今日も頑張って『愛』を学びます
――覚えてなさいよ。
――私は優秀なママの血を引いているの。
――そんな私を、たかが一千万ごときで売ったことを後悔させてやる!!
第一話:今日も頑張って『愛』を学びます
今日も彼女は、その美しい赤髪を一つのお団子にして、規則正しく着こなしたスカートを靡かせている。
黒真珠のようなクリっとした目で肌白く、とても綺麗な顔立ち。
黙っていれば、『深窓の令嬢』。趣味の読書が良く似合う。
そう……黙っていれば、の話だ――
「何よ? もう終わり?」
そう言った彼女の手には釘バット。
足元は男どもで死屍累々。
そんな姿が『深窓の令嬢』に見えるだろうか?
いや――見えないですよね♪
「なんだ、なんだ!? 何の騒ぎだ!?」
学園の中庭で生徒たちが騒いでいれば、先生が駆けつけるのは当たり前だ。
野次馬で群がる生徒たちを押しのけ、先生がその中心である彼女のもとへと向かう。
「あら、先生。ご機嫌よう」
「流々宮、またお前か!?」
「嫌ですね、いつも私のせいで問題を起きているようじゃないですか?」
そういって、足元で倒れこむ男どもを睨みつけ、制服に着いたであろう砂埃を払う。
死屍累々の前のはずなのに、一つ一つの動作に品を感じるのは彼女の育ての親の影響だろうか。
釘バットと屍さえなければ、先程まで木陰で少しお昼寝をしていた令嬢に見える。
この可憐な少女――流々宮ハルルは、先生の問いかけに怯むことなく(そもそもこの程度で怯むような子ではこんな問題は起こさないだろう)、汗で顔にへばり付く髪の毛を丁寧に取っていく。
「似たようなもんだろう……。で、こいつらが何をしたんだ?」
「って……!? 先生、まるで俺たちの方が悪いみたいじゃねぇか!?」
そんな彼女の態度に先生は呆れながらも足元の屍どもを一瞥し、再度彼女に問い掛ける。――が、屍の一人……まぁ、今回の問題の一番原因である男子生徒が声を上げた。それに続いて、周りの屍たちも次々と続いていく。
「どう見ても俺たちの方が被害者だろ!? いきなり殴って、俺たちのこと血まみれにして――」
「嘘はいけませんね。――≪裁判の間≫」
「「ぐわっ!?」」
彼女に害するものは誰であろうと僕が許さない――……
僕の言葉に闇色の十字架たちが周囲を囲み始めた。途端に、声を上げていた男どもが次々と痛みの声を上げ始める。
そう、僕の魔法で圧しているのだ。
当然、散々彼女の攻撃を食らった後での魔法攻撃なので、少しの力でも相当痛いはずだ。
「十対一……貴方がたが十名で彼女が一名の『聖なる決闘』に同意したではないですか?」
此処にいる生徒の皆さんが証明してくださいますよ、と。彼女に近づきながら周りを見渡すと野次馬で群がっていた生徒たちが「その通りだ」と、こぞって大きく頷き、声を上げるものもいた。
特に、最前列で手を胸の前で握りしめていた女子生徒の二名は今にも泣きそうな顔で大きく頷いて慰めあっている。
「それに決闘内容だって、ちゃんと学園のルールに沿って行われました」
「せ、先生、こいつ、嘘ついてるぜ!!」
「そんなわけあるか。月詠の魔法、≪裁判の間≫が発動しているんだ。ダメージを食らっているお前たちの方が嘘をついているだろう」
ここで、僕の魔法について説明しよう。
≪裁判の間≫――任意の範囲で物事の真偽を見極める。偽りを述べた者、『不義』に反したものは十字架による鉄槌を受けるとこになる。
その名の通り過ぎて面白くないかもしれないが、代々受け継いできた僕の魔法だ。
嘘つきを見つけるのにはぴったりな魔法である。
……だが、こんなの魔法がなくても周りの様子を見れば一目瞭然。
なのに、なんという往生際の悪さだろうか。呆れを通り越して、これは面白すぎる。
「ふふっ」
定位置ともいえる彼女の隣に立ち、無様に倒れる男子生徒を見下ろす。
見下ろし、嘲笑う。
「ほら、笑っていやがる!! 絶対不正しているに決まっているでしょ!?」
「あんた、笑うならもっと上手に隠しなさいよ……」
「これは失敬。この人が面白すぎて」
ハルルが呆れたように見上げて注意をしてくれたが、やはり笑いは止まらないので手で口元を隠すことにした。
本当に、愉快だ――
「それにしても呆れた……。『聖なる決闘』に同意したんだから、学園内の映像保管室に決闘内容が登録されるでしょう。スインの魔法がなくても、すぐあんたたちの嘘なんかバレるわよ」
「まぁまぁ、僕のレディー。こんな見た目からして三流不良の彼らが、そんなに物事考えて話しているわけないじゃないですか」
「黙れ、このメガネ野郎!!」
「はい、メガネです」
「清々しい笑顔ねぇ」
「惚れてくれますか?」
「まさか?」
「釣れないですねぇ」
そう、彼女は釣れない。
