188 バベルの塔
ここはバベルの塔。
地上世界に繋がる別世界であり、その頂上は神の世界へ通じていると言われていた。
この世界で生まれた者は全員が冒険者であり上を目指し、塔を昇っていく。
その行動原理に理由はない。
バベルの塔で生きる人間が頂上を目指すこととは、太陽が東の空から昇るくらい至極当たり前のもの。
彼等、彼女達の本能の一つということだ。
塔の内部は、外壁に沿った回廊が渦巻き状に配置されており、一本道が延々と続く世界であった。
周囲をみると、家族でパーティを組んでいる者達がほとんどのようだ。
地上世界と全く同じ姿をした人間達であり、見た感じ一切の違いはない。
全員が、旅を楽しむようにひたすら上へ向かい歩いていく。
回廊内には、機械人形達が管理している宿屋、武器屋、道具屋等の施設が点在しており、冒険者達の旅を助けてくれている。
僅かにとられた勾配がある回廊の先へ視線を移すと、進むほどにゆるやかに弧を描いていた。
視覚情報だけから推測すると、塔は円形をしており、その外周は10㎞程度あるものと推測できる。
その回廊の片側となる壁に配置された開口部からは、太陽光が差し込んできていた。
ガラスがない窓から外を覗くと、雲の隙間の遥か下に地上世界が見えている。
目測になるが、いま私がいる地点は高度1万mくらいだろうか。
とはいうものの、空気の濃度、気温は地上と変わりなく、快適な環境が保たれていた。
回廊の通路幅と天井は、共に10m程度。
内部の仕上げは、定番となる大判の石が敷き詰められている。
魔物が出てくるような空気感は一切ない。
なんとも平和な世界に見える。
だが魔物が存在しない環境であるにもかかわらず、すれ違っていく者達を見ていると、冒険者としてのCLASSの高い者が存在しているのはどうしてなのかしら。
経験値をどうやって稼いでいるのだろう。
そもそも論となるが、危険というものが存在しない世界にはCLASSは必要ないのではなかろうか。
まぁ、私にとってはどうでもいいことだ。
バベルの塔においても地上世界と同じ神様達に支配されており、私のおいても主神からの加護を感じていた。
それはこの世界においても、『信仰心』という概念が存在していることを意味している。
歩いていく冒険者達の中には聖職者の姿もあり、派手な十字架がデザインされた聖衣を身に着けている、清らかかつ可憐な容姿をしている聖女を見つけると、一様に深く頭を下げてきていた。
その行為は、バベルの塔においても、地上世界と同様に、私が最も可愛く、神格が高い者ことを意味している。
そして、私がバベルの塔へ来た理由。
それは神託に従うため。
西方都市にて行われていたクエストが完了した後のこと。私の配下に加わった純白の翼竜が、異世界送りにしてしまったS級相当の戦闘力を持つミミック達を無効化せよとお告げが降りてきたのだ。
異世界となるバベルの塔の住人からすると迷惑このうえない奴等であり、放置しておくと大事故を起こしてしまうものと想像できる。
残念ながら、このクエストを達成したとしても信仰心が上がることはないだろう。
隣には連れてきていた機械少女が、集中して作業をしている姿がある。
自身が用意していた椅子に座り、机の上に展開させた機材を器用に動かし触っていた。
少女の背丈は120㎝程度。
精工に造られて可愛らしい顔をしているものの、メタル装甲で仕上げられてたその容姿から機械仕掛けということが見て分かる。
元々は地上世界に点在している迷宮の設計者として、世界を創生したと言われている古代人から生み出された少女だ。
悪党属性にもかかわらず、何故か、世界を護る使命をもった私のことを崇拝し、そして究極生命体ともいえる純白の翼竜をつくりだした優秀な個体でもある。
その少女を連れてきた目的は、飛ばされてきたミミック達を無効化するため。
現在、そのプログラムの書き換え作業をしてくれていた。
作業を開始して10分ほど経過した頃。
隣で暇そうにしている私の様子を見かねたのだろうか。
少女が作業をしながら、話かけてきた。
「三華月様。ミミック達を無効化する作業ですか、あと24時間程度は必要になるかと思います。ゆっくりしていて下さい。」
「ゆっくりですか。残念ながら、私は暇を楽しめない者でして。」
「ああ。やはりそうでしたか。なら、その辺りでもブラブラされてきてはいかがでしょうか。」
「そうですね。はい。そうします。バベルの塔内を少し散歩でもしてきます。それでは24時間後、ここへ戻ってくることに致します。」
「ここへ戻ってこなくても大丈夫です。三華月様にはGPSを取り付けておりますから。」
「ん。GPSとは何ですか。」
「それは人工衛星のネットワークを使った全世界的な測位システムのこと。この世界にいる限り、三華月様の正確な位置が特定できる代物です。」
「つまりそれは、『千里眼』と同じような効果があるものということですか。」
「はい。そうなります。何か面白そうなことが起きた時、素早く馳せ参じることが出来るために取り付けさせてもらいました。」
感情のない機械音が聞こえてくる。
その馳せ参じる理由とは、私がピンチに陥った時のためではないのか。
何だか、迷惑という言葉しか浮かんでこない。
GPS。他人に無断でそれを取り付けする行為は、プライバシー保護の観点からするといかがなものなのかしら。
だが今の機械少女には、ミミックを無力化することを優先的にしてもらわなければならない。
GPSの件は後回しでいいだろう。
「ルギアルプスアレクサンドラ。私は少しぶらぶらしてきます。ミミックの件。よろしくお願いします。」
作業机に向かい集中している機械少女がコクリと頷いた。
ぶらぶらするとは言ったものの、どうしたものかしら。
私という者は、目的のない散歩に何のトキメキも感じない女なのだ。
この回廊は1本道。冒険者達と一緒に先を歩いていくしかないか。
その時である。
突然、正面に絶対にかかわってはいけないと思えるものが浮かび上がってきた。
――――鬼畜クエスト発生中――――
・クエスト名 槍の又兵衛
・参加条件 S級以上
・現参加者 58名
・発生期間 90日(残1時間)
・成功確率 0%
・報酬 S級スキル