結局は育ての親-3
聖なる決闘は何も恨み辛みを晴らすためのだけの決闘ではない。
ハルルのように恋する乙女の悲しき想いを晴らすために行うこともあれば、今回のように力比べのように行うこともある。
勿論、挑まれた方はそれを断る権利はあるのだが、魔法使いを目指すものとして挑まれた決闘を断ることは自分の名誉を傷つけるのに等しい。
故に、大体は承諾されて行うことになるのだ。
「ちゅーわけで、スイン! 第三者立会人、いつも通りよろしゅう頼むわ!」
「お任せください♪」
「あんた本当に立会人って立場好きよね」
「好きですし、僕ほどに適任な生徒はいないでしょう?」
「それもそうね」
学園内における聖なる決闘のルール、その一。
聖なる決闘を行う際は、第三者の立ち会いの下に行う。この場合、第三者はいかなることにも偽りなく、真実のみを伝える証明人であれ。
ちなみに、もし第三者が偽りの報告をすると全身に雷の鉄槌を食らうというオマケつきである。
「輝光一族の息子を倒し、魔法士として拍をつけてやるぜ!!」
「耳にタコが出る程に聞き飽きた理由ですね。皆さん芸がない」
「黙れ、メガネ野郎!!」
「はい、メガネです」
「いつも通りの流れね」
今回は僕の傍らにいるハルルの冷たいツッコミがお送りされた。
しかし、この男子生徒。図体はデカいが、なんか前回のゲス男戦と同じく雑魚臭が漂っている。
まぁ、雑魚でなくてもカガヤなら圧勝できてしまうので、少しでも意外性が見れれば御の字としよう。
「それでは学園のルールに基づき、第三者立会人として決闘を行います。今回の決闘は内容は、相手の魔法バングルを破壊、または戦闘不能にすれば勝利となります。決闘範囲はこの中庭のみ。決闘の観戦はオッケー。両者ともそれでいいですね」
「ええぞー!」
「おう!」
二人の同意の声に、各々休み時間を満喫していた生徒たちが面白半分――野次馬根性で観戦しに集まってくる。
「両者から同意が取れました。では、これより聖なる決闘」
声高々に。
僕は両手を目の前で、叩き合わせる。
「《開始》!」
「うぉおおおおおおお!!」
開始宣言とともに、図体のデカい男がカガヤへと突進していく。……てか、ここ魔法使いの学校なのにどうして肉弾戦に持ち込むんだ?
魔法使いは非力に見えるから弱点克服として鍛えているとかそんな感じか。安直すぎないか?
「あんた、多分私たちにも失礼なこと思ってるわよ」
「おや、何のことやら」
「大地魔法、『砕く剛腕』!!」
突っ込んできた男子学生――あぁ、もう面倒くさいので見た目からデカ男と命名しよう。そのデカ男は頑張って鍛えたのであろう己から剛腕と名乗ってしまう腕をカガヤ相手に大きく振りかざした。
多分、普通に会ったたらバングルなど一発で破壊されるに違いない。
そう、普通だったら。
「あ、あっぶね!」
そう言って、カガヤは突進してくるデカ男に驚き、慌てて反射的に足を蹴り上げた。
そう――慌てて反射的に、だ。
「ぐはっ!!」
慌てて反射的に蹴り上げた足は見事にデカ男の顎にクリーンヒットし、デカ男は綺麗な放物線を描いて中庭ギリギリまで飛んでいった。
そう。小柄のカガヤのたった一回の蹴りで、だ。
「あちゃー飛んで行ってしもうたぁ!」
「ギリギリ範囲内ですよー」
「おーホンマか!」
放物線を描いていったデカ男に、呑気にその凄さを見せつけるカガヤ。
その面白おかしい光景に、口元がニヤけていくのが自分でもわかる。
本当に、愉快だ――
そう、カガヤも肉弾戦だ。だけど、吹っ飛んでいったデカ男のような筋力馬鹿とは違う。
彼が保持する親和性の高い『光』属性魔力を無意識に強化魔法と変えて、今のように反射的に繰り出す――『無意識魔法』の使い手だ。
僕ですら、怒りに満ちた時にのみ、しかも危険度の高い量を放出してしまうのに対して。カガヤは必要な時、無意識に、丁度いい量を身に纏うことのできる素晴らしい才能の持ち主なのである。
魔法使いは非力? 御冗談を!
