狙いは○○
また思い付いたので書きました。後悔はない。
――砂漠で散歩をする男の前に、男のペットを奪う女が現れた。
とある砂漠地帯。そこにあるものは堆く積もった100ヘクタールほどの黄土色の砂、砂、砂。そこには当然人は住んでいないし、生き物もこの地帯で適応した特殊な生物でなければいないも同然である。
「おーい、元気かー熨っ斗ー(のっしー)」
だがそんな砂漠の中心部で一人。頭がカエル、胴体がゴリラ、手が象、足がイグアナ、尻尾がライオンの合成獣を引き連れた男が歩いていた。眼は常時眠たげで、尻のラインが破けたジーパンとワイシャツを着て、首輪を合成獣に繋げて、いつも以上に楽しそうに鼻歌を歌っている。
昨日の学校の帰り道に出会った合成獣ことノッシーにスマートフォンを魅せながら、散歩コースを探し当てたのだが…それまさか砂漠だとは思わなかった。
――ジャウジャウ!
「おー、楽しいかそうか…」
だが心なしか元気に吠えている所を見ると、ノッシーも楽しいのだろう。男も頑張って砂漠地帯に来たことに漸く喜びを覚え始めた。昨日、両親はもちろんペットを飼うのに反対したのだが、男の綺麗なパーフェクトスライディング土下座の前に思わず許可を下した。結果生まれて初めてペットを飼うに至った男は、今どんなところに行ってでもノッシーと散歩に行きたかったのだ。
「なあ…今度はどこに散歩に行こうか。奇跡的に家から近かった砂漠だったけど、…できればもっと普通のコースがいいな………って。あれ?」
だがのんびり話していた男の握られた紐の先に、ノッシーの姿はなかった。
「どこだ! ノッシー!」
男は必死に辺りを見渡す。だがそういう時に限って突風が男の周りを荒らし始め、砂一面の視界の中でノッシーを探すことは不可能を極めた。男は懸命にペットの名を叫ぶ。すると――
「うっさいわねえ! いい加減諦めなさい!」
その時。斜め左上に甲高い声が響いた。砂嵐は止み、漸く視界が開けたかと思い視線をそちらに向けた男は、驚愕した。
「お前…持てるのか? ノッシー」
体長三メートル。高さ八十センチのノッシーの胴体にしがみつく、不思議な格好をした女が現れた。同世代くらいの背丈で、腹見せ服を着ている。そして男を睨みつけ、暴れるノッシーを必死に逃がさないように抱き留めながら…
「! 本当よ! 何でこんなに大きいのよ。本で見た時より十倍も大きいじゃない! ハアハア…」
抑え続ける体力はないようだ。だがそれでも離さない女に、男は呆れ顔で言った。
「諦めて返しなさい。今返したら許してあげるから…」
「い・や・よ! こいつを売って金にするんだから!」
「…え?」
女の口から出た衝撃の一言に、男は驚愕の口を開けた。
「こいつは希少種よ。複数の動物を掛け合わせて作られた奇跡の動物。それを売れば…私のお母さんの病気はすぐに治るんだから…!」
「めっちゃいい子じゃん…」
「だったらこのまま見逃して!」
とても真剣な眼差しで言っていることから見て、本当の事なのだろう。だがしかし、男にも譲れないものがある。頭を振って負けじと反論する。
「俺だって…念願のペットを飼えたんだ。絶対にノッシーと一生を添い遂げるほどの友情を育むんだ!」
「別のペットでいいでしょ」
「あ。…いやいやノッシーがいい!」
「駄々こねないの。譲って」
「いやいやいやー!」
何故か立場が逆転したような展開だが、とにかく男は決して曲げることはなかった。女は暫し考えた後、はたといい案を思いついた。それは男を油断させ、隙あらば逃げる。一番手っ取り早い作戦だ。すぐさまその作戦にうつ――
「待ちなさい!」
男女の後方、結構離れた砂漠の丘でメリケンサックの頭をしたオネエが現れた。服はナイロン製の長袖長ズボンの服を着た厚着スタイル。目の周りに髪色と同じ紫の何かを塗ったオネエは、男女に向かって人差指を突き立てて言った。
「その合成獣を渡しなさい!」
「な!」
「に!」
オネエの言葉に男女は声を合わせて叫んだ。だがオネエの言葉は止まらない。
「私の妹を治すためには、その合成獣の細胞が必要なのよ! 火の玉ドッバーン!」
最後に言い放った呪文を唱えると、オネエの周りから文字通り火の玉が幾つも現れたかと思えば、一斉に男女に向かって突っ込んでいった。男女は必死に逃げようと周りを見渡すが、いち早く男女の周りに着地した火の玉が爆発し、逃げる間もなく吹っ飛ばされた。
「いってて…」
「あいったぁい…」
二人は同じ方向に吹っ飛ばされたことで、男が女の上に覆い被さるような形になっていた。女も仰向け状態であるため、なんだか抱き合っているような恋人気分である。…だがそれは二人が愛し合っているから成立するからして…他人同士がこの状態になれば…
「あんたどこ触ってんのよ! 変態!」
「はあ! それはこっちのセリフだろ! どこの玉に膝置いてんだー!」
「は…はあ!?」
女は顔を真っ赤にさせながら右膝の方を見ると、ちょうど男の股間にくの字の足が密着していた。女は「ぎゃああ!」と絶叫を上げながら、男を吹っ飛ばそうとしたその時――
――ドーン!
