序、はじめに。
泰平のトウキョウの街にひっそりと佇む建築物がある。
その入り口の前で呆然と立ち尽くしているのは、先日とある探偵社に非正規雇用として雇われた青年であった。
青年が溜息を吐く。
紅が混じる黒髪が風に靡き、青年は隠れるように防寒具の冠帽を深く被った。
今日は天下の日曜日だ。
清々しい程に晴れ渡る晴天が目に悪い。
「……あー」
黄の地に黒文字で「KEEP OUT」と書かれた、テレビドラマで度々拝見する其れを目の前にして彼は何を思ったのだろうか。
意味の乗っていない言葉を漏らした後、取り敢えず自身の画面操作式携帯電話を取り出した。
◇◇◇
数刻前。
一階には小規模小売店、二階には喫茶店が並ぶ其の建築物の三階には、意外にも探偵社が居を構えていた。
名を「近藤探偵社」という。
何某という小さな名探偵が華麗に活躍するあの名番組のように、仰々しく窓硝子に主張しているわけではない。尋ね人に対しては易しくない対応だが、其れが彼らのスタンスである。
「何か事件とか起きないですかね、センパイが困りそうな程度の」
薄橙の髪をした青年が気怠げに呟いた。汚れ一つない白襟の上から飾り気の無い部屋着を羽織っている。足元は革靴に、姿の見えるほっそりとした洋袴と随分と対照的な姿だ。到底仕事人には見えない。
「ふざけるのも顔だけにしろ」
半ば怒り気味な男の声が言った。
目の下に若干の隈を作った男は、休みなく眼前の情報処理機器の入力版を叩いている。
きっちりと黒の礼装を着こなしている辺り、青年と比べて苦労している様にも見て取れた。
「やーまーぐーちーさーん! まずもって、どうして僕たちは事務所に居るんですかね、日曜日ですよ、日曜日! 天下の日曜日! 帰りたい! 僕が何をしたって言うんだろう! ああ疲れた! ほら、向こうに水色のカバが見える! ねえ山口さん!」
男は無言で傍にあった辞典を掴む。
其れを青年の頭上目掛けて大きく振りかぶり、角を振り下ろすと、青年は「ひっ」と悲鳴を上げて一時だけ昏睡した。
「そもそも、俺たちがこうして休日出勤を余儀なくされてんのはな、てめぇの仕業だぞ、折田! ちったぁ反省しやがれ!」
山口さん、と呼ばれた男が拳を戦慄かせて、またひとつ振り下ろした。
「痛い!」折田が叫ぶ。
「ひどい! パワーハラスメントだ! 首折れたので慰謝料ください! いっしゃっりょう! いっしゃっりょう!」
「あーーーーうるせぇ!!」
二人は普段からこうだった。
否、本来ならば外野の仕事仲間達が呑気に仲裁に入るのだが、今日はそんな彼らが居ない。
何せ、日曜日だからだ。
その事実だけで山口は一層不機嫌になる。
折田は其れが堪らなく可笑しくて、馬鹿にしたように笑うのだった。
【事件ファイル002】2019.11.03
数ヶ月前の暑さが嘘のように感じる程に冷え込んできた秋の頃、各位如何お過ごしでしょうか。それはさて置き、序幕を閲覧していただきありがとうございました。この物語は先に投稿しておりました「袖振り合うも誠の縁~新選組奇譚~」を元にして書いております。今回は歴史だの時代だのはさておいて、彼らの日常や事件を中心に書いていけたらなぁと思っています。正直手探りです。プロットはまた後から書きます。
はい。
冬はもうすぐ目の前です。風邪を召されませんようお気をつけください。一番気をつけるべきは私です。気をつけます。
ではでは。
002担当:喜岡千路