186 メッセージを受信しました
ここは迷宮の最下層。
いわゆる最終到達地点となるボス部屋である。
ここからかなり離れた位置、石板が凹凸なく敷かれている床の中央にはラスボスとなる『純白の翼竜』が鎮座しており、高い天井から落ちてくる光が金属で構成されているボディにキラキラと反射していた。
焼け焦げた空気が流れているものの、人体に影響を与えるようなものではない。
その周囲には西方都市の領主達がこちらの動向を見守っており、私の背後には分析班の3人が控えていた。
今しがた、スキル『ロックオン』の必中効果により発射した運命の矢が大きく軌道を変え、水明郷が呼び出した防御特化型のミミックを背後から撃ち抜いたところだ。
その弾道を見ていた隣にいた機械少女が驚嘆した声を上げている。
「私の製作した最高傑作の一つ、S級相当の戦闘力をもっているミミックをいとも簡単に破壊するとは。さすが三華月様。尊敬します。」
機械少女が口を大きく開いている。
その同型となるS級相当となるミミックが新たに姿を現し、ワラワラと天井から降下してくる様子が見えていた。
新賢者と呼ばれている水明郷が『俺の実力を見せてやる』と言いながら呼び寄せた502機の内の、まだ1個体のミミックしか撃破していないのが現状だ。
つまり、防御特化型1機を撃破したくらいで悠長にしていられない。
正面へ視線を戻すと、既に降下済みである攻撃型と特殊型の2個体が、バッタのように高くこちらへ跳躍しながら、その蓋を大きく開いていた。
攻撃特化型の個体は火炎放射を、特殊特化型は呪のブレスを吐いてくるつもりのなのかしら。
標的の2機には既にロックオン済。
私の方が遥かに速い。
あなた達が破壊されたことに気が付かない速度で、撃ち抜いて差し上げましょう。
素早くリロードした運命の矢を音速の速さで連射した。
ジャイロー回転をかけた矢が、竜巻を発生しながら2機のミミックを貫き粉砕した。
やはり防御特化型に比べると攻略が容易だな。
敵対している立場の水明郷の方へ視線を移すと、自身にドーピングをかけ能力を引き上げているものの、手持ちの個体が破壊された事態を全く把握できていないように見受けられる。
『俺の実力を少しお見せしましょう。』と上から目線な感じで言葉を口にしていたが、その実力とやらは、私はおろかミミック達に遠く追いついていないようだ。
機械少女については、感心しながらも降下してくる個体達との戦闘について私見を述べてきた。
「まさか物理法則を無視して軌道を変え、防御特化型を攻略するとは。とはいうものの、さすがの三華月様におかれましても、月の加護が届かない迷宮内において、残りのミミック達を殲滅させるためには、少なからず時間を要するのではありませんか。」
機械少女は私に対して従順であるのは間違いない。
だが、その少女からの指摘のとおり、追い詰められているのが現状だ。
月の加護が届かない迷宮内では、残りの機体となる499個体を一瞬で殲滅させることは出来ない。
攻撃型と特殊型が吐いているブレス攻撃に関しては、『自己再生』を獲得している私にとってそれほど恐怖ではないのだが、ここで戦闘を始めてしまうと、ミミックを所有している水明郷を含めこのフロアーにいる者達のほとんどは死亡するのではないかと思われる。
先で実戦したとおり、まず防御特化型の機体から仕留めなければならなくなるが、いかんせんその数が多すぎる。
防御型を殲滅させている隙に、攻撃型と特殊型にブレスを吐かれてしまうだろうからだ。
西方都市の領主を保護するためにここまで来たものの、同族殺しに繋がるような行動は避けなければならない。
私の信仰心のことを考えるならば、戦火を広げないようにするため、いち早くここから離脱するのが合理的な解決策だと考えられる。
戦線離脱を図るべく、機械少女を抱えようとしたタイミングで、対峙していた水明郷は3機のミミックが破壊された状況をようやく把握したようだ。
「聖女さん。一体、何をしたんですか。いや。俺のミミックを破壊したのは、その機械人形さんの方ですか。」
目を見開き、烈火の勢いでツバをまき散らしてきた。
その言葉とは裏腹に、冷静さが全く保てていないようだ。
私が運命の弓を引き絞っていた姿くらいは見ていたはずだが、ミミックを破壊したのが誰であるかすら把握できていないのか。
その自信満々な強気な態度は、一体どこから湧いてくるのかしら。
機械少女の方へ視線を落とすと、口角を吊り上げて物凄く悪い表情をしている。
思惑通りに獲物が罠にかかったという感じか。
水明郷の方が煽り耐性が低すぎるせいかもしれないが、少女に関してはまさに凄腕の狩人という表現がピタリと当てはまる。
機械少女は楽しげな様子で、怒りをまき散らす青年を更に煽る言葉を口にした。
「お前。185話で『俺の力を見せて上げましょう』と大口を叩いていたよな。だが、結局のところはミミック頼みなのだろ。雑魚は、どこまでいっても雑魚なのだな。」
「機械人形さん。覚えておいてください。俺は一度怒ったら、怖い男なんですよ。」
「下等動物のくせに生意気だな。」
「その下等動物という言い方。やめてもらえませんか。本当に怒りますよ。」
「お前。自身のことは罵倒されても我慢できるのだと言っていなかったか。あの言葉は出まかせだったのか。」
「なるほど。そうですか。機械人形さんは、生きていては駄目な存在だということがよく分かりました。」
「ほぉう。私を破壊するつもりなのか。」
「そうさせてもらいます。聖女さんに警告します。俺はこれからその機械人形を破壊します。邪魔だけはしないで下さい。もし警告を無視したら、あなたもどうなるか分かりませんよ。」
楽しそうにしている機械少女と叱咤を繰り返している青年が、ドスを効かせる唸り声を上げてきた。
その額には青筋が浮かんでいる。
天井からはミミック達が次々と降下してきており、見た感じ既に500機近くの個体が姿を現していた。
機械少女はミミックは、私に破壊されることを悟った時点で、所有者である水明郷の命よりも自身の破壊を避けるべく行動をとるための自己防衛機能が備え付けられていると言っていた。
煽り耐性の無い青年は、突然そのことを知り得ない。
やれやれ。
一刻も早く、ここから退避しなければならないか。
その時である。
機械少女の動きが急激に遅くなり始めていた。
私に関しても意識は明確にあるものの、ひどく体が重くなり始めている。
深海奥深くにいるように、空気の比重が極端に高くなり、私の動きを邪魔しているのだ。
何か私の把握できていない事態が起こっているのかしら。
周囲に視線を移すと、景色が色あせ始めている。
世界から一切の音が消え、機械少女を含めて全てが動きを止めていた。
――――――――――――時間が静止している。
私以外の何者かが、時間を止めたのだ。
月の加護が無い迷宮内では、私でさえも一瞬しか時間を止めることは出来ない。
その何者かが誰かであるが、機械少女ではない。
もちろん水明郷でも、ミミックでもない。
他に上位存在がいるとしたら、あいつしかない。
前触れもなく正面にステータス画面が浮かび上がってきた。
◇◇◇メッセージを受信しました◇◇◇
Ultimate_Metal_Wing_Dragon(純白の翼竜)から三華月様に、眷属への加入申請がありました。
申請を受理されますか。
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