どんなに僕が愛の言葉を伝えても、受け取ってくれるだけで答えてはくれない。
彼女の生い立ちが関係しているのはわかっているが、それでも寂しいものだ。
彼女自身も僕の寂しい気持ちを察しているのか、早々に会話を変える。
「……それに、同意直前になって五名から十名に変更したことを了承してくださった彼女に、寧ろ、感謝するべきではないですか?」
「うっ!?」
「お前たち……、それは恥ずかしくないか?」
「だって、こんな化け物女にたった五人で勝てるわけないじゃないですか!?」
「だからと言って、不意打ちのように増やすとは、僕の住んでいた国では考えられない」
「そうね。英国紳士魂を見習うべきだと思うわ」
確かに彼女は強い。この学園内でも彼女に敵うものなどそうそういないであろう。
だけど、確かに『魔法界では男女平等』ではあるものの、これは平等ではなく卑怯である。
「たくぅ……で、決闘理由は?」
「そこのゲス野郎が三股した挙句、被害女性を侮辱し、見下す発言をされました。注意しても聞く耳を持たなかったので、被害者の一人に変わり、代行決闘を行いました」
男子生徒の情けなさに呆れて頭を押さえる先生。追い討ちに彼女からの決闘理由の内容に今度は顔をしかめた。
「……よろしい。互いの同意のもとに行われた決闘であることは明白。流々宮には罰は無しだ」
「はぁ、先生!? 俺の姿みて何あいつのこと不問にしようとしてんだよ!? おかしいだろ!?」
先生の判定に問題の男子生徒が……あぁ、もう面倒くさいので、彼女を見習ってゲス男と命名しよう。そのゲス男は、どこにそんな体力があったのか、飛び跳ねるように起き上がった。
「ルールに基づいた決闘での敗北だ。己の弱さを認め、精進しろ。いや、その前に男としてその最低さと情けなさをどうにかしたほうがいいな」
「な、俺を誰だと思ってんだ!? こんなことして俺のパパンが黙っていると思ってるんのか!?」
「ぱ、パパン?」
「ほぉ? 見た目だけではなく中身も三流クズとは」
「うっせぇな!!」
まさかのパパン発言に彼女は顔を引きつらせて……というか、身体ごと引いた。
相手が実の親をなんと呼ぼうが僕にとってはどうでもいいこと。というか、ここまで情けなくて、悪党三流で、物語では序盤で消えてしまう雑魚キャラとは、なかなかいない存在ですね。
「あんたのお父さん、魔法使いなの?」
そんなゲス男にドン引き彼女しながらも、何か気にかかる言葉があったのか怪訝そうにゲス男に問い掛ける。
「あぁ、ちげぇよ! 俺だけだよ、文句あっか!?」
「じゃぁ何? そのお父さんの力って、お金?」
「そうだよ! この前大金を寄付してやったんだ!! 俺をこんな風にしやがったんだ、親父に言いつけて金止めてやる! 俺の親父はな――!」
「呆れたぁ」
「なっ!?」
さすが。最後まで言わせない。
これからダラダラ流れるであろうゲス男の父親話をたった一言でバッサリと切り捨てた。
「魔法の世界ではね、お金なんか意味ないのよ」
そう、この世界――魔法界では金に価値はない。
確かに生きていくためには必要だが、『魔』を持つ者には価値のないものである。
「自分の魔法でどれだけ貢献できたかが、この世界での『価値』なのよ」
「そうだそうだ!」
「私たちは魔法使いだ!!」
「金なんかで魔法使いの誇りを汚すな!!」
彼女の毅然とした態度に、先程まで様子見のように黙り込んでいた野次馬どもが次々声をと揃えて賛同だと上げていく。
みんな何かしら、ゲス男に恨みがあるのだろう。賛同の声は勿論彼女への声援となっているが、同時に虎の威を借りているようにゲス男に的確にダメージを与えているようにも思える。
情けないのは、貴方たちもですかね――
「さぁ、お前たちも周りの奴らもさっさと校舎にもどれ。あとは先生が片付ける」
勿論、『お前たち』の中にゲス男は入っていない。
彼女の魔法界の『価値』と周りの野次馬の声に思った以上にダメージを受けてしまっているようで、呆然とした状態から動ける気配がない。
だが、そんなゲス男を心配するなんてこれっぽっちも僕にはないわけで。
「さぁ、レディー。先生もあぁ言ってくださっていますし、行きましょう」
さっさとこんな場所から立ち去りたい(彼女と二人っきりで話したい)僕は、いつものように彼女をエスコートしようと手を差し出した。
「……あのねぇ、こう手を差し出されると恥ずかしいって言っているでしょう?」
「はい。そうですね」
「はぁ、本当に清々しい笑顔」
僕のいつもの行動に、それでも彼女は「どうしようもないわね」と呆れながら笑って、手を差し出してくれる。
このやり取りが、僕は好きでたまらない。
「この、依怙贔屓女!!」
「……っ!」
――だが、彼女と僕の手は重ならなかった。
