第190話 挑戦状について
ここはバベルの塔内で開催されている『槍の又兵衛』を討伐するクエスト会場。
見上げると空を流れる雲が速い。
焼け焦げた大地が広がり、360度地平線が続いている。
目の前では、この世界にいるS級冒険者58名と槍の武将との戦闘が繰り広げられていた。
――――鬼畜クエスト発生中――――
・クエスト名 槍の又兵衛
・参加条件 S級以上
・現参加者 58名
・発生期間 90日(残1時間)
・成功確率 0%
・報酬 S級スキル
冒険者達は又兵衛との戦いで既に12回ほど敗北しており、繰り替えして行われた戦闘データからあらゆる戦闘パターンを想定し対応策をたて、槍の武将をトドメを刺す一歩手前まで追い詰めていた。
空にに舞い上がり繰り出してきた必殺技を防ぎきった後のこと。
予期せぬことが起きていた。
―――――――――――時間が巻き戻り始めていたのだ。
目の前で起きていた出来事が逆回転し戻っていく。
巻き戻された時間は15秒くらいだろうか。
又兵衛が、冒険者達から連携して繰り出されてくる攻撃の隙を付き、天高く跳躍をしたところで、時間の巻き戻しが完了した。
そして、正常に時が流れ始めた。
槍の武将が、冒険者達の頭上20m程度ほどの高さまで飛んでいる。
先ほど見ていた光景が繰り返し流れており、又兵衛が必殺技を繰り出す前に行う派手なアクションを開始していた。
そして隣にいた30歳過ぎの神官が、先ほどしたようにこれから起きることについての説明を、落ち着いた様子で始めてきた。
「三華月様。又兵衛が『破滅の炎』を繰り出してきます。」
その一言より、神官は時が巻き戻されたことに気が付いていないものだと分かる。
目の前で戦闘を繰り広げている冒険者達も同様に、時間についての認識がないようだ。
奴は危険に陥る度に時を巻き戻してきたのだろう。
多彩かつ危険な技を使用するようだが、実際のところそれはそれほど重要ではない。
又兵衛にとって、これは敗北することがない戦いであり、冒険者達からすると『時間スキル』を使ってくることを認識しなければ、攻略は不可能な敵であるということだ。
槍の武将が空中で、『破滅の炎』を繰り出す前に行う派手なアクションを行っている際、地表にいる冒険者達は耐熱専用の防御壁を展開させ始めていた。
隣にいる神官も自身を護るための壁をつくり始めている。
先に行われた戦闘では、この局面で空中にいる槍の武将の体から炎柱が舞い上がるはず。
だが、やはりというべきなのか、炎柱は上がることはなかった。
―――――――――又兵衛は『破滅の炎』と呼ばれる奥義の発動を、キャンセルさせていたのだ。
宙を飛んだ状態で空気を蹴ったのだろうか。
冒険者へ向け、自由落下するよりも速く降下していく。
『破滅の炎』に備え耐熱に特化した結界を展開させていた冒険者達は、予期せぬ行動をしてきた敵に対して、適切な行動をとれていない。
この後の展開は容易に想像がつく。
冒険者達全員は『S級』の実力者達であるが、『時間系スキル』に全く対応が出来ないところから察するに、又兵衛の戦闘力には遠く及ばない。
つまり、戦術、陣形を崩されてしまった時点で、敗北が決定するということだ。
隣にいる神官が慌てた声を上げていた。
「わぁぁぁ。何で『破滅の炎』を撃ってこないんだ!」
バベルの塔の管理者は、このクエストが攻略不可能なものだと告げてきていた。
『時間系スキル』を使用していることを認識出来ていない冒険者達では、成功確率が0%だったということなのだろう。
又兵衛は上空から降下してくるのと同時に強烈な一撃を大地に突き立てていた。
槍を中心に地面が割れていく。
地面が揺れ、粉塵が舞い上がる。
スキル『地走り』を全方向に走らせたのだ。
不測の事態が起き、なす術もなく冒険者達の陣形は崩壊し、混乱状態に陥っている。
隣にいた神官は既に戦場の中心へ向かい走っており、撤退戦の指示を飛ばし始めていた。
クエスト終了まで時間もあと僅か。
冒険者達のクエスト失敗は確定的だろう。
その時である。
―――――――――全身を甲冑に身を包んでいる武将・又兵衛が槍の先端をこちらに突き立ててきた。
その視線はあきらかに私へ向けられている。
何か嫌な予感がするのですが。
冒険者達に告知するように、空に大きなメッセージ画面が浮かび上がってきた。
【緊急告知】
槍の又兵衛が、最強種筆頭である月の聖女『三華月様』へ挑戦状を送ってきました。
これは一体どういう事なのかしら。
何故、討伐対象の方から挑戦されなければならないのだ。
この流れ。絶対におかしいだろ。
それからもう一つ。最強種筆頭という言葉が何とも引っかかる。
中二病患者達を煽るような単語は使用しないでもらえないだろうか。
撤退戦を開始している冒険者達から送られてくる視線が痛い。
深く長いため息を吐き、空に向かって話かけた。
「管理者さん。声が聞こえているなら返事をして下さい。又兵衛から挑戦された件についてお願いがあります。」
『三華月様。もちろん聞こえております。何なりと申し付けて下さい。』
「あなたの方から又兵衛へ断りを入れてもらえないでしょうか。」
『え。マジですか。奴からの挑戦を受けないのですか。どうしてなのですか?』
「私には彼と戦う理由がないからです。」
『三華月様。お言葉ですが、聖女についての話を申し上げますと、軍事大国が宣戦布告をしてきた際、単独でその敵国に潜り込み、そこで逆ハーレム現象を起こしつつ、悪の元凶みたいな者を成敗するというのが定番の流れとなります。又兵衛からの挑戦の件、考え直してもらえないでしょうか。』
その量産品の聖女の話と、又兵衛からの挑戦を受ける件がどう繋がっているのか、全く理解できない。
苦手な話を延々と垂れ流し、私にダメージを与えるつもりなのだろうか。
何にしても、槍の又兵衛と戦闘をするか、聖女についての話を聞き続けるか、どちらが楽であるかと言えば、もちろん前者の方となってしまう。
被害を最小限度に留めるため犯人の要求に応じてしまった結果、2次被害を生んでしまうようなことが起きる可能性があるものの、最終的には暴力で解決すれば問題ないか。
この世界に滞在するのも、機械少女がミミック達を無効化するまでの間だしな。
「承知しました。又兵衛からの挑戦をお受けさせてもらいます。」
『有難うございます。奴を成仏させてやってください。』
「管理者さん。又兵衛からの挑戦を受けるに当たり、あなたへ一つお願いがあります。」
『三華月様。まさか、あれを私に要求するつもりなのですか!』
「あれですか。そのあれが、何を指しているのかさっぱり分かりませんが、間違いなく違うと思います。私からのお願いというのは、クエストに参加している冒険者達を、このイベント会場からログアウトさせてもらえませんか。」
『つまり、冒険者達をこのイベント会場から追い出せばいいということですか。』
「はい。よろしくお願いします。」
冒険者達を排除する理由とは、時間を巻き戻すスキルを使用する者を倒す際、モブキャラ達が邪魔になってくるからだ。