黒髪の青年
反逆者と名乗る青年は、どうやら“魔剣によって召喚された側”らしく、主従関係は最初から完全に逆転している状態だった。
学校のカーストに例えるなら、一軍が魔剣で、三軍が青年。そんな歪んだ構図といった感じか。
青年は肩をすくめたまま固まり、逃げ場のない圧に耐えつつ、震える唇を必死に動かしていた。
「魔剣様……聞きたいことがあります」
「我に質問だと? ふん、構わん。だが──考えてからものを喋れよ!」
「……っ」
ビリビリッ、と空気が震えていく。
金属を無理やり引き裂くような、喉奥に刃を突き立てられる感覚を伴う声である。質問を許可した直後に、言葉を発する権利そのものを圧で封じにいくあたり、性根の腐り具合がよく分かる。
しかも自分に“様”を付けさせているところが最悪だった。
部下を奴隷のように扱う中間管理職の悪癖だけを濃縮し、煮詰めて刃物にしたような存在――それがこの魔剣なのだろう。
それでも青年は一度うつむき、深く息を吐いている。肺の奥に溜まった恐怖を押し出すように、ゆっくりと、しかし確実に。
そして意を決したかのように、再び顔を上げてきた。
「あの聖女さんは……俺のことを“世界の歪み”だって言ってました。その言葉……本当なんじゃないんですか?」
声はかすかに震えていた。
図星を突かれたとき、人は怒鳴るものだというが、それは魔剣も例外ではなかったらしい。
「どういうことだ! 我の言葉が信じられないと言うのか!」
ゴウッ、と魔力の火花が散ると、大通りの空気が一気に重くなり、視界が歪むほどの威圧が地面へと押しつけられていく。
「いえ、違います。ただ……何か違うというか。聖女さんの話を聞いて、俺も“そうなのかな”って……」
「俺もそう思っただと?」
「はい……俺、間違えているのでしょうか」
「ふん。お前、自分の過去を振り返ってみろ!」
「えっ……過去、ですか? 何の──」
「これまで正しかったのはどちらだ? 圧倒的に我だろうが!」
「過去がそうだったから、今回も俺が間違いだって……そう言いたいんですか?」
「我は“その確率が高い”と言っている! 違うか! 我の言葉は違うのか!」
徐々に青年の表情が険しくなっていく。
押し込めていたストレスが、ひび割れから滲み出しているのか、それとも怒りが内側で熱を帯びつつあるのか。瞳の奥に、僅かな反発の色が宿り始めていた。
「あの……魔剣様こそ、俺のこと誤魔化してませんか」
その一言が放たれた瞬間、ピキッ、と目に見えない亀裂が空気に走っている。
張り詰めた緊張が周囲を包み込み、場の温度が一段下がったような錯覚すら覚える。青年の声はかすかに震えていたが、逃げ腰だったそれとは明確に異なり、芯を宿した問いとして空間に残り続けていた。
彼が本当に反逆すべき相手は、バベルの塔そのものなのか。
それとも――目の前で尊大に鎮座する、パワハラ気質全開の魔剣なのか。
そんな疑念が、自然な流れで胸の内に芽生えつつある。
そして、その瞬間だった。
魔剣の堪忍袋が、ついに限界を迎える。
「おいッ! いい加減にしろよ! お前は我に忠誠を誓ったんだぞ! 忠誠だ、忠誠! お前は我に質問できる立場ではないッ!」
怒声が炸裂し、空気がビリビリと震え始めている。
魔剣は憤怒を隠そうともせず、己が正義であるかのように言葉を叩きつけていた。
「……」
「お前が歪みなのか、世界が歪んでいるのか──それを決めるのは人間ではないッ!
上位存在たる我だ!」
「……」
「どうせお前のような無能に分かるはずもない!」
ドゴゴゴ……ッ!
