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愛を学べ。復讐娘と腹黒紳士  作者: 乃蒼・アロー・ヤンノロジー
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だから、恋をすることをやめた


 今日も彼女は、その美しい赤髪を一つのお団子にして、規則正しく着こなしたスカートを靡かせている。

 黒真珠のようなクリっとした目で肌白く、とても綺麗な顔立ち。

 黙っていれば、『深窓の令嬢』。趣味の読書が良く似合う。

 そう……()()()()()()、の話だ――


「レディー、無茶です!」

「無茶でもやらないといけないときはあるのよ……」


 僕が必死な声を上げても、彼女はその手を止めることはなかった。

 無茶をしないでほしい……。愛する彼女にもしものことがあったら、と僕の心が落ち着かない。

 それでも、彼女は僕の言葉などには耳を傾けずにその両腕を大きく上げた。

 

「かっっったいわね、ほんとに!!」


 そう言って、彼女は包丁と、包丁に突き刺さったかぼちゃをまな板へと叩きつけた。

 その反動で周りに置いてある食材たちは大きく飛び跳ねたのであった。


 現在、家庭科の時間。

 料理好きの僕が最近楽しみにしていた調理実習である。



第三話:だから、恋をすることをやめた



「流々宮はホンマ、料理が苦手なんやなぁ」

「うぐっ!!」

「まァまァ。これでも、昔よりは大分マシになったんですよ」


 ストレートに真実を突きつけられて精神的ダメージを食らう彼女をフォローし、隣に座る彼女の湯飲みにほうじ茶を注ぐ。

 可憐な姿に反して料理は苦手な彼女――流々宮ハルルは僕にお礼をしてから、飲むにはちょうどいい温度のほうじ茶を喉に流し込んだ。


「ふぅー……でも、マシになったとはいえ、まだ下手なような気がするわ。ママは料理上手だったのに、どうして?」

「レディーは大雑把すぎるんですよ。お菓子作りとは違って料理は修正できますが、その修正ができない領域で料理してますから」

「なんや、小さじ一杯は『小さじいっぱい』って山作るタイプの大雑把か?」

「いえ、塩を少々の少々が多量になるタイプです」


 小柄でカンサイ弁という変わった言葉を話す僕の数少ない友人――輝光(キコウ)カガヤの言葉に僕は正しい答えを返す。


「前にロヒケイットを作った際にサーモンに軽く塩でまぶすはずが、大量の塩を揉みつけていましたから」

「少々とか適量とかよくわからないのよ……。しっかり、数値で書いて欲しいわ」

「それでもお味噌汁を沸騰させたり、卵を電子レンジで破裂させたりといった頃にしては大分成長していますよ」

「あはは。料理のことやからスインは五月蠅く出ると思うたけど、やっぱり甘いんやなぁ」


 カガヤは優秀な魔法使い一族『輝光』の第三子。所謂、坊ちゃんという立場なのだが、彼の育ての親である第二夫人と最近二人で料理の勉強をしているため、実はハルルより料理上手である。


 今日の調理実習のチーム分けはくじ引き。

 ハルルは女性の味方であり、その毅然とした大柄な男性にも物怖じしない姿が同性にモテてしまう。そのため、このようなペアやチーム分けの時は女子は皆、彼女と組みたくて仕方がない。こういう時、いつもなら彼女は手帳に綺麗に並べた名前の順番にペアを組んでいくのが決まりだ。


 だが、今回は完全に運任せ。女子全員が神に祈っている中、僕だけが祈らずに引いた結果、見事にハルルとチームを組むことができた。

 流石、僕とハルル。二人で一つの運命。僕の彼女への『愛』に不可能はない。


「あんた神様でも脅した?」

「もしできるのなら、二人っきりの世界とか創らせたいですね」


 ちなみに、カガヤは元々同じチームではないのだが、「眺めるのは良いけど同じ空間にいるのは嫉妬されそうで嫌だ」という男子生徒と先生に内緒でくじを交換したらしい。僕としては、カガヤが同じチームだとなおのこと嬉しいのでその男子生徒には感謝である。


