196 恐怖指数
見渡す限り海が広がり、木製で組み上げられた橋の先端が海中内へと続いていた。
周囲には島や船のようなものはなく、青い水平線が広がっている。
橋の幅は約10m。
潮風が吹き、真っ青な空に飛ぶ海鳥の声と、波の音が聞こえてくる。
緊急クエストに参加するため海底都市へ向かい歩いており、背後からはパーティに加わった勇者と強斥候が付いてきていた。
二人は橋から下を覗きこんでいるのだろう。
海底都市を見ながら交わしている会話が聞こえてくる。
「おいおいおい。俺達は、あの海底都市へ行かなければならないのかよ。もしかしてだけど今の状況って、結構やばいんじゃないのか?」
「ヤバいっすよ。かなりヤバいっす。三華月様の近くにいること、その存在じたいが危険ってことでしょう」
「だよなー。聖女だったら、俺達一般人を危険な行為に巻き込まないでしてほしいものだぜ」
「そうっすね。聖女だったら、僕達を危険地帯へ連れていくのではなく、なんでもいいから救ってほしいものっす」
「俺達。マジで不幸すぎないか」
「三華月様って、災害をまき散らす危ない存在っすから」
「俺達にとってマジで役病神だな」
「あー。疫病神って、言っちゃましたか。ついにそれを言葉に出しちゃいましたか」
ため息まじりの声ではるが、どこか楽しそうにも聞こえてくる。
深刻そうな言葉とは裏腹に、遠足にでも行くような緩い空気感が漂っていた。
そもそもだが、二人がパーティに加わってきた経緯は、195話にて勇者達側から手伝いたいと申し入れをしてきたはず。
そのあと精霊使いの討伐に成功した報酬として、奴等が加わってきたのだ。
何故、純粋に信仰心を稼ごうとしている可愛い聖女である私が、きゃつ等ごとき存在にディスられなければいけないのかしら。
だが、所詮は人の姿をしたうんこが言葉を喋っているだけのこと。気にする必要はないだろう。
私には同族を見殺しに出来ないという制約があるものの、二人に関していうと生命力だけはずば抜けて高い奴等だ。
パーティメンバーではあるが、放置していても問題ないか。
機械少女が私に付いてこなかった理由は、きっと奴等と関わり合いになりたくないと考えたからなのだろう。
橋の勾配が少しずつ下がり、トンネル状の透明な壁に護られている中を進んでいた。
水深100mくらいまで降りた辺りだろうか。
見上げると、遠くに光が反射している海面が見えていた。
水圧が強くなっている感覚はなく、地上と同じ環境が保たれ、海底であるにも関わらず、空気が確保されている。
周囲には魚群が泳いでおり、危険な生物の姿は見当たらない。
海底まで辿りついた頃。
目の前には海上から見えていた都市が広がっていた。
20m程度の高さがある天井に、光を通す透明の結界が張られているようだ。
生活感のない綺麗な建物が整然と並んでいるものの、人の気配が一切ない。
数万人もの者が退去したばかりの状態のような空気感が漂っていた。
まるで、誰かが趣味で制作したジオラマなのではないかと思えるような雰囲気がする都市である。
背後からは、おそるおそる勇者と強斥候が付いてきていた。
足を止めた時。ようやくといった感じで緊急クエストの詳細についてのメッセージ画面が浮かび上がってきた。
【三華月様。海底都市に平和をもたらして下さい】
何とも漠然とした依頼内容だ。
同じ画面を見ていた勇者と強斥候が何やら感心した声を発しているが、何をもって平和とするかが不明確であり不安ではないのかしら。
メッセージ画面に続き、何やら立体映像が浮かび上がってくる。
————————私達が現在いる海底都市のフォログラムのようだ。
端に表示されている縮尺に当て嵌めると、10km四方の大きさはあるだろうか。
都市の中央にある背の高いタワービルには『魔王軍侯爵城』と表示されており、私達がいると思われる都市の端には『現在位置』というマークが書かれていた。
一般的に考えて『魔王軍侯爵城』を攻略すれば、mission_completeとなるのだろうか。
