帰ってきた日常
こうして魔導書を完成させた私たちは久しぶりにのんびりとした一日を送っていた。
そもそも今までがおかしかったのだ。授業が終わるとすぐさま演習場か自室に駆け込み特訓や調合に夜中まで取り組むのが毎日続いていたせいでそれが当たり前になっていた。
「エルちゃ~ん、今日は何をしますか~?」
「今日は図書室に籠ろうかな。最近図書室に行く余裕なかったからその分読みたいなって思ってるんだ」
「なら私は会長と特訓でもしようかな~」
「会長と? 二人ともそんなことするくらい仲良かったっけ?」
「最近仲よくさせてもらってるんですよ~。(主にエルちゃん談義で~)」
「え? 最後のほう聞こえなかったんだけどなんて言ったの?」
「何でもありませんよ~。それじゃあ私は行きますね~」
「う、うん。またあとでね」
図書室前でアンリと別れた私はそのまま図書室に入った。相変わらず本が多くて私にとっての天国だなぁと思いながら司書の先生に挨拶をしてこれはという本を探し始めた。
およそ二分後、良さそうな本を見つけて手を伸ばすがエルの身長では手が届かず、こんなの前にもあったなぁと思っていると横合いから手が伸び取りたい本を取ってくれた。
お礼を言おうと思い見上げるといつぞやの美青年がニコニコ笑いながら本を差し出していた。
「奇遇ですね。エルミリーさん」
「そうですね、えっと……オリゲナさん、ですよね?」
「えぇ。覚えていてくれたようで何よりです。その本は歌についての本ですね、エルミリーさんは歌にも興味があるんですか?」
「はい。歌にもいろいろな種類があることは知っていましたがどれくらいの種類があってそれぞれどんな効果があるのかとか魔法を応用して新しい歌を作れないかとか興味の種は尽きないです」
「良いことです。学ぶことを楽しむことは最も人を伸ばします。お節介ですがこんな本も一緒にもんでみてはどうでしょうか」
「これは……魂についての本ですか?」
「歌は心を豊かにします。心とはいろいろな考え方がありますが魂の一部と考えることもありますから役に立つかもしれませんよ」
「なるほど……やってみます。色々ありがとうございます!」
「いえいえ、では失礼しますね」
「いい人だなぁオリゲナさん。見ず知らずの私に優しくしてくれるなんて」
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あの様子だと私のことをかなり信用してくれたようですね。こんなに付入りやすいとは思いもしませんでしたよ。
元々の性格なのかそれともまだまだ子供だということでしょうか。まぁどちらでも構いませんが。
これなら作戦を次の段階へ移行できそうですね。
駒もだいぶ集まってきたことですし彼女の秘密についてもっと知っておかないといざというとき困りますね。
アレは上手くいきませんでしたからね…… 何がいけなかったんでしょうか……
歌に関しては何も問題はなかった。なら素材か歌う者の魔力……ですか。
それについても調べさせないといけませんね………
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「なぁ聞いたか? 最近数時間行方不明になったかと思うとふらっと姿を見せる奴がたくさんいるらしいぞ」
「かくれんぼでも流行ってるのかな?」
「それは違うと思うよ……」
「可能性としては2つですね〜。1つは悪ふざけでサボってる人、もう1つは誘拐からの洗脳という感じですかね〜。私としては後者の方が可能性が高いと思いますよ〜」
「確かに。1人2人ならともかくたくさんの人がサボってるとは考え難い。でも何の目的でどうやってと言われると思いつかないんだよなぁ……」
「気になったとしても授業中にしか起きてないし、私たちまでサボる訳にはいかないから先生たちに任せようよ」
みんなは少し不安そうな顔をしながらも頷いてくれたがそれから数日後……
「え? 先生たちにも同じ現象が起きてるの?」
「あぁ。既に5人以上の先生がその現象に巻き込まれてる。どうなってるんだ一体……」
「全員いるな? 学園長から話があるようだ。集会場に行くぞ」
「何の話かわかりますか?」
「わからん。だが今噂になっている事についてだろう。さぁ、行くぞ」
おかしい、先生はこんな強引に話を切り上げたり高圧的な話し方をしない…… みんなにも注意するように言っておこう。
「みんな、ちょっと話したいことがって何してるの……?」
(何って…… 先生を警戒してるだけだぞ?)
(それでなんで先生に武器を向けたり武器を見えないように隠してるの?)
(怪しい動きをしたら即気絶させようかなと)
(もう! 怪しいだけでホントに先生もそうなのかはわからないんだから必要以上に警戒する必要はないじゃん!)
(何か行動されてからじゃ遅いんだぞ。先手を打たれてるんだ、用心するに越したことはないぞ)
(それは…… そうかもしれないけど……)
警戒する私たちをあざ笑うように何事もなく集会場に集まった私たちだが、明らかに人数が少ない。何かおかしいと思いながら学園長の言葉を待った。
「急に集まってもらってすまない。最近噂になっている事件についてだが首謀者が捕まったのでこうして集まってもらった。首謀者の名は伏せるが3年の生徒だった。
話を聞いたところ単なるいたずらのつもりで広めてみたら予想以上に人が集まって止めることが出来なくなったようだ。
現在首謀者及び参加したものには一か所に集まって監視を行っている。首謀者は退学、それ以外は謹慎という扱いに……なんだ?」
突然バーンという爆発音とともに集会場の壁がビリビリと震える。集会場は混乱した生徒や先生でにわかに騒がしくなる。
悲鳴を上げてしゃがみ込む者、不安そうにあたりを見渡す者、そんな人たちを落ち着かせようと言葉をかける人、まさに混沌という表現が相応しい有様だ。
だが悲惨だったのは外へ逃げようとした人たちだろう。我先にと入口に殺到した人たちはドアに手をかけたところで再びの爆発音とともに吹き飛ばされる。
しんと静まり返った集会場に入ってきたのは明らかに様子のおかしな生徒たちだった。目は虚ろで口からよだれを垂らしながらうなり声をあげゆっくりとこちらに迫ってくる。
「全員こちらの扉から脱出しろ! 先生方、暴れている者の拘束と怪我人の救出を!」
「は、はい!」
帰ってきた穏やかな日常は始まってすぐに何者かによって脅かされ始めている…… 誰が何の目的でこんなことをと思いながら避難し始める私たちだった。




