第五話:ピアノの作成とお披露目会の準備
皆の前で演奏してから二か月過ぎた。
父上が依頼してくれた大量の部品も全て納品され、無事に材料が揃った。
正直、ドワーフの技術力には驚かされる。ピアノ線だけでも約二百三十本もあるというのに、こんな早くできるとは思わなかった。
あとは俺の〈建築〉で作り上げるだけとなっている。
「凄い数の部品だね……。これで新しい楽器ができるの?」
ケイリーは興味津々で部品を見ている。
「そうだよ。凄い楽器ができるから楽しみにしてて」
「ん、わかった」
ピアノの設計図を片手に、エントランスの床に置かれている大量の部品の前に立つ。
設計図を見ながら、黒くつやのあるグランドピアノをイメージする。
「ふぅ……〈建築〉」
そう唱えると、木が部品を巻き込む。足から順にメキメキと音を立てながらピアノが出来上がっていく。
魔法発動から三十秒が経過し、目の前に美しい黒のグランドピアノとイスが佇んでいた。
「おぉ……我ながら見事なものができたぞ」
「これが新しい楽器? 綺麗だね……」
試しに鍵盤を押すと、気持ちのいい音が返ってくる。でも少し調整が必要だな。
植物魔法を使って、全体の動きやハンマーの硬さを調整する。
これで本当の完成だ。
「それが新しい楽器かい? 滑らかな曲線が美しい楽器だな」
父上が二階からエントランスに降りてくる。
「そうですよ。チェンバロよりも音の強弱が出しやすい楽器なんです」
「ちなみに何て名前なんだ?」
「ピアノと名付けました」
「なかなかいい名前を付けたな」
父上は興味深そうにピアノを眺める。鍵盤を押すと綺麗な音が出て目を丸くしている。
「いい音だ……これならお披露目会で使えるかもしれんな」
「父上、お披露目会とは何ですか?」
「ああ、まだ話していなかったか。王族の方が十歳になると開かれるパーティーでな。伯爵以上の家が代表してプレゼントを渡すことになる」
「……ピアノをプレゼントするということですか?」
それは困る。せっかく作ったピアノを上げるのは嫌に決まってる。そもそもピアノは俺の武器なので、誰かに作り方を教える気はない。
「そうではない。曲をプレゼントするのがいいと思ったのだ。今まで前例がないことだし、インパクトがあるからな」
「なるほど、そういうことですか」
それは良い案だ。
曲と一緒に、何かプレゼントを用意しておけば喜ぶかもしれない。王族に良い印象を与えておいた方が、後々動きやすそうだという思惑もある。
「ちなみに、お披露目会はいつですか?」
「来年だ。ウィリアム王太子殿下と第一王女のカミラ殿下がお前と同い年で十歳になる」
「もう一年もないじゃないですか⁉」
そういうことは早く言ってもらいたい。せっかくの王族と会える時間を台無しにするところだった。
なるべく王族からの印象は良くしておきたい。そうすれば俺が裏切るなんて思わないだろう。
「言うのが遅れてすまんな」
「大丈夫です父上。今回はピアノがありますから」
「……ところで、何か弾かないのか?」
「うーん……お披露目会までのお楽しみにしておきます」
「そ、そうか……」
父上はガックリと肩を落とす。
言うのが遅くなった罰だ。どうせお披露目会で聴けるのだからいいだろう。
―――――
ピアノを作成してから三日後、俺はお披露目会の準備に追われていた。
――ウルティア王国には三つの派閥がある。
アトラス辺境伯家とリーグリット侯爵家が中心の王権派。
ウルティア王国は広大な国土を持つが、基本的に外敵は南にしかいない。
ゆえに王家に権力を集中させて、まとまるべきだと主張する派閥だ。第一王子を支持している。
次にオートリア侯爵家が中心の貴族派。
ウルティア王国は南にディスタニア帝国とその属国であるリーク王国とカジュ王国、東の半島には謎の無法地帯がある。
どれも外敵でいつ攻めてくるか分からないため、地方貴族の権限を大きくして瞬時に対処できるようにするべきだと主張する派閥だ。第二王子を支持している。
最後にアルムステル辺境伯家が中心の中立派。
王権派と貴族派どちらにも付かない派閥というわけではなく、現状維持に努めて西のオーランド共和国との同盟関係を強化するべきだと主張する派閥だ。
第一王子を支持している。
