結局は育ての親-5
「カガヤ!」
「あっ……」
どんなに僕やハルルが理由を離しても、あの騒動は校内暴力として判決を下されることになった。やり返しにしてはやり過ぎた行為。処分内容は停学だ。
毎度キレる度にあのような騒ぎを起こすカガヤにその処分内容は軽いのかもしれないが、この学園の人たちはカガヤを手放したくない。
魔法使いとしての才能はさることながら、普段は大らかで優しい性格。魔法以外でも成績優秀、素直で困った人を見過ごせないお人よしに、率先して先生の手伝いも面倒臭い学級委員長も立候補してしまう優等生だ。
キレなければ、こんなにも優良物件。手放せば一生ものの後悔だろう。
「お迎えが来ましたよ」
「おん……」
「あァ、カガヤ!!」
教室で迎えを待っていると、女性が飛び込むように中へと入ってきた。そして、その勢いのまま駆け寄ってカガヤに抱き着く背丈のある女性――輝光一族当主の第二夫人。
「怪我がなくて良かった……!」
「あは……自分、強いんやで……怪我の心配なんかいらへんって……」
「そういう問題ではないわ!!」
流石、かつて色街一の高級娼婦であったことだろう。どんなに激しい動きをしようと、その美しさと品性が乱れることはない。
だが、その表情はかつて男心を魅了する女性の顔ではなく、愛しい我が子を心の底から心配する母親の顔であった。
「輝光夫人、ご機嫌よう」
「お久し振りでございます、輝光夫人」
ハルルに続き、僕も第二夫人へとあいさつの言葉を贈る。
本来、この世界で「夫人」の二文字だのみで呼べる相手は正妻、つまりカガヤの実の母親である第一夫人だけ。だが、僕もハルルも第一夫人に対して嫌悪感しかなく、おまけに過去に何度も侮辱されている。
そんな人が輝光の正妻であってたまるものか。そんな想いから僕らは僕らで、誰よりも正妻に相応しいと思う彼女を「夫人」と呼ぶようになったのだ。
「スインくん、ハルルちゃん。今回も巻き込んでしまってごめんなさい」
第二夫人はカガヤから離れ、僕たちに謝罪の言葉と言って綺麗な一礼を見せてくれた。同時に、カガヤの背を押して頭を下げる様に促している。
その姿はどこからどう見ても、我が子のために頭を下げてくれる立派な母親。
僕はそんな姿がどこか羨ましい。
「夫人、いつも言っていますが気にしないでください。私たち、いつもカガヤにはお世話になっているんですから」
「そうですよ。いつも楽しい世界を見せて頂けることに感謝しているのですから」
含みなど無い素直な感想なのにハルルが脇腹に肘で付いてきた。痛い。
「本当に……お二人がカガヤのお友達であることがこの母としてとても嬉しいわ。いつもありがとう」
「いえいえ、大切な友人ですから」
「ホンマ、おおきに……」
「もう! すっごく反省したんでしょ!、いい加減いつもの明るさに戻って頂戴」
やってしまったものは仕方がないし、過ぎてしまったことを気にし過ぎては周りも疲れてしまう。だが、中々その落ち込みから出てくることができない。
あまりにも落ち込むカガヤ。そんな彼の頬に夫人はそっと優しく触れる。
「カガヤ。貴方が何に怒って喧嘩をしてしまったのか、ちゃんと理由は聞いてきたわ」
「うん……」
「いつも言っているでしょう? そんなことを言われたらちゃんと私に話しなさいって」
「……でも」
好きで娼婦になったのではない。ならざるを得なかったから、その道を選んだのだ。決して、楽な道でもない、茨と泥の道を歩き切った彼女に「馬鹿にされた」など言えるものか。
だが、それでも夫人はカガヤを安心させるように。美しさの一つである口元の口角を上げた。
ニヤッ、と。その美貌は勝気の女性な顔に変わっていく。
「我が子を馬鹿にされたのよ。侮辱した娼婦の力をフルに使ってその子を叩きのめしてあげるわ」
「私、夫人のああいうところ好きなのよね。ママに似てる」
夕焼けで染まる中庭を輝光の親子が歩いている。高校生にもなって母親と歩くなど普通なら年頃的に恥ずかしいはずだが、長年『母親の愛』を待ち続けていたカガヤにとっては、『母の愛』を欲した幼い頃の自分を慰めるかのように嬉しいことだった。
