思い通りにいかないのが人生
あの話し合いから一週間後、さらに仲良くなったおれとアンリがチェスのようなボードゲームをしているとレクスさんがおれ達を演習場に呼び出した。
コレット侯爵家の演習場はレクスさんに師事したいという騎士団が後を絶たないため十個師団がきても十分な広さを持つ。
いつも剣戟が鳴りやまない演習場は今日は中央に人形とマニラさんがいるだけで静寂に包まれている。
「来ましたね~。 じゃあ儀式を始めましょ~」
「儀式? 何をするんです~?」
「人形に歌を封じ込めて依代にするんだよ」
この儀式は祈りとともに歌を人形に込めることで魂の器を創るというものなのだとか。
そのときに外見も好きに変えられるらしいと言うので流石異世界と思っていると、アンリがやりたそうにしているのがわかった。
「それ、やってみたいんですけど伊織さん、いいですか?」
(了解。かっこいいのを頼むよ?)
「ありがとうございます~」
「じゃあ始めるよ。アンリは人形に触れて創りたい外見を思い浮かべるんだ。そうすれば人形の姿が変わっていくからね」
アンリが人形に触れた一拍あと、マニラさんとレクスさんが歌い始めた。
マニラさんの高音とレクスさんの低音奏でる心地よいハーモニーに聞き惚れていると人形が淡く光り宙に浮いた。
それを見た二人がこれでどうだと言わんばかりに声を響かせるとカッと光が強くなり思わずおれは目を瞑ったが、視界は白く包まれ……
―――――――――――
人形に触れながら思い出すのは一週間前のこと。
思わず笑ってしまったわ。前々からの私の願いがついに叶うんですから。
伊織君は気づいていないみたいだけど私が五歳にしては言葉も思考もはっきりしているのは私も転生者だから。
せっかく転生というワクワクする体験をしたのに待っていたのは冒険も変化もないただの日常。
もちろんのんびりすることも嫌いじゃないけど、せっかくの異世界ならワクワクすることをしたいじゃない?
だから伊織君には悪いけど自由にさせてあげられないかな。さぁ、手回ししておかないと。
「お父さま、お母さま、お願いがあるのですが……」
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光が収まったので目を開けると、さすがに疲れたのか大きく息を吐いているマニラさんとレクスさん、そして俺に毛布を掛けてくれているアンリの姿があった。
「どうやら成功したみた……い?」
語尾が疑問形になってしまったのは声に違和感があったからだ。声が男ではありえないほど高い。
気になって身体を確認すると、背は低く腕は驚くほど細い。少し力を籠めたら折れてしまいそうだ。
そこまで確認したところで嫌な予感をおれは感じた。
「アンリ……鏡、貸してくれない?」
と震え声でいい、渡された手鏡を覗くとマニラさんのような髪と目をした美少女がそこにいた。
マニラさんと違う点は少し目が鋭いくらいか。呆然としているおれにアンリがとんでもないことを言い出した。
「私のお願いを叶えるために必要だったので女の子にしちゃいました~」
「お、お願いって……?」
「私の妹になって欲しいんですよ~。だって妹って可愛いじゃないですか。でも忙しいお父さまとお母さまには頼みづらいじゃないですよね。だから伊織さんの身体が欲しいっていうお願いは渡りに船だったんです~」
「ええっと、それは二人には……?」
「もちろん話してありますよ~。お二人とも子供が増えることになって喜んでいました~」
「うぅ……仕方ない、約束だしおれはアンリの妹になるよ」
「おれではないでしょ~。それとお姉ちゃん、ですよ~?」
「わかったよ、お、お姉ちゃん」
そういうおれの顔は恐らく真っ赤になっているだろう。それを見た三人が微笑んでいるのをみてさらに頬が熱くなるのを感じる。
「明日から大変ですよ~。礼儀作法をみっちり学ぶんですから~」
「が、頑張るよ……」
「周りにはアンリの一つ下の妹だと周知しておくよ。しばらくは疑われるかもしれないが、そのうち別のことに興味が向くだろう」
「わかりました。よろしくお願いします、父さん、母さん」
そう言うと二人は驚いた顔をした後笑っておれを撫でた。
「それで、名前なんですけど、「エルミリー・コレット」と名乗ってください~」
「そういえば日本の名前は使えないのか。エルミリー・コレットね、了解」
「さあ、そろそろ家へ帰ろうか。 エルもいつまでも裸でいるわけにはいかないだろう?」
女の身体になったことに気を取られて忘れていたがもともと服を着ていない人形だったので今おれは毛布を羽織っただけの姿だ。ん? エル?
「今エルって言いませんでしたか? 父さん」
「ああ。エルミリーだから愛称はエルだろう?」
愛称か、確かに異世界や海外の名前は長くて呼びづらいこともあるからなと納得しながら屋敷へ向かって数歩進んだところでアンリが普段通りの口調で、
「あぁ、エルにはまだ言ってなかったですね~。 私も転生者なんですよ~」
「え?」
と、なんとも締まらない感じでおれの…… いや、私の異世界生活は始まった。