出会い
嫌いだ、嫌いだ、人間なんて嫌いだ。
必死に勉強して寮に入ったものの、その理由は親から離れるため、楽しみにしてることなんてない。私は入学式も、歓迎会も、もちろん授業も全部休んだ。人間が嫌いだから、誰とも関わりたくなかったから、なのに…
「初めまして、担任の秋月 夢兎ですっ」
きゃぴっ、という効果音が付きそうな調子で目の前の教師は自己紹介をする。
「…帰ります」←
現在、こいつと面談中。こういうの断ると面倒だから来たんだけど…見た瞬間に分かった。こいつ…かなりめんどくさいぞ←
「ちょっと待って!すぐ帰ろうとしないで!?ごめん、なんか俺悪いことした…?」
慌てて私を止めると、兎のようにきゅるきゅるとした目で私を見つめる。
「…帰ります」←
「えぇ、ちょっと待ってよぉ~」←
話しているうちにだんだん腹が立ってきた。しかも普通に顔が整っているということが余計に私を腹立たせる。そして、ついにその怒りは言葉となって溢れた。
「…どうせ偽善でしょう?先生ってさ、心配してるだとか言ってるけどそれは上辺だけ。結局周りからの評価を上げたいだけでしょう?ちやほやされるためだけに私を利用してるだけでしょう?」
先生は口をぽっかり開け、唖然としていた。1度溢れだした言葉は止まることを知らず、決壊したダムの水のようにどんどん口から流れ出た。
「私になんて1ミリも興味ないくせに。道具としか思ってないくせに。だから人間なんて嫌いなんですよ、人間なんて!」
私は感極まって叫んでしまった。叫んでも、こんな思いを伝えてもどうにもならないと分かっているのに。
先生は眉を下げ、少し悲しそうな表情をした。水が抜け切ったダムには、怒りの代わりに罪悪感がじわじわと貯まっていく。途端に申し訳ない気持ちになり先生から目を背ける。お互い一言も発さず静寂が部屋を支配する。永遠とも思えるような長い時間が経過した頃、先生がゆっくりと口を開いた。
「…確かに傍から見れば偽善に見えるかもしれない。今から言うことも、君には嘘にしか聞こえないかもしれない。…だけど、聞いてほしいんだ」
先生は鋭く真面目な目つきでこう話を切り出した。
「まず、俺は藍奈を道具と思ってない。本当だよ。それから…ちょっと言うのは恥ずかしいげど、実は藍奈のことを知った時から君に興味があったんだ。俺は君に何があったのか全くと言っていいほど分からないけど、多分いままで辛い思いをしてきたんだろうね、お疲れ様」
そう言って先生は大人らしい大きくて温かい手で、壊れ物を扱うかのように優しい手つきで私の頭をそっと撫でた。
「だから俺は、そんな藍奈を心の底から助けたいって思ってる。もし君が暗闇の中をさまよっているのなら、俺が光で照らしてあげたい。誰も君に手を差し伸べないのなら、俺が手を差し伸べてあげたい。その苦しみを1人で抱え込む必要はないんだよ。だからさ…俺に手伝わせてくれない?俺を頼って、人生を明るくしてあげる。じゃんじゃん迷惑かけてもいいからさ」
先生は誰よりも温かく優しい笑顔でふわり、と笑った。…いままでこのような優しい言葉をかけてくれる人はいなかった。安心させてくれる人はいなかった。心を蝕んでいた鉛が温かいものに溶けて中を優しく満たす。こんな気持ちになったこと、いままであったかな。
そう思うと同時に温かいものが頬を伝った。…そうか、私は今泣いているんだ。すると、ふわりとした甘い匂いが鼻腔をくすぐる。先生に抱き締められていると理解し、頬が熱くなると同時に今まで感じたことのない安心感が私をそっと包む。
「辛かったな、たくさん泣いていいよ」
その言葉と同時に、私のなかの何かが音を立ててくずれた。いままで溜め込んでいた涙がどっと溢れだし、頬を濡らす。先生の柔らかい表情、先生の少し高めの体温、先生の甘い匂い、そのすべてが心地よくて、でもちょっとドキドキした。
…でも、この時はまだ、この気持ちが何を表しているのか自分でもよく分からなかった。