さっか
その冬、一冊の本が出た。表紙には茜色の夕焼けに、黒い二つのシルエット。帯の煽り文句には「現役高校生が描き出す、リアルな青春劇」というキラキラした言葉が踊っていた。作者は朽代蓮、17歳。
あの人に送るためにだけ作った、僕の名前だ。
「先生、ねぇ先生。定期テストがあって忙しかったというのは重々承知しています。けれども締め切りを破っていいという口実にはならないって前々から言ってきましたよねぇ…?」
粘着質な声が背中から降ってくる。はっきり言って気持ちが悪い。普段ならば嫌味のか一つでも返すところなのだけれども、2徹目に突入した今、僕にその元気は残念ながら残っていない。黙ってキーボードの上で手を動かすことが精一杯という、なんとも情けない状況だった。
粘着スライム、いや失敬、僕の担当編集である倉島さんは、2日前からずっと僕の家に出入りしては催促をしてくる。初めて会った時からずっとこんな調子なものだから、編集者ってみんなこんな風に変わっているのかと内心ビクビクしていた。よく考えたら作家なんて職業に就く人間なんてものはみんなおかしいのだから、それに付き合える編集者というのもまた、普通の人間ではやっていけない職業なのだろう。という多方面に失礼なことを考えながら手をうごかす。ブラインドタッチで文章が打てるようになったのは、一体いつからだったろうか、高校生として、かなり役に立たないスキルだなぁと思ったら、ちょっと笑えて、泣けた。僕の描く青春は、僕には縁の無い世界っていう矛盾が。
午前3時、なんとか物語の終末を書き終え、倉島さんに提出する。
「お疲れ様でした、次からはもう少し余裕を持っていただけると双方にとって大変ありがたいです。」
去り際だけはあっさりと、倉島さんは部屋から出て行った。玄関のドアが閉まる音と同時に、全身から緊張感が抜けていくのがわかる。今日は学校、サボろうかな…。布団に潜って目を閉じたのと睡魔に襲われたのはほぼ同時だった。
「おーきーて、お兄ちゃん、おーきーて!」
遠くから声がする。やめてくれ、せっかく原稿上がったんだ、もう少し寝かせてくれ。
「起きろぉ!」
鳩尾に鈍い衝撃。
「おまっ、その起こし方やめろって言ったろ…。口から内臓が出るかと思った…。」
「だって、この起こし方じゃないと、お兄ちゃん起きないじゃない。」
枕元に並んだ電波時計を指さされる。時刻は七時半を回ったところ。
「うっ、まぁ、確かに…。」
「じゃあね、私もう行くから。鍵よろしく。」
「え、早くない?」
「部活の朝練。昨日言ったでしょ。」
「え、あ、ハイ…。」
妹はドアをバタンと閉めると、荒々しく床を踏み鳴らして出ていってしまった。
ベットからゆっくりと体を起こす。昨日、いや日付的には今日なのだけれども、モニターと睨めっこをしtれた影響か、目の奥がズキズキと痛かった。
窓を開ける。朝の日差しすらキツいって、吸血鬼にでもなったのか。センスのない自虐を、笑っていられる余裕すら残念ながらなかった。