197 ラブ&ピースの関係とは
ここは水深100mに存在する海底都市。
見上げると高さ20mの位置に透明の結界が張られており、その奥には宝石のようなマリンブルーの世界が広がっていた。
海底都市内は地上と同じ環境が保たれており、息苦しさや、過度な重力のようなものは感じられない。
現れた都市全体が映し出されている立体フォログラム映像を見ると、その大きさは10km四方あり、その中央には魔王軍公爵がいると言うタワービルが建っている。
目の前には綺麗に整備された道路を挟み、ダウンタウンのように隙間なく建物が軒を連ねていた。
機械少女と別れた後、勇者と強斥候を仲間に加え、緊急クエストに参加していた。
目的は海底都市へ平和をもたらさなければならないことだ。
クエストの成功条件は二つある。
その一つは魔王軍公爵が倒されないこと。
そしてもう一つとは、恐怖指数が100になる前に、塔の反逆者と名乗る者の呼びかけに応じて本都市へ侵入した全てのA級冒険者達を排除することとなる。
そして現在。
私の前で、都市の住人であるF級相当の魔物を見つけ、悪党が上げるような卑猥な雄叫びをあげ飛び掛かっていく勇者と強斥候の背中が見えていた。
弱い者にはとことこん強いと宣言していたとおり、自信満々な様子だ。
海底都市の現恐怖指数は45。
奴等に都市の住民である魔物達を狩られてしまうと、その数値が上がってしまう。
私の立場からすると、このまま勇者達の行為を見過ごすわけにはいかないだろう。
とりあえず、背後から『ブラインドアロー』を撃ち込み、二人には盲目状態とさせ無力化になってもらおう。
運命の弓を召喚しようとした時である。
何かを察知したのだろうか、勇者達は慌てた様子で魔物への突撃を中断した。
そして、こちらへ振り向いてくると、勇者は盾を全面に押し出し、その背後へ強斥候が身を隠した。
私に対して防御態勢をとってきたのだ。
「三華月。お前、いま何か物騒なことをしようとしていなかったか」
「僕のヤバい物を感じとるセンサーが三華月様から反応しました。誤魔化しても無駄っすよ」
「そうだ。俺も背後から不穏な気配をはっきり感じとったぞ」
「僕をサクッと殺しポイ捨てするつもりだったんすか。僕は粗大ゴミじゃないっすよ」
「忘れてんじゃねーぞ。俺は世界を救う勇者なんだぞ。俺を殺したら駄目だろ」
「そもそも論で言えば、一般市民である僕を護るっていうのが、聖女の使命なんじゃないっすか」
「そうだ。聖女だったら、勇者を支えるっていうのが普通だろ。たまには普通の事をしてみろよな」
「聖女は僕のような何でもない一般人に惚れるっているのが定型のルートなんですよ。でも僕は巨乳好きなんで、惚れられても困るんすけど」
強気な言葉とは裏腹に、その声は恐怖に震えている。
私の影響なのか、危機察知能力値だけが突き抜けて成長しているのかしら。
冒険者としては優れているのだろうが、勇者としては残念な奴だと思える。
勇者を支える男尊女卑の話であるとか、セクハラの話を悪気なくするのはOUTだろ。
なぜ私に殺されるものと勘違いをしているのか謎であるが、せっかくなので、ここはあなた達に話を合わせて差し上げましょう。
「私から発せられた殺気に気が付くとは、さすがであると誉めてあげましょう。とは言うものの、あなた達が犬の餌になる未来は変わることはありません。地面に勇者達の汚いはらわたをばら撒いて差し上げます。覚悟してください」
「犬の餌だと。勇者である俺を犬の餌にするというのか」
「三華月様は本当に聖女なんですか。慈悲の心ってものは無いんですか」
「はい。腐れ外道にかけるような慈悲はありません」
「ちょっと待て。俺の話しを聞いてくれ。もしかしたら俺は、邪神のような聖女に腐れ勇者と蔑まれ殺されかけたけど、実は最強でした、という定番の勇者かもしれないぞ。三華月。ここは全ての可能性を考えて行動するべきところなんじゃないのか!」