「しっかし、流石スインやぁ。俺が味付けしてもこんな旨い豚汁は作れんわぁ。それにこの卵焼きも出汁が効いていて最高やぁ」

「そうね、この卵焼き。スインのものとはまた違った味がして美味しいわ」


 今回の調理した品数は主食のコメを抜いて三種類。チームは四名。

 かぼちゃの煮物の担当がハルル。豚汁の担当が僕とカガヤ。そして、出汁焼き卵担当がカガヤの隣、僕の目の前にいる生徒が作ったことになる。


「モクハ君、これ何入れたんですか?」

「シイタケの粉末」


 そう言って、大柄で口数少ない短髪のクラスメイトーー土代(ドダイ)モクハ君は淡々と食事を勧めていく。


「土代くんって料理上手なのね、この卵焼きスインに負けないぐらい綺麗に焼かれてるわ」

「いつも作ってるからかな」

「なんや、料理好きなんか?」

「いや、別に」

「モクハ君の家なら食堂で食べますよね? 態々作る理由は?」

「お嬢が食べたがっているから」


 口数は少ないがコミュニケーションを取らないわけではない。それなりに彼も僕たちとの会話を楽しんでいる。感情の起伏が乏しいため誤解されやすいが、悪い人間ではない。

 そんな彼に、僕は嫉妬することはない。何せ、彼はハルルには興味がないのだ。

 勿論クラスメイトとして彼女とは接してはいるが、彼には何よりも優先するべき『お嬢』という存在がいる。


 その『お嬢』だが――


「お嬢、と言えば、土代くん。春休み、一緒に修行しに行ったんでしょう? どうだった?」

「死ぬかと思った」

「ホンマか!? そないに厳しい修行やったんか!?」

「いや、修行じゃなくて――」


 バァーン!!


「邪魔するぞ!!」


 モクハ君が話そうとしたとき、家庭科室の扉が勢いよく開いた。


「きゃぁ!!」

「うわっ!!」

「なんだ!!」


 しかもただ、開いたのではなく、あるはずのない後光と花吹雪が扉から勢いよく待ってくる――という幻覚も見えたような気がする。

 扉を開いただけなのに何故か派手な演出が勝手に脳内に追加され、クラス中が存在するはずのないの光の眩しさに顔を覆い、食事の手を止めた。


 約二名覗いて。


「おお、モクハ!! そこにおったか、探したぞ」


 そう言って、制服のスカートを優雅に翻し、まるでレットカーペットを歩くか如くコツコツと学生靴を鳴らしては僕らの方――もとい、モクハ君へと近づきその隣に堂々と座り込んだ。


「お昼に家庭科室にいるとは聞いとらんかったぞ。探したではないか」


 昼休み時間を挟んだ家庭科の時間。休みではあるが授業中とも考えられない微妙な時間割に堂々と教室へと入ってこれる彼女は大物以外なんでもないだろう。()()()()()()()()

 今もなお、彼女の登場にクラスメイトの目線が集中しているというのに、まったくそんなことを気にせずにモクハ君にのみ話しかけている。


「ふふふ♪」

 

 約二名とは、僕とモクハ君のこと。

 だって、こんな奇妙な光景を目の前に笑わずにいられるだろうか。

 僕には無理だ。お茶や汁物を飲んでいなかった数秒前の自分を褒めてあげたいくらい笑いが止まらない。

 

「おぉ、これはモクハの卵焼きではないか。一口もらうぞ……うーん! 相変わらずモクハの卵焼きは絶品じゃのう!」


 そう言って許可をもらう前に容赦なく、モクハ君の卵焼きを次々と頬張る彼女。

 斜め上、自由過ぎるその姿に今度は顔を覆って笑ってしまう僕。

 しかし、怒る様子もなくモクハ君はそのまま淡々と食事を続けていく。それどころか、隣にある炊飯器からおかわりのご飯をよそい、先生が「調理実習のご褒美に」といって各チームに配られた大量の自家製沢庵とともに白米をその口に吸収していくのだった。


「なんじゃカボチャもあるのか!! これも食べても良いかえ?」

「輝光、茶くれ」

「土代くん、貴方のことなんだから少しは反応して」


 時が止まったクラスの代表としてハルルが呪縛から解放からのツッコミ。

 もう僕はお腹を抱えて笑わずにはいられなかった。


「流々宮、カボチャ甘過ぎ」

「そういう反応じゃなくて!!」

「レディー、ご飯のおかわりください!」

「炊飯器はあんたの隣!!」


 


実は書きたかったお話の一つ。

「恋」をやめたら、それはどうなる?

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