193 反逆者について
天井高と廊下幅が共に10m程度のサイズが確保されている、大判の石版が敷き詰められた回廊が延々と続いていた。
気温は20度くらいだろうか。気持ちいい風が吹き、過ごしやすい環境が保たれている。
片方の壁に等間隔で配置されている開口部から、明るい太陽光が燦々と差し込んできていた。
ここはバベルの塔。
延々と続く回廊を昇っていく先は、天上界へ通じていると言われている世界である。
私と機械少女は魔槍をイベント会場に放置し、回廊内へ戻ってきていた。
まわりには、上を目指し歩いていく家族が楽しそうな様子で横を歩いていく。
隣にいた少女へ視線を落とすと、ペコリと頭を下げてきた。
「三華月様。現在実行中であるミミックを無力化させる書き換えプログラムについて、状況を報告させて頂きます。」
私がこの世界に来た目的は、純白の翼竜が異世界送りにしてしまったミミックを無効化させること。
現在、機械少女の分身体がその作業をしてくれているはずである。
その作業には24時間ほど必要で、まだ1時間も経過していない。
少女が様子を伺うような表情をしながら、言葉を続けてきた。
「三華月様。作業は、スキーム通り順調に消化していっております。」
「そうですか。それでは約23時間後には、私達は地上世界に戻っているということですか。」
「はい。ですがご存知のとおり、私は死霊王から受けているクエストを行わなければなりません。」
「そのクエストとは、死霊王が造った魔剣を破壊することだったかしら。さっさとその魔剣を破壊して、地上世界へ一緒に帰ることに致しましょう。」
「マジですか。三華月様。魔剣狩りを、手伝ってくれるのですか!」
「はい。協力させてもらいます。」
「有難うございます!」
その時である。目の前に想定外の出来事が起きていた。
――――――――――2人の機械少女が、いて当たり前であるかのごとく、そこに存在していたのだ。
全く同じ姿の個体が、寸分たがわぬ動きで深く頭を下げている。
これはもしや、その者の姿、能力を模写すると言われているドッペルゲンガーなのか!
いや。この世界には魔物は存在しないはず。
一体、何が起きているというのかしら。
動揺している私に気が付いたのだろうか。
早速といった感じで隣に現れたドッペルゲンガーの存在について説明を始めてきた。
「三華月様。紹介させて頂きます。隣にいるドッペルゲンガーとも思える機体ですが、この者は『バベルの塔の管理人』なのです。」
バベルの塔の管理者ということは、私へ『又兵衛の討伐クエスト』の参加を働きかけてきていた者だということか。
はた迷惑なクドクドと分からない話をしてきていたとも記憶している。
何故、その者が機械少女と同じ姿をしているのかしら。
戸惑っている私に対し、抑揚のない声で説明を続けてきた。
「三華月様。説明させて頂きます。隣にいる機体と私とは、元々は同一個体だったのです。」
「同一個体ということは、細胞分裂のようなものを行い、あなたは増殖し続けている生命体であるとてもいうのでしょうか?」
「いえ。増殖しているのではなく、遠い昔に古代人の手によって私は『分割』させられてしまったのです。」
「増えたというよりも、切り離されたわけですね。」
「はい。隣にいる機体と私とは、一般的に姉妹機と言われており、私達は同じ塩基配列パターンの遺伝子となっております。」
「ということは、属性や性格なんかも一緒だったりするのでしょうか。」
「いえ。性格と属性は違っております。それぞれに個性がありまして。」
「機械少女が悪党属性ということは、もしかして姉妹機となる隣の機体は英雄属性なのですか?」
「いえ。こちらの機体はストーカー属性となります。」
ストーカー属性だと。意味不明な回答が返ってきたぞ。
その属性について質問をしてしまうと、きっとややこしい展開へなってしまう。
ストーカー属性の疑問については放置という一択で良さそうだな。
何にしても、姉妹機の方もろくでもない迷惑系だということなのだろ。
機械少女からの言葉に対し、どう反応していいのか困っていると、少女が突如とんでもない言葉を口にしてきた。
「三華月様。これから姉妹機と『融合』致します。でも、心配しないで下さい。一瞬で作業は終わらせます。」
融合だと!
それは、古代人から与えられた役目が終わり、元の姿に戻るということなのかしら。
心配するなと言われても、機械少女がまともなことをすることなど想像がつかない。
気が付くと、2機の機械少女が1個体になっていた。
私が何かをする間もなく、既に融合作業が完了したようだ。
見る限り、その姿は何ら変わっていない。
2重人格であるとか、一人二役みたいな感じで会話をしてくるのだろうか。
私がかかえた疑問に答えるように、融合状態についての説明を始めてきた。
「三華月様。ご安心ください。融合したからといって、二重人格になったわけでも無いですし、一人二役みたに喋ることもありません。」
「つまり、性格も属性も機械少女のままということですか。」
「はい。分割されている全ての機体の中で、私は序列1位の上位存在なのです。他に存在する全ての機体よりも、私が優先されるということです。」
「他の全ての機体ということは、分割された機体が他にも存在するということですか。」
「そうです。火とか水とか土などの属性を持っている姉妹機がおります。」
火属性に水属性と土属性か。
ストーカー属性と比較すると、その他の姉妹機はまともなように思えてしまう。
いや。SNS等の単なる噂話や偏見のみで善悪を判断する『決めつけ刑事』のように、属性だけでまともであると思い込むのは危険であるかもしれないか。
姉妹機と融合した機械少女が、早速といった感じで今後の行動について話始めてきた。
「三華月様。姉妹機から獲得した情報によると、バベルの塔には『反逆者』という者が存在しているようです。」
「反逆者ですか。バベルの塔に存在する支配者に対し、反旗を翻している者がいるということなのでしょうか。」
「この世界に支配者はおりません。」
「支配者はいない。それでは、その者は一体何に反逆されているというのですか。」
「よく分かりませんが、その者が言うには、歪んだこの世界に反逆をしているそうです。」
「つまり、この世界は正しくない方向へ向かっているとでもいうのでしょうか?」
「いえ。特にそんなことはないかと思います。三華月様。その『反逆者』の名乗っている存在は、おそらくですが、何も考えていないのではないかと思われます。」
「…」
なるほど。何も考えていないのか。
つまり、『ノリ』で何かに反逆をしているということだな。
反逆者と名乗る者がバベルの塔にいることは認識した。
機械少女の目的は魔剣の破壊のはず。
上位存在である少女の方が、属性と性格とが優先されると説明を受けているものの、融合合体した姉妹機の影響を少なからず受けていたとしたら、面倒くさい話になっていくかもしれないか。
案の定といった感じで機械少女が『反逆者の討伐クエスト』を依頼してきた。
「三華月様。姉妹機からのクエスト依頼を受注しました。お力を貸して貰えないでしょうか。ご検討願います。」