魔力を纏えば、世界一の筋力を持つ男でも簡単に放物線を描いて吹っ飛ばしてしまう。
だから、魔法使いの可能性を世界は捨てきれないのだ。
「柔らかいところに落ちたから、バングル割れてないわね、きっと」
「魔法使いデュエル用のバングルなのに壊れやすいですよね、あれ」
「わざと壊れやすいのにしてるらしいわよ。守る力も身に着けるためにって理事長がいっていたわ」
「おや、経費削減ではなくてそんな理由があったんですね」
かなり遠くまで飛んで行ったデカ男。起き上がってくるのを待てばいいのに、カガヤは態々デカ男のところまでかけていく。彼の性格が出るというものだ。
「休み時間ももう少しだし、戦闘不能になっていないかしらね」
「そうですね。カガヤの無意識シュートを今日も楽しく見れたので、僕はもう満足です」
デカ男の意外性は期待していなかったので、このまま時間がもったいないので早く終わらせたい。周りの観戦者たちも僕と同じく、乃く敵はカガヤの無意識シュートだったので、それを見れたから全員満足げにゾロゾロと引き上げていく。
哀れなデカ男。誰にも期待されていなかった。
人間ってそんなものだ、と。誰も慈悲の心をデカ男には送らない。
「おーい、スイン!!」
デカ男が飛んでいった場所からカガヤの声が聞こえる。
大きく手を振って、こっちに来るように手招きしているので僕はハルルを連れて、彼のもとへと向かった。
多分、デカ男は意識不明、戦闘不能だろう。立会人のため、ちゃんとその真偽を確認しなければいけないのだが、この距離を歩くことは少し面倒くさい。
「こういうときって、空気魔法や大地魔法が使える人たちが羨ましいわよね」
ハルルも同じことを思っていたようで。速度魔法や重力魔法を簡単に使える彼らがこの時だけは少し僕も羨ましい。
「どうや、コレ?」
「どう見ても戦闘不能ですね」
「じゃぁさっさと終わり宣言して教室戻りましょう」
冷たくデカ男の敗北を判定し、僕は再び両手を目の前で、叩き合わせる。
「《終了》」
今日もカガヤの聖なる決闘は早くて簡潔で面白いものだった。
決闘なので面白がってはいけないと言われるかもしれませんが、面白いものは仕方がない。
「そうや、第二夫人が作ってくれたクッキー持ってきたんやった! 三人で食べよか!」
「ん、料理下手なのよね?」
「そこは愛情でカバーされとるから大丈夫や!」
決闘は終わり。さっさと教室に戻ってみんなでゆっくりしよう・
――と、考えていたのだが。どうやら少し甘かったみたいだ。
「決闘は終わりましたよ。己の弱さを認め、精進してください」
「まだ、終わっちゃいない……!」
ゆらっりと立ち上がったデカ男。どうやら目が覚めたみたいだ。だけど、戦闘不能であったことは確かであり、それを確認した僕が決闘の終わり宣言をしたのだ。
言ってしまえば、運が悪い。もう少し……そう、僕が終了宣言をする一秒でも早く起きていれば、その宣言は無効になり、決闘は続けられた。
だが、起きれなかったのだ。僕を睨みつけるよりも、自分の運の悪さを睨みつけてくれ。
「悔しいと思うけど、ルールはルールよ。在学中なら、いつだって決闘を申し込めるんだからいまは諦めなさいよ」
ハルルもまた、僕に続いてデカ男に諦める様に促す。
「くそ、この俺の何処が悪かったんだ……!」
「戦略がなかったところじゃないですか。力業ごり押し戦術は本当に力がある者しかやらない、非効率戦術ですよ」
