第181話 現実世界と空想世界の境界線
ここは西方都市の地下に広がる1階層。
壁と天井に継ぎ目のない石板が張られた3m幅の1本道が延々と続いていた。
天井には照明が設置されているものの、足元まで光が届いていない。
内部は綺麗に清掃されており、異臭の類は一切なく快適な空間が保たれている。
歩く足音が密閉空間に反響していた。
ミミックが現れた部屋から出て1時間ほど歩いた頃合いだろうか。
前を歩く分析班の3人が足を止めた。
進んでいた通路が左右に分かれていたのだ。
Mapperのスキルを持っているボサボサ頭をした鑑識が記録中である迷宮内の地図を凝視している。
話によると、既に西方都市の中心となる砦の真下まで進んできているそうだ。
私の隣を歩く機械少女は、淡々とした表情を浮かべ彼等の動向を見守っている。
少女はここの迷宮主。
左右の通路がどこに通じているかを把握しているはずだが、分析班達にここの情報について与えるつもりはないらしい。
私はここまで、行方不明になったという領主を探しにやってきた。
その領主というのは、水明郷という薬士に拘束されそうになり、世界最強になれるという『魔王の秘宝』に釣られ、機械少女が開催しているというイベントに参加している。
やれやれです。
領主と、その領主を追って地下迷宮に潜っているという水明郷がどの辺りにいるのか、場所だけでも聞いてみようかしら。
「機械少女。イベントに参加している西方都市の領主と、水明郷の情報について教えて下さい。」
「領主と水明郷ですか。その2人はミミックを1個体ずつ保有し、鉢合わせをしないようにボス部屋まで私がうまく誘導しております。」
そうか。二人が鉢合わせにならないように、機械少女がはからっているのか。
邪悪属性の少女のことだ。
当然に何か企んでいてのことなのだろう。
ミミックとは、機械少女が製作した宝箱の姿をした魔物のこと。
その能力はS級相当の上位。
領主と水明郷はその個体をガチャにてミミックを引き当てたのだ。
盟友であった2人は、魔王の秘宝を巡り仲たがいをしたと聞く。
出会ってしまうと、どうなってしまうのかしら。
機械少女が一呼吸すると、目をキラリと輝かせ更に話を続けてきた。
「さすが三華月様。やはり気になっちゃいましたか。」
「はい。気になります。」
「ご推察のとおりです。2人がボス部屋にて鉢合わせをするよう、画策させてもらいました。」
「やはり、2人は出会ってしまうわけですか。」
「ぐふふふふ。どんな化学反応が起きるのでしょう。ワクワクしちゃいませんか。」
「そうですね。二人はボスを倒すために協力するかもしれませんね。」
「大丈夫です。二人はボス戦が行える条件をまだ満たしておりません。」
「ボス戦が行える条件が揃ってない?」
「そうなんです。ボス戦を行うためには3個体のミミックを配下にしなければなりませんから。」
「既に2個体のミミックはガチャから排出済。つまり1個体ほどが不足しているということですか。」
「はい。最後の一体は、先ほど遭遇した『防御特化型』の個体となります。」
イベントをクリアするための条件がミミックを3個体集めることになるのか。
2人は3個体の内、2個体はそれぞれで収集済。
領主と水明郷の2人は、ボス部屋でまもなく鉢合わせするという。
出会ってしまったら、互いのミミックを賭けて戦う可能性もあるということか。
もう一つ。
機械少女が気になることを口にしていた。
『防御特化型』という言葉だ。
その機体は4本のレーザブレードを装備し、A級相当の戦闘力を持っている侍大将が繰り出す『ソニックブレード』を完璧に受け止めていた。
その防御力はまさに鉄壁と呼ぶに相応しいもの。
他の機体は、異なった特性を持っているということになるのだろうか。
機械少女へ顔を向けると視線が重なった。
すると、私が聞きたいことを察したように言葉を続けてきた。
「さすが三華月様。気が付いちゃいましたか。」
「先ほど機械少女が口にしていた『防御特化型』という言葉。とても気になります。」
「はい。それもご推察のとおりです。」
「つまり他2機のミミックに関しては、『防御型』では無く、別の特性が付加されているということですか。」
「はい。残り2機については『攻撃特化型』と『特殊攻撃特化型』に設定しております。」
「『特殊攻撃特化型』ですか。」
「特殊攻撃特化型の方が気になってしまうとは、さすがです。そいつは結構凶悪な機体なんです。接触する度に、相手に『呪い』がかかる仕様に設計しております。」
『呪術』とは、石化、麻痺、毒化と様々な異常状態に付与すること。
パーティ戦では、通常『回復』系の個体が存在する場合、その者から潰していくのが定石。
だが『呪術』を扱う個体が存在する場合については、さらに優先度が高くなる。
回復職よりも最優先で叩かなければならない機体なのだ。
私についても、石化・麻痺・毒化に関しては『自己再生』の効果により脅威になり得ないものの、『ステータスダウン』系は防ぐことができない。
何にしても領主と水明郷のことを考えると、出来るだけ早く保護する方が望ましい。
前を見ると、左右に分かれる通路の分岐点で、斥候係のお洒落女子が壁を軽くノックしていた。
まるで検査員が、貼られている石が浮いていないかを打音検査しているようだ。
至極真面目な表情をし、ふざけている様子はないように見えるが、何をしているのかしら。
その時である。
お洒落女子が何か異変を発見し、近くにいたボサボサ頭の先輩へ声を掛けた。
「先輩。この壁の先。おそらくですが、隠し部屋があるかと思います。」
「ほぉう。隠し部屋だと。」
「間違いありません。私は超優秀な斥候なんですよ。」
「確かに探索系については優秀だ。だが、MAPPAのスキルを持っていないのは斥候として致命的だろ。」
「面倒くさっ。先輩って、説教好きの超古いタイプの人間なんですか。」
「そうだよ。俺は古風な男なんだ。将来、『亭主関白、友の会』に入る予定の男だからな。」
「それって、結婚することが前提の話しですよね。そんな空想世界の話しは、マジでやめて貰えませんか。」
「どういう意味だ、それは。空想世界と現実世界に境界線なんて存在しないんだよ!」
「すいません。何を言っているのか全然分かりません。」
生産性のない二人の話しを聞いていた侍大将の隊長は、腕組みをしながら首を左右に振っている。
傍観者に徹しているようだ。
安定の展開だな。
斥候女子が見つけたという隠し部屋であるが、何のためのものなのかしら。
感情を失くしてしまったように無表情を装っている機械少女が、ポツリポツリとその隠し部屋についての話しを始めてきた。
「三華月様。そこは、私専用の隠し部屋なんです。」
「迷宮主が専用で使用している部屋だということですか。」
「はい。私は一般的な迷宮主と違って、魔物ではないんです。つまり、『ダンジョンウォーク』が使用できないのです。」
ダンジョンウォーク。
それは迷宮主が正規の通路を無視して、ショートカットをする近道をつくるスキル。
迷宮主にもかかわらず、そのスキルを使用出来ない機械少女は、自分専用に使用するための通路をつくっていたということか。
こちらを見上げていた少女が、隠し部屋についての話しを続けてきた。
「お察しのとおりです。その隠し部屋には、最下層のあるボス部屋まで降りる階段がございます。」
最下層にあるボス部屋とは、イベント『魔王の秘宝』の終着地点であり、まもなく領主と水明郷がたどり着く場所。
分析班が隠し部屋を開く鍵を発見したようだ。
何気に優秀な奴等だ。
その後、私達はボス部屋まで通じているという階段を降りることにした。