じていいんだな!」
「僕たちを巻き込んだ責任、忘れないでくださいよ!」
いやいやいや。勝手に付いてきたのはあなたたちの方だったはずだ。
巻き込んでなどいないのだが……。
そのとき。
勇者たちとのやり取りを聞いていた魔剣が、勝ち誇ったように高らかに笑い声を響かせた。
「ハハハハ! 我が軍団を殲滅するのか? それで終わりだと思ったら大間違いだ。
我が軍団は無限! 滅ぼされても再び復活するのだ。
そして我も無限!
聖女、お前は無限と戦い続けねばならぬ。どういうことか分かるか?
お前がいかに強くとも、最後には我が勝つということだ!」
やれやれだ。
魔剣も死霊たちも、破壊してもすぐに復活するのか。
確かに、少しばかりは厄介……だったのかもしれない。
――私はすでに“解決の糸口”に気づいていた。