「本当に理解できない……暴力とはいえ、人のために怒れる優しいなカガヤをなんで実の母親は愛してあげなかったのかしら」
ハルルは血の繋がらない親子の愛について理解できないわけでもない。寧ろ、カガヤに出会ったことで血を超える、『心で繋がった親子愛』というものを学んだ。決して血だけが家族である証ではないのだ、とあの二人に教えてもらったのだ。
ハルルが理解できないのは、産みの母親がカガヤを愛さないことだ。
「自分のお腹を痛めてまで産んだ子よ。なのに、どうしてあんな都合のいい道具のように接するのかしら」
「子どもよりも自分を選んだ。それだけですよ」
僕らが生まれた時、無痛分娩なんて医療技術はまだこの世には存在していなかった。だから、僕らの世代の母親は皆、激しい激痛に襲われながらも命を懸けて我が子を出産した。
そう……母たちは痛みと危険を乗り越えて生んでくれた。そして、僕たちは生まれた。
なのに、全員、結果は同じではない。
「産んだからといって母親にはなれない女性など、沢山いますよ。僕の母だってそうだったでしょう? 結局は産みの親より育ての親、愛を持って育てた者には勝てませんよ。もし勝てるのなら、それは洗脳です」
「結局そうなるのよね……でも、忘れないで」
「はい?」
「貴方のお母さんには理由があったわ」
理由――確かに、理由はあった。僕にも母にもどうすることのできない理由。
それでも、幼い頃に感じた寂しさを「じゃぁ仕方がないですね」と言って終わらせることはできない。
だけど、同時にカガヤのように見限ることもできない。
「……昔、ママが言ってったのよ。出産間近の時、病院に飾られていた写真とその作品名が忘れられないって」
「どんな写真だったんですか?」
「出産したばかりの子を抱いた母親の写真よ。作品名は――『我が血、我が肉よ』」
風が吹き、外の桜が散っていく。
「最初はよくわからなかったママも、私を抱いたときに思ったらしいの。『あぁ。我が血、我が肉よ』って……。だから、ママは私が小さい頃からいつも言ってくれたわ」
今日も……ハルルの心臓は音を奏でた。
『母の愛』の証である鼓動を感じるために、彼女はそっとその胸に手を当てる。
「『お前はあたしが生きていたという証。あたしを母にしてくれた証。――だから、お前のためなら死ねる』……」
「本当に……素敵なお母様ですよね」
妬いてしまう程に――
彼女の母親は素晴らしい人だ。目も当てられないほど輝かしい『母の愛』を持った人。
その愛が、いつも彼女の心を独占する。
彼女に恋焦がれる僕にとって手強い恋敵。
「でしょう? 自慢のママだもの」
「どうしたら勝てるのでしょう? その愛に」
「無理でしょう? だって、ママは最強だもの」
手強い恋敵は最強。そんな最強に染められた彼女の心。
手に入れるのは容易ではない。
でも、諦められない。諦めたくない。
諦めるぐらいならば彼女とともに死んで灰になりたい。
僕にこんな激情を持たせたのだ。責任取って一緒に死んでくれ。
「最強を超えるのがヒーロー役割ですよ」
「じゃぁ、私がヒロイン?」
「えぇ、ハルル。貴女は生まれた時から僕のヒロインだ」
珍しく名前で呼ぶ僕に彼女は「はぁ~」と深い深い溜息を付いた。
「あんたの愛は本当に重いわね」
「それほどでも♪」
重過ぎるからその愛のバッドで打ち返すことは諦めてくださいね、と僕はニッコリと笑うのであった。
……あ、そうでした。
カガヤは停学明け、あのデカ男に謝りに行きましたが、完全なトラウマになったデカ男はカガヤを見た瞬間に滝のような汗を流して逃げていったようです。
まぁ、これはいつものパターンなので、カガヤもいつものパターンらしく「待ってくれよ~」と僕らが止めるまでデカ男と追いかけっこをしてましたけどね。
結局は育ての親 終
少し変えていますが、『我が血、我が肉よ』は私の母の実話。