そして、『恐慌指数』という画面と、その値を現す数値が浮かび上がってきた。
————————恐怖指数45
クエストの目的となる海底都市の平和をもたらすとは、素直に考えると恐怖指数を下げる必要があるのではないかと推測できる。
とはいうものの、現時点では何もかもがはっきりしていない。
このまま手探りの状態で進んで行くしかないのかしら。
その時である。抱えた疑問に答えるように、遠隔地から支援をすると言っていた機械少女からの声が聞こえてきた。
≪三華月様。クエストのルールについて説明させてもらいます。魔剣をもっている『塔の反逆者』が海底都市へ侵入して、本クエストが強制的に開始されました。三華月様の他にもバベルの塔に存在するA級冒険者達が多く参加しており、海底都市に暮らす住人に不安が広がっております。S級冒険者達は、先に参加した『又兵衛の討伐クエスト』のクールタイム中で、本クエストには参加出来ません。とにかくです。三華月様は『恐怖指数』を下げることに専念してください≫
≪つまり、そのA級冒険者達から住民を護ればいいということですか≫
≪はい。冒険者達は『塔の反逆者』から出されているクエスト依頼を受け、『魔王軍公爵』を討伐しようとしております≫
≪『魔王軍公爵』が討ち取られてしまうと、私はGame_Overとなるわけでしょうか≫
≪そうです。三華月様が敗北する条件は、『魔王軍公爵』が討伐された場合と、そして『恐怖指数』が100になった時です≫
≪恐怖指数が上がり続けると危険だということですか≫
≪はい。恐怖指数が100にならないよう、A級冒険者達から住民を守って下さい。最後にもう一つ、お伝えしなければならないことがあります。冒険者達にダメージを与えると、そのまま冒険者達の死に直結することもあります。気を付けてください≫
≪つまり、都市の住民を守るためにA級冒険者を殺してしまうと、信仰心が下がる可能性があるということですか≫
≪その通りです。三華月様は魔王軍側の勢力に配置されております≫
≪世界を護る鬼可愛い聖女が魔王軍側の者だというのは違和感がありませんか≫
≪いえ。全く。絶対に大丈夫です。それに魔王を倒した聖女が残党兵に懇願され一時的に魔王代行をつとめますみたいな量産型の話はよくありではないですか。三華月様が魔王軍に加わったとしても微塵も違和感はありません。安心して下さい≫
量産型の話に私を落とし込まないでもらえないだろうか。
機械少女に陥れられている感があるが、信仰心に影響があるわけでもないし、いいだろう。
S級相当の冒険者達から海底都市住民を護ればいいというのは理解した。
ダメージを与えることなく無力化するくらいなら、『塔の反逆者』を見つけてサクッと討伐する方が簡単そうだ。
その時である。視線の先、建物の影から数体の魔物が姿を現した。
彼等が海底都市の住民なのかしら。
こちらの様子を伺っている。
初見であるが、F級相当の村人レベルのようだ。
その様子を見ていた勇者と強斥候が、自信満々な様子で前へ出てきた。
「確か、緊急クエストの内容は海底都市を平和にすることだったな」
「そうっす。恐怖指数を下げたらいいってことっす」
「よーし、よーし。クソ雑魚の魔物を排除してやるぜ」
「三華月様。ここは僕達に任してください」
「マジで弱そうな魔物だな。俄然やる気になってきたぜ!」
「僕が使える男だってところを見せてやるっす!」
「俺達二人は、弱い相手にとことん強くなる習性を持っているんだぜ」
勇者が拳を合わせボキボキと音を鳴らし、強斥候は抜いた短剣へ舌なめずりをしている。
弱い者に強って、それはもう勇者と呼ぶことが出来ないだろう。
自身が使えない者であることを宣伝していることに気がついていないのか。
魔物が逃げ始めていく姿を見た勇者と強斥候が躍動しながら叫んだ。
「HIYAHHA!」
勇者が逃げる格下の魔物達を楽しそうに狩ろうとする姿がそこにあった。
誤って196話を投稿したつもりが195話を重ねてしまいました。
申し訳ありませんでした