「なんか腹立つわね、その言い方」
「貴女の場合はまだ物質化と強化の種類しかわかっていないのだから、無理はないですよ」
「今度は誤魔化さなかったわね」
流れる様に僕の頬抓るハルル。痛いです、僕のレディー。
「まぁ、また戦おうや! いつでも挑戦受けるで!」
「うるせっ!」
悔しく項垂れるデカ男に「いい勝負だった」とでもいうように、彼へと手を差し出すカガヤ。
いや、本当に色んな意味でいい勝負でしたよね。デカ男の気持ちよく吹っ飛ぶ光景は思い出しただけでも面白く、笑ってしまう自分の口元を手で隠してしまう。
だが、カガヤの差し出した手をデカ男は音を立てて叩き落とす。
どうやら、今回も三流ドラマがは締まるのか……と様子見をしてみたが違うみたいだ。
「お前なら勝てると思ったのに!! 出来損ない第三子になら!!」
三流ドラマではなく、またしても三流クズか、と。魔法使いが数少ないから仕方がないのか。それでも、なんでこうも品性の欠片もない奴が次々と入門されるのだろうか。この学校はもう少し品性を高める授業を導入したほうがいいと思われます、理事長。
「ちょっと、それ聞捨てならないわよ」
そんな理事長へと頭の中でクレームを出していると、立腹した様子のハルルがデカ男の前に臆することなく出ていった。
「カガヤは出来損ないなんかじゃないわよ。逆に出過ぎた子として有名なのを知らないの?」
「あぁ? それならなんで、後継者に選ばれなかったんだよ。実の母親に捨てられるほどの出来損ないだったからだろう」
「それは、カガヤの家族がカガヤの意志を尊重したからよ。母親に捨てられたなんて関係ないわ」
「そうなんや。自分、後継者なんて責任果たせる気あらへん。あーゆうのは、責任を果たせる能力が持った人間がやるもんや」
母親に捨てられた――
どうやらデカ男は、その言葉で何とかして、カガヤにダメージを与えたかったようだが、当の本人は気にしていないのでダメージにもならない。
当然だ。カガヤは、実の母親を見限っている。
だから、母親をネタに見下すような発言をしても意味がないのだ。
「まぁ、自分、いま自由にやっとるから、結婚とかはちゃーんと家族のためにオトンが選んだ相手とするで。スインみたいに一途な恋になれる様に頑張りたいもんやで」
「なんか照れてしまいますね」
「顔抉れてでも結婚したい心が一途なの?」
「一途でしょう?」
「ぐぬぬ!!」
さて、もうスインを貶めることはできないだろう。
もうここでグダグダ時間を使うのも飽きてきたので、この後は無視。スルーだ。
「さぁ、今度こそ。言い争い(笑)は終了ですね。さっさと戻りましょうね」
「えぇ、そうね」
「ほーい」
「――娼婦に育てられたくせに!!」
「――!」
「――あんた!!」
「おや……」
どうやら、この三流クズは死に野郎のようだ。
「親に捨て母られて代わりが娼婦! ど平民のど底辺に育てられるなんてやっぱり出来損な――ッ!!」
続けられるはずないだろう。
汚く罵るその汚らわしい口は、光り輝く魔力を纏った拳によって強制的に閉じられた。
「いま、お前、なんつった……」
先程の優しい笑顔はどこに行ったのか。
いつもとは全く違う――殺意が宿ったカガヤの目が、一撃で気絶した情けない男を射抜く。
それはこの男に最も言ってはいけない。
禁断の言葉を軽々しく口にした罰だ、と僕はその光景に呆れのため息をついた。
カガヤ君がまともだと思った方!
こいつは切れると危険人物ですよー!