結局は育ての親-4
「ガキぐらい、いくらでも産んでやるわよ」
その宣言通り、輝光一族の第一夫人は第一子と第三子を出産した。
でも、出産しただけだ。彼女は生まれてきた子どもを一度も抱き上げることなく、さっさと乳母に渡し、仕事や趣味、恋愛と『自分のこと』に没頭した。
実の子どもが恋しがってその手を差し伸ばしてきても、ハエを叩き落とすようにその小さな手を何度も叩き落としたのだ。
母親ではなく、女を選んだ。子ではなく、自分を選んだ。
そういう話だ。
幸い、輝光一族の当主は子を愛せる人であったため、子どもたちは「親の愛情を知らない」という可哀そうな子にはならなかった。
だが、『母親に愛されなかった子』というレッテルが貼られてしまった。
僕とは似ているようで似ていないその関係は、カガヤの心に寂しさという影を色濃く作っていき、誰もいない場所でいつも泣いていたのだと言う。
でも、その寂しさはある日を境に少しずつ消えていった。
切っ掛けは、本家に招かれた第二夫人と第二子。
色街にて魔法の犯罪が行われているとの情報を手に入れた当時後継者だった若き当主。正義感溢れる彼は自ら志願し、戦場へと向かった。そこで第二夫人と出会ったのだという。
両親が死に、血の繋がった妹たちを養っていくために娼婦の道を選ばざる負えなかった女性。それでも「頑張れば道は開ける」と諦めない心を持ち、教養ある高級娼婦へと成り上がっていった。
正義感に溢れた男と諦めない心を持った女。
惹かれ合うのは当然ということだ。
しかし、一夫多妻の権利を持つ輝光一族でも魔法使いの血ではない平民の娼婦を第二夫人になど誰も認めてくれなかった。彼女が第二子を産んでも数には入れず、早く第一夫人と子をもう一人作れと言われる始末。
産まれた時、第二子には魔力がなかった。そして、当時病気を患っていた当主である父を安心させるためにも、第二夫人に説得され、第一夫人との間に第三子――カガヤを儲けることになったのだ。
では、何故その第二夫人と第二子が本家に招かれたのか。
理由は簡単。第二子が魔法使いとして覚醒したのだ。
珍しくはない。魔法使いの血を引いていれば覚醒する可能性は十分にある。
「今日から、私も貴方たちのお母さんになります」
自分の子が認められたからと言っても、自分の過去がなかったことにはならない。
それでも、彼女は持ち前の諦めない精神で本家の子どもに全力でぶつかることを決めた。
そして、ぶつかった結果がこれだ。
「あーもう余計な仕事増やすんじゃないわよ!!」
次々とカガヤの手から現れる光の魔力球をその釘バッドで打ち返しては、背後で完全に伸び切っているデカ男に大声で文句を言うハルル。
「カガヤ、落ち着いてください。これ結構疲れるんですよ」
「殺す殺す殺す殺す、ぶっ殺す!!」
僕の方はというと、カガヤがこれ以上デカ男を殴って病院送りにしないよう羽交い絞めにして僕の『夜』属性でその威力を可能な限り相殺し、同時に彼の体力を奪っていく。
光と夜は表裏一体。光があるから夜はより深みを増し、夜があるから光はより美しく輝く。
だが、同時に相殺し合う仲。相性がいい時もあれば悪い時もあるという関係だ。
そんな魔力関係の僕らがこんな風に相殺を繰り返していれば魔力切れで共倒れしてしまうか、最悪僕が先に倒れてしまい、ハルルが一人で対処しなければならない状態になってしまう。
……と、普通は考えられるが、大丈夫。僕は持ちこたえることができる。非常に疲れるけど。
普通、魔法使いが持つ魔力は一種類のみ。
だが、稀に二種類の親和性の高い魔力を保持する者が生まれてくることがある。
これは先天性才能であり、その者たちを人々は『二種魔属保持者』と呼ぶ。
僕の場合は、水と夜の属性保持者だ。
幸い、この中庭にはいたるところに水属性回復のための魔力水路が走っている。聖なる決闘中には使用できない回復の泉さだが、喧嘩仲裁中であるので使ってもオッケーだ。
「建物に当たらないように打ち返すの大変なのよ!」
「カガヤのおかげで本当にバッドコントロール上がりましたよね」
「お陰様にね! もう、早く誰か来なさいよ!」
第二夫人を侮辱され怒り狂ったカガヤを完全に止めらるのは、学園内では限られた教師陣と先輩たちのみ。
何せ、出来過ぎた子として有名で本来後継者となるべき力の持ち主なのだ。簡単にそこら辺の生徒に止められては、その話に矛盾が起きるというものだ。
「回復してはいますけど、やはり辛いものは辛いですね……」
「根性見せなさい!! やればできる男でしょう!?」
「ご褒美にキスしてくれるならもっと頑張ります」
「やっぱり寝てていいわよ」
だが、流石に限界は近い。ハルルですら息切れしてきているのだ
「なんだ、なんだ!? 何の騒ぎだ!?」
もう原因でもあるこの男を生贄にして先生でも呼びに行こうか。そんなこと考えていた時だ。
ようやく聞きたかった声が後ろの方から聞こえてきたのだ。
「おや、先生。こんにちは」
「先生、ご機嫌よう!!」
そう挨拶しながらハルルは大きめの光の魔力球を打ち返す。重い球だったのだろう。先生への挨拶に随分と気合が籠っていた。
「流々宮、月詠、輝光!! またお前らか!?」
「今回は僕も含まれましたか」
「どう見ても私とスインは巻き添えです!!」
先生の発言に納得いかないハルルが間髪入れずに言い返した。そう、彼女のいう通り、僕ら二人は完璧に巻き添えである。
それにしても、この先生が駆けつけてきてくれたことは僥倖だ。なんせ、この先生は僕たちのことを十分に理解してくれている。
足元に転がって伸びているデカ男の姿を一瞥して、宝石が嵌められたいくつもの指輪を身に着けた手をカガヤへと向ける。
「あとで反省文を書かせるからな! 《眠りの時間》」
指輪の一つが夜色に輝く。続いて、嵌められた宝石から粒子が放出し、それはカーテンの形を作り出し、カガヤの全身を包み込む。
「なっ――!」
怒り狂ったカガヤでも流石に驚き、突然襲い掛かってきたカーテンを掴もうとするが、残念ながら魔力の粒子。掴むことはできない。
「眠りなさい。夢の中で反省しながら」
パンっ!!
先生の言葉と指鳴らしと同時に粒子のカーテンは音を鳴らして、キラキラと拡散していった。
同時に、僕とカガヤは倒れこむ。
「すぅー……」
眠ってしまったカガヤ。流石の僕でも小柄とはいえ、疲れた身体でカガヤを支えることは難しい。
「ふー……終わったわぁ……」
「お疲れ様です、レディー」
「あんたもねぇ」
ハルルはバットに寄り掛かり、お互いにお互いの健闘を労い合う。
「どうしてお前たちはこうも普通の日常を送れないんだぁ?」
「魔法使いになるって決めた以上、普通の学生は無理なのでは?」
「そもそも、私たち。普通の人生歩んでいません」
「屁理屈を言うな、屁理屈を」
先生は盛大なため息を吐きながら、今回の問題児であるカガヤを抱き上げた。
大丈夫ですよ、先生。
普通に過ごせなくても、先生の胃に穴をあける程の問題は起こさないように、僕たちは気を付けているので。
ホームラン打たないと被害が出るから頑張ってホームラン打った女の子。名前はハルル。