噴き上がる魔力が爆発的に拡散し、地面がわずかに、しかし確実に揺れている。振動は靴底から脛へ、膝へ、そして脊髄を伝って頭蓋の奥まで侵入してきた。
青年はその圧を正面から受け止めつつ、視線を地面へと落としている。
肩は小刻みに震え続け、歯を噛みしめる音だけがやけに耳につく。それは恐怖だけではない。反抗できない自分自身への苛立ちが、内側で黒い渦となり、膨れ上がりつつあるように見えた。
ここまでくると細かい事情は分からない。
だが、反逆者と呼ばれているこの青年は、加害者というよりも完全に被害者側ではないか――そんな考えが、どうしても拭えない。
塔の管理者から討伐依頼を受けている立場だが、本当に救われるべき存在は、むしろ彼の方なのか。
少なくとも、この魔剣が世界に不要であることだけは間違いない。
――そのときだった。
前触れもなく、ドンッ、と頭の内側を直接殴られたような衝撃が走る。
神託である。
空間そのものに神の文字が刻み込まれていくかのように、鮮明で、拒否の余地すら与えない響きが、脳裏へと降り注いでいた。
――死霊王が製作したパワハラ気質の駄目な魔剣を破壊せよ。
YES MAIN GOD。
この世界にも、地上世界と同質の“神”の気配は確かに存在している。月の出ていない時間帯とはいえ、微弱ながらも加護は降り注いでいるまま。その状況下で、私が敗北する要素など、微塵も存在していなかった。
私は静かに息を吸い込み、運命の弓を召喚している。
キィン――ッ。
白銀の輝きが空気を震わせつつ輪郭を持ち、弓はゆっくりと、しかし確実に顕現していく。その光景に反応するように、魔剣がギラリと光を返し、上から目線丸出しの声音で圧をかけてきた。
「おい。女! もしや人間ごときが、我を破壊するつもりではあるまいな!?」
「はい。神託に従い……性格がどうしようもなく駄目なあなたを破壊させてもらいます。覚悟してください」
「おい。我を誰だと思っている。我は最強の召喚使いなのだぞ」
「はい。先ほど召喚する姿、しっかり見せてもらいました。そんなに自慢げにしなくてもいいかと思いますが……一応言っておきましょうか。召喚使いとは凄いのですね」
「そうだ。我こそが最強だ」
相変わらず態度が天井を突き抜けている。
黒髪の青年――どうやら魔剣の持ち主らしい男は、歯をぎりっと噛みしめ、悔しそうに眉を寄せていた。自信が持てない性格なのか。それとも長期間、魔剣に押し潰され続けてきた結果なのか。扱いをどうするべきか、少し悩ましいところである。
「反逆者さん。あなたの職種は魔剣士になるわけですか」
「え、俺ですか」
「はい。あなたです」
「俺は魔剣士ではありませんよ。元々、剣技なんて使えませんし」
「どういうことでしょうか。剣が使えないと?」
「俺、まだまだ駆け出しの冒険者なんです」
「駆け出しの冒険者が、世界に反逆するつもりだったわけですか?」
「はい。駆け出しでも問題ないって聞かされました」
「まあ確かに、駆け出しだから反逆しちゃ駄目……というわけではありませんが……」
「バベルの塔には魔物は出てこないので、冒険者じゃなくてもいいと……声をかけてもらって、俺、頑張ってみようかなって思ったんです……」
「馬鹿者が! その者は敵だ! それ以上喋るんじゃない。我の許可なく、勝手なことをするな!」
ビシィッ!
魔剣が再び持ち主を怒鳴りつける。黒髪の青年はびくっと肩を揺らし、私に向ける言葉だけ妙に丁寧になっていた。なぜ丁寧語なのか――気にはなるが、今は重要ではない。
魔剣が召喚術を使うことは分かった。
だが、剣としての能力はどうなのか。活かされていないのか、それとも皆無なのか。というものの、その辺りが妙に引っかかる。
話を聞けば聞くほど、黒髪の青年は所有者ではなく、“使われている側”である可能性が高まっていく。魔剣は使い手を転々とし、そこらの旅人だった彼を最近スカウトした――そんな流れなのだろうか。
あれこれと思考が巡っていた、その時だった。
物陰に潜んでいた勇者と強斥候が、ズルッ……スッと姿を現している。
自信に満ちた笑顔――いや、やや空回り気味の気迫と言うべきか。そのまま魔剣を握る青年を指さした。
「俺は異世界からやってきた勇者だ」
「僕は付き添いでやってきた強斥候です」
「話は聞いたぞ。お前、まだ駆け出しの冒険者だって本当なのか?」
「僕らは死線を何度もくぐり抜けてきたバリバリの冒険者ッス」
「初めまして。俺が世界の反逆者です。すいません、一つ質問していいですか?」
「俺達に聞きたいことがあるのか?」
「何すか。武勇伝ならそんなにないッスけど」
「聞きたいのは武勇伝じゃなくて……その、バリバリってどういう意味なんですか? 異世界の言葉なんですか?」
「えっ……何だよ、お前、そこに引っかかるのかよ」
勇者達は一瞬、固まっていた。
勢い任せに喋っていた分、思わぬ方向から切り返され、言葉が完全に詰まっている。そもそも“武勇伝が少ない”どころか、“全く無い”のではないか――そんな疑念が頭をよぎる。
とはいうものの、お前達は魔剣にそそのかされ、私を討伐するためだけに来た存在だ。
黒髪青年にマウントを取れる立場ではないだろう。
勇者達がズッ、ズッと一歩、また一歩と踏み込んでくる。
その表情は妙にイキっており、勝てると判断したのか、それとも引くに引けなくなったのか。戦うつもりなのかしら――そんな空気が、確実に濃くなりつつあった。
「三華月。何か規格外の出来事が起きたらよろしく頼むぜ」
「遠慮しないで、その運命の弓で僕達を援護してください!」
――そして、いよいよ魔剣との討伐戦が、静かに幕を開けつつあるのだった。