これらの派閥の割合は王権派:貴族派:中立派となっている。
王権派が多い理由は、大多数の法衣貴族たちが付いているからだ。彼らは王家に仕える文官なので、王家の権力が増せば自分たちの力も増すことになる。
とはいっても、領地を持つ貴族より影響力が弱い。実質的に、派閥の割合は王権派:貴族派:中立派くらいになる。
「とまあ、こんな感じだよ」
「なるほどねぇ、おおよそ理解できた。ありがとうケイリー」
「ん、どういたしまして」
お披露目会には、ほぼ全ての貴族とその子供達が王都に集まる。
ゆえに、彼らの情報を事前に知っておく必要があった。
「他にも何か聞きたいことある?」
「そうだなぁ……アトラス家の敵というか、気を付けておくべき人っているかい?」
「……いるよ。貴族派筆頭のオートリア侯爵が一番危険。あまりいい噂を聞かないし、帝国から獣人の奴隷を買い集める趣味があるらしくて……嫌い」
ケイリーは心底嫌そうな顔をする。
「……それは嫌な奴だな。とりあえず、そいつを一番注意しておくよ」
「あと二人注意するべきなのが、第二王妃のナタリー殿下とその息子、第二王子ローガン殿下。この二人をオートリア侯爵が支援してるの」
なるほど、敵の味方ということか。
アトラス家は第一王子を支持しているし、相容れない関係のようだ。
その後もケイリーと一緒に敵味方の判別や仲良くしておくべき人物について話し合った。
―――――
「あぁ……やること多いなぁ……」
翌日になって、ウィリアム殿下とカミラ殿下、一部の貴族に渡すプレゼントを作っていた。
考えついたのは、お菓子と花だ。
お菓子はシンプルにドライフルーツにする。植物魔法を使えば簡単に出せる上、この世界に存在しない果物なので印象に残りやすいと考えた。
それに、いずれ地球の果物や野菜を生産して売るつもりなので、商品のアピールのつもりでもある。
「〈植物創造〉、〈植物創造〉……」
乾燥したリンゴやバナナ、マンゴー、パイナップルなど、様々な果物を生み出しては、綺麗な装飾が施されたビンの中に入れる。
この作業を繰り返し行うこと三十分。目の前には、三十個のドライフルーツが入ったビンが並んでいた。
ウィリアム殿下とカミラ殿下には十個ずつプレゼントし、残りはケイリーの親など一部貴族に渡すつもりだ。
「これだけあれば十分だろ……次はドライフラワーか」
ドライフルーツと同様、魔法で簡単に出せるし目新しいから選択した。
「〈植物創造〉」
青いバラを乾燥した状態で生み出して、細長いビンに入れる。ふたを閉めたら完成だ。
ドライフラワーは王太子殿下と王女殿下の分だけなのですぐに終わる。
「よし、これで全部かな……。あっ、そうだ。皆の分のドライフルーツも作ってやるか」
そう思い立って、今度は屋敷全員分のドライフルーツ作りに集中し始めた。
―――――
今、父上の執務室に来ている。
お披露目会で必要となる準備が完了したと報告するためだ。
「父上、お披露目会の準備終わりましたよ」
「ご苦労だったな。しかし、ドライフルーツとドライフラワーだったか。あれは確実に喜ばれるぞ」
「父上にそう言っていただけるなら安心ですね」
「……ちなみに、もう無いのか?」
父上はドライフルーツの存在を知ってからというもの、事あるごとに「今、出せないか?」、「余ってないのか?」と言って聞いてくるようになった。
よっぽど気に入ったらしい。
「……欲しいんですか?」
「い、いやそれは……」
「……ありますよ、ドライフルーツ」
「ほ、ほんとうか⁉」
勢いよく立ち上がると身を乗り出してくる。目がキラキラしていて子供みたいだ。
「厨房に置いてありますから、後で食べてください。それと全部食べちゃダメですよ。使用人たちの分もあるんですから」
「も、もちろんわかっている」
なんか心配だなぁ……。
―――――
それから十か月経ち、お披露目会に参加する時期を迎えた。
プレゼントの用意も完璧だし、芸術面で顔を売る準備も万全だ。必要な知識も頭に入っている。
ただこの頃、屋敷の空気が少しおかしい気がする。
何も起こらなければいいが……。
そんなこんなで時が過ぎ、王都に向かう日を迎えた。
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