契約
(今回の話は、シルト目線です)
タケルとユイカは街へ向けて駆け出した。
「私が私でいるうちに、少しでも街から遠くへ逃げなければ...」
神経が切れたのか、世代交代による麻酔効果なのか、下半身に力が入らない。そして、有り得ない角度へとへしゃげた足も全く痛くない。
完全にお荷物となった下半身を引き摺り、懸命に森の奥を目指す。
なぜタケルは死神を殺せたのかしら...
死神には特殊能力がある。
神の能力、#神能__しんのう__#と呼ぶべきか。
それは、「魔法攻撃、物理攻撃によるダメージ無効」である。
つまりは、人間が何をした所で死神に勝つ事は出来ないのである。
では、どのような場合で死神が死ぬのか。
死神族には、死神族にのみ操れる魔法がある。それが死神族の唯一の弱点だ。
このことを考慮すると、タケルは死神族という事になる。
死神族は自我を持たないはず...それに、タケルはこの前小石に躓いて転び、膝を擦りむいたはずなのだけれど...
もちろん、死神族にも自我に近いものは持ち合わせているが、“自分がルールで意にそぐわない相手は誰であろうと殺す”それが死神族。
また、小石に躓いて転び、血が出た事。それはタケルが死神族ではない事の証明となるのだ。
そんな事を考えながら森を這い進む。
「どうしたのかしら。体が軽い...」
へしゃげた足も元に戻ってきている。
誰かの声がする。否、脳内に直接木霊する声だ。
「汝は死神に選ばれた。ここで我と契約を結び、今日より最低10年間、死神として役目を果たしてもらう。良いな? 」
その声はとても低く、声だけでも威圧感を放っている。
「丁重にお断りさせていただくわ。それに10年? 死神は人間を殺すと世代交代をすると聞いていたのだけれど」
「うむ。汝のように勘違いをした者は多い。我と汝との契約はーーいや、契約書がある。職務内容や契約内容はそれを自分で読むと良い」
頭の中に、声の主が言うところの「契約書」が思い浮かぶ。
ー契約書ー
・契約者は閻魔より死因子を受け取る。
・死因子は契約満了後に閻魔へ返却せねばならない。
・契約期間中に、閻魔及び閻魔ファミリーへの反逆行為を行った場合は無空間での禁錮1億年とする。
・死因子は如何なる場合でも私的に利用してはならない。
・本契約は500年間有効である。
・契約者が契約解除を求める場合、契約日より10年経過後に初めて殺した者と世代交代をする。
・世代交代の相手は、契約者が自由に決めて良い。
ー職務内容ー
・閻魔より指定された人物を地獄へ誘導する。
なお、指定された人物が誘導を拒否する場合は殺しても構わない。
・閻魔より指示された国や地域を全滅させる。
・閻魔より指定された死神を殺戮する。
・その他、閻魔より指示された執務を執行する。
ー報酬ー
閻魔、及び閻魔ファミリーによる厳正なる審査により決定する。
「やってくれるな? 」
「先程、お断りしーーーーッ!! 」
全身を電流が駆け巡る。
例えるなら雷が落ちた状況と同じだ。
全身を焼き焦がす痛みに、息を吸えなくなる。
「やってくれるな? 」
「嫌よ...」
「我は寛大だ。汝に選択肢を与えよう。
ひとつ、我と契約を結ばない代わりにサトウ・タケルとミズマチ・ユイカを地獄行きとする。
ふたつ、サトウ・タケルとミズマチ・ユイカには手を出さない代わり、汝は契約を結ぶ。選べ」
チンピラやザコ敵が言うようなセリフを吐いてくるが、声の主には圧倒的な威圧感がある。
そして、脅しではなく実行する権利も有しているように見える。
「どちらもお断りするわ。私は死神にもならないし、あの子達を地獄行きになどさせない」
「誰を天国へ送り、誰を地獄へ落とすかは我のさじ加減なのだが...」
卑怯の極だ。
愛する仲間を引き合いに出されては断れない。
「分かったわ。あなたと契約を結ぶ」
「良いだろう。では、こちらの世界へ来い」
その刹那、意識が薄れ、気がつくと私は血腥い広間で横たわっていた。