結局は育ての親
今日も彼女は、その美しい赤髪を一つのお団子にして、規則正しく着こなしたスカートを靡かせている。
黒真珠のようなクリっとした目で肌白く、とても綺麗な顔立ち。
黙っていれば、『深窓の令嬢』。趣味の読書が良く似合う。
そう……黙っていれば、の話だ――
「僕のレディー、あんまりです……」
「そんな顔しても、無理。諦めなさい」
こんなにも切望しているのに、彼女は冷たく僕をあしらう。
僕は抱えきれない大きな『愛』を彼女に向けている。だが、彼女は受け取ってくれるだけで答えてはくれない。
「てか、暫くあんたの順番は来ないわよ」
そう言って、彼女は呆れながら手帳を開いて僕の方に突き付ける。
そこには女子クラスメイトの名前がずらりと綺麗に並べていて、その隣には番号が書かれていた。
現在、化学の時間。
所謂、「好きな人とペアになって実験しましょう」タイムである。
第二話:結局は育ての親
「流々宮さん! よろしくお願いします!!」
「えぇ、よろしく」
ペアになった女子生徒は嬉しそうに彼女に挨拶するものだから、ペアになれなかった僕はがっつり嫉妬の念を込めて睨みつけた。が、途端に彼女に叩かれる。
可憐な姿には似合わない暴力的なところを見せる少女――流々宮ハルルは呆れたように僕を見上げていた。
「いつまでいじけてるのよ」
「だって、いつまでたってもペアを組めないんですよ。僕にとっては地獄です」
「たかが、授業のペア如きで?」
たかが、ペア如きだと誰もが思うだろう。でも、僕にとっては愛している女性と離れるのは心苦しいもの。できれば、どんなことでも彼女とともに過ごしたい。
これは恋するものなら誰だって思うことではないだろうか。僕はそう思う。
だけど、彼女はそれを許さない。
というか、周りが許さないのだ。
「いいなぁ、流々宮さんとペアなんて」
「私あと何回待てばいいんだっけ?」
ハルルと組んだ女子生徒を羨ましそうに周りの女子たちは眺めている。
そう、彼女はモテるのだ。主に、女子に。
彼女は女性の味方だ。
先日、三股されて傷ついた少女たちの代わりにゲス男を公開処刑するなど、恋愛に傷ついた女子の代わりに戦ってくれる勇敢なる女戦士。
大柄な男性にも物怖じしないで、得意武器となる釘バットを振り回しては最低男を理に伏して、被害女性の心の天気を快晴にしていく。
おわかり頂けるだろうか。これでモテないわけがない、と。
結果、モテる彼女はどんな時でも人気者に。授業のペアと付くものは女子は皆、彼女と組みたくて仕方がないのだ。だから、彼女は手帳に名前を綺麗に並べて、順番にペアを組んでいくのだ。
「その代わり、初めの授業は全部あんたを一番最初に選んだのよ。それだけでも特別だと思いなさいよ」
「感情って自分で操作できないんですよ」
「面倒臭いわね。感情って」
最後は投げやりのように答えた彼女は、「またあとでね」といって僕の背中を数回軽く叩いて今回のペアの女子と一緒に指定された机へと向かう。
「お二人さんは相変わらずやなぁ」
薄情な人だ、と未練がましくその後姿を見ていると横から聞き覚えのある声が話しかけてきた。
「カガヤ……」
「そないな悲しい顔するなって。自分で申し訳ないんやけど、いつも通りペア組もうや」
そう言って肩を叩いて慰めてくれるのは、小柄でカンサイ弁という変わった言葉を話すクラスメイト。
僕の数少ない友人、輝光カガヤはいつもの笑顔を向けてくれながらペアへと誘ってくれるのであった。
「しっかし、琉々宮は相変わらず人気者やなぁ」
指定された化学物質を試験管で混ぜ合わせながら、少し離れたハルルの姿を観察する僕たち。
「早く彼女とペアになりたい……」
「でも、男女ペアの時は必ずお前さんが選ばれるやん。そう落ち込まんでもよくないか?」
