プロローグ:野心家は転生する
恵まれた人生を歩んでいると思う。
日本で生まれ、アメリカで育った。大学はアメリカの工科大学を卒業。その後、事業を起こして成功を収めた四十五歳の男性経営者。結婚はしていない。
ここだけ見ると凄い経歴を持った孤高のおじ様を想像するだろう。
ただ残念なことに、とてもブサイクだった。そのおかげで小学校と中学校、高校の全てでいじめを受けた。しかし、持ち前の反骨精神で様々な知識を学び、実行したおかげで今の地位にいる。
結婚することは諦めた。最初はブサイクでも諦めずに身だしなみを整えたり紳士的な対応を心掛けたりと、俺なりに努力をした。経営者としてのカリスマ性もあってか、女性とお付き合いすることもあった。
でもやっぱりブサイクはブサイクだった。結局金目当てで近づいてくる女性だけだった。そりゃそうだ、外見に魅力がなければ残っているのは経済力しかない。
だから他のことで人生を楽しもうと三十五歳でセミリタイアし、世界中の建造物巡りをしながら、様々な場所を旅して回った。
訪れた場所は数多く、サン・ピエトロ大聖堂や赤の広場、タージマハル、サグラダ・ファミリアなど行けるところは全部訪れた。
ちなみに、旅で見て回った建造物の全体像から詳細な部分まで全部記憶している。
カメラアイと言われる瞬間記憶能力を生まれつき持っていたからだ。ブサイクな俺を可哀そうだと思った神様からの贈り物だと思っている。
とまあ、こんなことを考えているのには訳がある。
「この田舎景色も久しぶりだな……何も変わっていない」
夕焼け空の中、車を運転しながらそう呟いた。
俺は今、久しぶりに日本の実家へ帰っている最中だ。これから両親と祖父母に会うことになる。
ということは「結婚はどうした」、「孫の顔が見たい」など必ず言われることになる。思わず、自分の人生を見返してしまったのはこれが原因だ。
少しだけ憂鬱な気分で運転していると、見覚えのある神社の階段前に二人組のおばあちゃんが座っていた。
「あら、海堂君じゃないかい。久しぶりだねぇ」
「あらほんと、仁ちゃん久しぶり」
車を停めると俺に気づいたようで挨拶をしてきた。
「お久しぶりです、カヨさんチヨさん」
懐かしい人を見つけて思わず顔がほころぶ。
「いつの間に帰ってきてたんだい?」
「今日アメリカから帰国したばかりですよ。今から実家に行くんです」
「そうかいそうかい。ゆっくりしていきな」
そう言うと二人は立ち上がって家に帰っていった。
「……しかしこの神社、懐かしいなぁ。昔はよくここで遊んだっけ」
せっかくなので、ちょっと寄り道することにした。
中年男には辛い階段を上りきると小さな神社が見えた。鳥居には樹海神社と書いてある。
賽銭箱の前に立つと、小銭を切らしていたため一万円を豪快に捻じ込み、しっかりと二礼二拍手一礼をする。
「よし! これでご利益ばっちりだろ」
満足して階段を降りようとしたその瞬間、背中を押される感覚がした。
「……えっ?」
――そして大地に叩きつけられる音が響いた。
「ぁ、ぁ……」
息ができない、全身が痛い、何が起きた?
お腹と背中に違和感がある。力を振り絞り、肩越しに背中を見てみると、太い木の枝が突き刺さっていた。
心の中に恐怖と怒りが一気に湧いてくる。
どういうことだよ! 一万円もあげたのに、全くご利益ないじゃないか。
ていうかこの神社、絶対に呪われている。そもそも階段にこんな太い枝は落ちてなかったはずだ。
――少しずつ視界が暗くなってきた。
……もうこのまま死ぬしかないのか。
俺は自分の人生に全く満足できていなかった。
事業を立ち上げて成功し、多くの利益を上げた。趣味の旅や芸術、学問も楽しむことができた。
……ブサイクすぎて恋愛はダメだったけど。
結局、俺は何をしたかったのだろう。やはり結婚したかったのだろうか。
もしくは政治家というか権力者にでもなればよかったかもしれない。
――これが一番しっくりきた。
事実、俺は経営者という人の上に立つ仕事を選んだ。心の奥底にある野心が無意識に選ばせたのかもしれない。
「……ち……くしょ……う」
悔しかった。せっかくやりたいことに気づいたのに、何もできずに死んでいくなんて。
『自然・侵略・支配・生命・吸収・放出・循環・情報・記憶・再生・浄化・調和・繁栄……』
意識が途切れかける中、最後に何者かの言葉を聞いたような気がした。
海堂仁は死んだ。彼の肉体からは魂が抜けだし、このまま空へと向かうはずであった。
しかしこの時、何の因果か彼の魂は時空のひずみに飲み込まれ、世界の壁を越えて別の世界へとたどり着く。
そして、彼の魂は死んだばかりの赤子に宿り、定着した。
――彼は転生したのだった。
今日はお昼と夕方、夜に連続投稿します。
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