191 ふざけたスキルについて
焼け焦げた大地に冷たい風が吹いていた。
刷毛で伸ばしたような細い雲の隙間から青空が見えている。
その空には、【最強種筆頭・三華月様vs槍の又兵衛】というメッセージが表示されていた。
ここはバベルの塔の管理者と名乗る者に連れてこられたイベント会場。
そのイベントに参加していた冒険者達の姿は既に無い。
ここから50m程度ほど離れた位置だろうか。
背丈が2mを超える武将の姿をした魔物が立っていた。
その者こそが、私へ挑戦状を送ってきた槍の又兵衛である。
甲冑を全身にまとい、大地に槍を突き立てている。
その眼光は鋭くこちらを睨み付けており、全身からは闘気が上がっていた。
神託がなくとも、世界に害となる存在を討伐した際、少なからず信仰心が上がることがあるが、おそらく又兵衛を討伐してもその恩恵を受けることは出来ないだろう。
槍の武将は、死霊王と同じように無害な魔物であることを直感していた。
討伐した成功報酬としてS級スキルを獲得出来るとされているが、それについても何ら興味がない。
全くやる気が出てこないというのが本音であるが、まぁこうなってしまった以上は仕方がないか。
やむおえません。
面倒ではありますが、奴をサクッと討伐して差し上げましょう。
この世界においても地上世界と同様の神からの加護を感じていた。
太陽が昇る時間帯であるものの、私に敗北する可能性な微塵もない。
私は運命の弓を召喚し、運命の矢をリロードする。
宣言と共に3mを超える白銀色の弓が姿を現してきた。
甲冑の侍が槍の先端をこちらへ向け構えている。
私から発射される一撃を受け流し、間合いを詰めるつもりなのかしら。
なりふり構わず必死に攻撃してくると思っていたが、軽く見られているということなのだろうか。
井の中の蛙大海を知らずという言葉の意味を教えて差し上げましょう。
私はスキル『ロックオン』を発動させる。
又兵衛の体に魔法陣が刻まれていく。
その効果は必中。
奴からすると、狙ってくる位置を特定できれば容易に受け流すことが出来ると思っているのかもしれない。
窮地に陥った際は、時を巻き戻せば問題ないと考えているのだろうか。
これまでの戦闘でつちかってきた常識は通用しないことを、身をもって知るがいい。
身構えている武将へ向け、弓を引き絞り始めた。
ギリギリとしなり湾曲していく。
又兵衛に動きはない。
そして引き絞っていた運命の弓が臨界点に達していた。
それでは狙い撃たせてもらいます。
最大限に溜まったエネルギーを解放させた。
SHOOT
着弾時間にして0.01秒。
又兵衛は既に反応していた。
一連の動作から矢の弾道とタイミングを読み取っていたのだろうか。
槍を器用にさばき、飛んでくる運命の矢に合わせようとしていたのだ。
まさに神技と呼ぶに相応しい。
―――――――――だが、『必中』の効果により超音速で走る矢は物理法則を無視して、渦を描くよう、螺旋状に飛んでいた。
当然に、受け流すために合わせてきた槍は空振りし、その脇を矢が擦り抜けていった。
運命の矢は確実に甲冑の武将を貫いていたのだ。
又兵衛は何が起きているのか理解できていないのだろう。
心臓の位置なパックリと大きな穴を空いている状況を見て愕然としている。
持っていた槍を大地に落とすと、力なく地面に両膝を付いた。
だが、時は巻き戻らない。
時間が巻き戻るには満たしていなければならない条件というものがある。
物事には『転換期』『分岐点』というものが存在するのであるが、又兵衛は致命傷を負う度に『分岐点』となる過去まで時間を巻き戻しでいたのだ。
だが、この戦いにその『分岐点』となるものは存在しない。
そう。この戦闘の結果は何度繰り返しても変わりようがない、定められたもの。
遡る『分岐点』がないため、時間が巻き戻らないだけなのだ。
冒険者達を管理者にお願いしてログアウトさせた理由は、分岐点となる要因を少しでも減らすためである。
その時である。
背後からこの特殊空間へ何者かが侵入してくる気配を察知した。
この邪悪な感覚がよく知っている。
振り返ると、背丈が120cmの機械少女が姿を現してきていた。
メタリックで造られている可愛らしい顔が、口角を吊り上げている。
やれやれです。
また良からぬことを考えていそうだ。
ミミック達を無効化するためにプログラムの書換え作業をしていたはずの少女が、機嫌よく話かけてきた。
「さすが三華月様。お見事でございます。槍の又兵衛との戦いに関する告知がバベルの塔内に流れてきたもので、居ても立っても居られなくなり駆けつけて参りました。」
見上げると、空に【最強種筆頭・三華月様 WIN、槍の又兵衛 LOSS】のメッセージ画面が浮かんでいる。
この表示が、バベルの塔内の全体へ流れているということなのか。
機械少女がここへ来た理由は、その言葉からすると私のことを心配したもののように聞こえるが、口角を吊り上げていることからも読み取れるように、実際は楽しいことに混ぜてほしいという心理が働いているのだろう。
こんなどうでもいいイベントのことよりも、この世界へ来た目的の方が重要だ。
「機械少女。質問させて下さい。」
「はい。何なりとお答えさせてもらいます。」
「ミミック達を無効化する作業をお願いしておりましたが、もうその課題は完了したのでしょうか?」
「三華月様。安心して下さい。私の代行者として分身体となる機体を製成してまいりました。」
「つまり、その分身体にミミックを無効化させるための作業を代行させているということですか。」
「その通りです。その分身体とは常に繋がった状態を保っております。作業の進行にかんしては何ら問題ありません。」
邪悪属性の分身体を製成したのか。
常時、繋がっている状態を保っているのならば問題ないということなのかしら。
気が付くと機械少女は、戦闘不能な状態になっていた又兵衛へ近づきトドメを刺していた。
断末魔のようなうめき声が聞こえてくる。
機械少女は邪悪属性であるが、快楽殺人を楽しむサイコパスではない。
何故、この状況下でトドメをさしたのかしら。
目の前では、又兵衛討伐の成功報酬となる、S級スキルについての説明書きが表示されていた。
スキル名 : 竜化
ランク : S級
効果 : 使用すると竜になる
注意事項 : 適正がない場合、元の姿へ戻ることができない。最強種である聖女が使用する場合、伝説の邪竜へ変化する。
一通り読み終えると、進呈されてきたふざけたスキル『竜化』を制裁鉄拳にて破壊した。