「そんなことでは満足いきません!」
「おぉ、零れる零れる」
僕の愛はそんなものでは収まらない。
本当は四六時中傍にいたいというのに、学生故に敵わないこの想い。我慢している僕を誰か褒めて欲しい。
ちなみに、「付き合ってもいないのに?」という言葉は、僕には聞こえません。
「しかし、恋愛かぁ。自分には想像できへんわぁ。俺も婚約者にあったらそんな風になるんかぁ?」
「……それはどうでしょう。少なくとも僕の両親は違いましたけど」
話ながらもせっせとプリントに書かれたとおりに実験を進める。
お互いの得意科目でもあってつつがなく勧められた実験は、最後の『お楽しみコーナー』までもう一歩というところまで進んでいた。
「ほな、今回はどっちの魔力流す?」
「前回は僕でしたから、カガヤでお願いします」
「よしきた、まかせろ!」
僕の提案にカガヤはニカッと笑い、試験管をタオルで包んで祈るように持ち始めた。
そして、目を閉じて言葉をつぶやく。
「光よ、流れていけ――」
呟きの言葉の通り、カガヤから『光』の粒子が現れ、試験管の方へとゆっくり流れていく。流れていった粒子は試験管にある液体と混じり合い、パチパチと音を鳴らし始める。
「おォ。光の魔力を流し込むと黄金色に弾けるんか」
「面白い反応ですね」
化学における魔法使いの特権だろうか。たまに、魔力と合わさることで不思議な現象を起こすことがあるらしい。勿論、生徒の安全を考慮して、最低限の被害のないお遊び程度のものだけを実施しているのだが、それでも自分たちにしか出せない不思議な現象に心躍るものだ。
「ほな、自分たちは終わったし。はよレポート書いて、他のペアのもん観に行こうや」
僕はカガヤのこういうところが好きだ。
早くレポートを終わらせるのもそうだが、こうやっかのペアを見に行くことでハルルの下に合理的に観に行くことができる。
僕の恋心をわかっていてくれるからこそ、ありがたい。
「やっぱりきた」
そんなわけで。さっさとレポートを書き終えた僕らは彼女のペアの下を尋ねた。彼女は本当に呆れ顔が好きなようで。ニコニコ手を振る僕たちに隠しもしないため息を吐いたのであった。
彼女たちも最後のあ楽しみコーナーに差し掛かっていたようで、彼女のペアの女子生徒が祈るように試験管を握りしめている。
このようなお楽しみコーナーでは、彼女の魔力は使えない。
なんせ、彼女の魔力属性:『愛』は現在では未知数な存在なのである。
真歴20XX年の現在では、七つの属性が確認されている。
炎・水・空気・大地・光・夜――そして、『愛』。
この魔法属性:『愛』だが、実は三百年振りに発見された新しい属性と言われている。
その属性は、世界にたった一人だけ――この東の日の国にて発見された少女。
流々宮ハルル、だけが使用できるのであった。
だが、発見されたとはいえ、属性内容が今までの『自然エネルギー』からなる六属性と異なるもの。
そのため、彼女の母国である東の日の国にて3か所のみあるといわれる魔法学校に入学し、その魔法属性:『愛』について調べることになったのであった。
「貴女の魔力でお楽しみコーナーをするときは、必ず僕がペアのときにやってくださいね」
「暴発して怪我をしても責任取れないわよ」
「大丈夫です。結婚してくれればいいだけですから」
「責任取れっていってるようなもんじゃない」
「怪我如きで結婚できるなら顔が抉れてもかまいません」
「怖い怖い怖い怖い」
お前の恋は『深い』んじゃなくて『重い』んだよ!!って突っ込みながら書いてます。
もう一つの『神と罪のカルマ』の仁樹が『深い』タイプだから、もうこっちは重くていいやぁって思いながら書いていたらこんなことに……