「三華月様、誤解なんです。僕が爆乳好きだとは認めます。でもそれは、ツルペタの女子を否定しているわけではないんです!」
勇者達がゆっくりと後退し、距離をとり始めている。
顔色については、どんどん悪くなっていた。
そんな訳の分からない話をして私を本気で説得しようと思っているのかしら。
だがまぁ、その場の空気感というか勢いで答えただけであり、海底都市の住人を狩ろうとするあなた達を止めたかっただけなのだ。
お遊びはこれくらいにしてあげましょう。
「そうですね。腐れ外道とは言い過ぎました。それはそうとお二人にお願いがあります」
「おい。ちょっと待て。言い過ぎたがという言葉が軽くないか。本気で悪いと思っているように聞こえないぞ」
「そうっす。誠意ってもんが感じられないっす」
「もう一度だけ言いますが、二人にお願いがあります」
「なんだよ。やっぱり謝るつもりはないのかよ」
「念のために伺いますが、そのお願いに対して僕達に拒否権は有るんすか」
「あなた達に拒否権はありません。話を続けてもよろしいですか?」
「そうか。俺達に拒否権はないのか。ああ。いいだろう。何を言っても無駄そうだしな。話を続けてくれ」
「分かっていたこととはいえ拒否権はないんすよね。嫌々ですけど、そのお願いとやらを伺います」
「お二人には、海底都市の住民を攻撃しないようにお願いします」
「海底都市の住民だと。それはさっき現れた魔物達のことを言っているのか」
「その魔物達を攻撃するなと言うんすか」
「目的である『恐怖指数』を下げるためには、冒険者達から海底都市の住人である魔物達を護らなければなりません」
「なるほど。俺達の所属は、魔王軍公爵側ってことだということなのか」
「だけど、三華月様のいう事も一理あるっすよ」
「そうだな。この海底都市の魔物達は、俺達人類とは別の世界で静かに暮らしているみたいだしな」
「つまり、海底都市に暮らしている魔物側からすると、侵入してきた冒険者の方が侵略者に該当するというわけか」
「そうっすね。何にしても、三華月様に敵対する選択肢は無いっすよ」
「ああ。そうだな。勇者と聖女はラブ&ピースの関係だし、敵対するわけにはいかねーな。とは言うものの先に謝っておくぜ。三華月、スマン。俺を許してくれ。前にも言っておいたが、お前とラブな関係はお断りだ。女は外見よりも性格が大事だと思っているんだ。俺のことは忘れてくれないか」
「三華月様は巨乳でないことを除外すると外見が100点なんすけど、性格は-100点なん
ですよ」
「まぉ恋案関係は無しであるが、今後とも仲良く頼むぜ」
「三華月様がいたらこの世界の冒険者達なんてくそチョロいっす。やっちゃいましょう」
先程まで顔色を悪くしていた勇者達が、みるみるうちに元気になっていく。
私が勇者にふられた流れになっているのは、どうしてなのかしら。
その他、いろいろとディスられているようだが、所詮はうんこ達の戯言だ。気にする必要もないだろう。
そして、他力本願なところも変わっていないみたいだな。
私をあてにしているようだが、同族殺しを禁止されていることを忘れているのだろうか。
私怨等の理由もなく私が人に危害を加えるような行為をすることは出来ない。
反逆者が招き入れた『A級』相当の冒険者達への対応は、聖女とラブ&ピースの関係である『B級』相当の勇者達に任せることにしよう。
その時である。
この都市を表す立体フォログラム映像に、私達がいる場所を示している『現在位置』の近くに白い光が点灯した。
先程、魔物を視認した際には光は点灯しなかったことを考慮すると、反逆者もしくは奴が招き入れたA級冒険者達になるのかしら。
少しずつ近づいてくる。
勇者達も気が付いたようだ。
案の定といった感じで、向こうの建物の影から冒険者らしき者達が姿を現した。