ゲス男ではない、そこらへんに転がっていた屍……雑魚が声を上げた。
それに倣って、屍であればいいものを最後の力を振り絞るように、周りの雑魚も起き上がっていく。
「何が価値だ!! 理事長に気に入られてるだけのくせに!!」
「暴力女!! 気味の悪い魔法使いやがって!!」
「気味わりぃから売られたんだろ!!」
「お前たち、黙らんか!!」
次々と出てくる彼女への暴言の言葉。先生は教師なら誰もが習得する魔法、≪沈黙≫を使用しようとしているが、それでも生み出された言葉が消えることはない。
「売られたって……!」
数々の彼女への暴言。その言葉から何か気づいたのだろう。
さっきまで呆然としていたくせにゲス男は一転。今度は、はん!と嘲笑するような顔に変えたのだ。
「お金で売られた『価値』か!」
その言葉――
その侮辱の言葉に――、
僕の目の前は、真っ赤になった……
「僕のレディー、少しお待ちを」
いまだに僕の手を取らない彼女に、優しく声をかける。
「……息の根を止めてまいります」
僕の言葉が合図のように――、
僕から膨大な魔力が溢れだした――
「「「ひっ!?」」」
「「「うわぁ!?」」」
周りが騒ぎ始めた。
蒼と闇が混ざり合った、目視できてしまうほどに溢れた魔力――
その魔力の『恐怖』は雑魚だけではなく、野次馬どもにまで影響を及ぼす。
「月詠やめんか!!」
僕が自分自身、どういう化け物なのか知っている。
だから、先生が制止する声が何を意味するのかも分かっている。
――だが、この怒りは止めるを止めることはできない。
「ひぃっ!?」
また一転。人を馬鹿にした笑い顔はまた情けない顔になっている。
しかし、顔を直したところでこの怒りが収まるわけがない。
「よくも、僕のレディーを馬鹿にしたな」
「な、なな!?」
「万死に値する」
溢れた魔力は僕の意志に従い、地を這いつくばり、ゲス男の首をめがけて巻き付いていく。
首をめがけて、ということが気付いたのだろう。ゲス男は必死にその魔力から逃れようとするが、目視できるだけで触ることはできない。
「やめやめ、死にたくない!?」
死が目の前にある。
その恐怖に、ゲス男は大慌てに僕に近づいてくる。……が、縋り付いてくる男を僕は大きく蹴り飛ばした。
気色悪い。触れるな。
触れていいのは、僕のレディーだけだ。
死ね――
死ね――
「死んでしま――」
「えぇ、そうよ。売られたわ」
溢れる魔力で男の首を絞めようとしたとき――
彼女が――ハルルが僕の手に触れた――
「レディー……!?」
「だから復讐してやるのよ」
「はぁ?」
侮辱の言葉をなんとも感じていないように、
彼女はあの毅然とした姿で、
黒真珠のような瞳に炎を宿して、
この場にいる全員に宣言するように、
「意味がないとは言え、優秀なママの血を引いているこの私を……たかが、一千万ごときで叩き売ったあのくそ親父にね!!」
威風堂々。声高々に。
彼女は言い放ったのだ――
「うっきゃ!?」
そして、今度こそ。ゲス男は完全敗北となった。
「――」
その瞬間。僕の目の前は透明に――クリアーになった。
さっきまでに真っ赤だった景色は消え、目の前には輝かしく強い彼女の姿。
どんな壁をも物ともしない。強い女性――
「だから、あんたみたいな雑魚の言葉に耳を傾けている暇はないのよ。――行きましょう、スイン」
そう言ってスカートを翻して、プライドも何もかもをへし折られたゲス男に背を向けて、スタスタと歩いていく彼女。
いつもと代り映えのない、ただの学園の中庭のはずなのに。誇り高く、強く生きようとする彼女が歩くだけで、その風景は美しく――
「はい……! 僕の愛しいレディー! やはり、あなたは最高のレディーだ!!」
「愛しいは結構。でも、美しいはもっと言って」
叫ばずにはいられなかった。
僕の愛おしい、愛おしい、最高のレディーなのだから。
「な、なんなんだ……あいつら……」
「まぁお前は一生かなわないだろう」
「へっ?」
「努力を疎かにして、親の力にしか頼らないお前にな」
先生とゲス男が後ろでそんな会話をしているのなんてつゆ知らず……いや興味はない。
どうですか? かっこよくて可愛くて、素敵でしょう?
愛しくて、美しい、僕の恋焦がれる人は――
これは、母の愛が一番だという彼女と。
誇り高く、強く生きようと頑張る彼女に恋焦がれた僕。
そんな二人が学園の生徒として、いろんな愛に触れて学んでいく物語である
釘バットを振り回す美少女を想像してしまったらできた物語です。
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さぁ、めちゃくちゃだけど、『そんな愛もある』って物語を頑張って書いていきますよ!!