火の玉が男の後方近くに着弾、後爆発した。爆風が男の背中を押す。吹っ飛ばそうと男の両肩に当てた女の手が滑る。女の膝から男の股間が滑る。
そして――
――ブチュウ~
キスをした。それも猛烈に熱いディープキスレベルのやつを…。二人は大きな目を見合わせながら、今自分が置かれた状況を凝視する。五秒後、すぐにやばいと察した女が男を漸く突き飛ばして、嗚咽を吐きながら悶絶した。
「うえええ…おうえ…い゛や゛ああ~もういや~」
「お…おお俺だってなあ! 好きでもないやつととととっ!」
嗚咽の女に、激しく動揺する男。二人は思い思いの態度をしながら睨み合う。だがふと口元を見た瞬間、キスの事を思い出して、思わず視線を逸らす。互いに生まれて初めてのキス。ずっと大好きになる人の為に取っておいたキス。それをあんな奴に奪われるなんて…。
と、男はふとノッシーを取られた事を思い出した。そしてやってやったぞというしたり顔で女を一瞥して言う。
「奪ってやったぜ、お前の初チュー」
「なっ!」
「お前にノッシーを奪われたんだ。これくらい…」
「わわわっ私が初キスだってなんでわかったのよ!」
「え…?」
どや顔で言い放った男は、まさかの図星だったことに驚いた。女は顔を真っ赤にさせながら男を再度睨みつける。
「さいっていよ…白馬の王子様とキスするはずだったのにー!」
「…いや、それはない」
「ちょっと何冷静に反論するのよ! 馬鹿!」
「バカはお前だ」
「な…っ」
ああ言えばこう言う。二人は互いに睨み合いながら、口論を続けようとした。
その時、今度は男女に向かって左側に分厚い白ローブを着た長髪女性が現れた。人差し指をビシッと突き立てこう言い放つ。
「そこの女性の方!」
「え…? 何よ!」
睨み合いの中で横入りしてきた長髪女性を睨んで叫ぶ。だが長髪女性は更に続けた。
「あなたの唇を奪いに来ました」
「…ええ?」
「あなたと口づけを交わすことで、あなたとその方は途轍もないパワーを手に入れるのです! あなたを手に入れ、私は最強の戦士になるのです!」
「もう…意味わかんない…」
女は睨む気力も失せへたり込む。男も更に現れた刺客を前に、少しだ下同情した顔で見つめる。…ん? ちょっと待てよ? と男は長髪女性の言葉をもう一度思い出すと、改めて自分の手足を動かし始める。
「おお! 本当だ。何だか強くなった気がするー」
「嘘。そんなはずないもん…」
「いや嘘じゃないって…」
「そこの男子―!」
「! 今度は俺?」
更に三人目のおっさんが男の方を指さして言い放つ。男は呆れ顔で右方先のおっさんに目を向ける。
「そうだ! そこの男子とキスをしたものは、無限の美を手に入れる。俺はお前とキスをして無限の筋肉美を手に入れるぞー!」
…ゾワゾワっと、おっさんの唇と自分の唇が合わさる想像をした男は、全身から悪寒を走らせた。考えなければいいものを、男はさきほどの女と同じように嗚咽を吐いて地面に突っ伏した。女は男に同情しながらも、ふとおっさんの言葉を思い浮かべる。
「(無限の美…ってことは…!)ねえ…ちょっとこっち向いて?」
「え?」
――チュッ
「!!??」
女は顔を上げた男と再びキスを交わした。今度はフレンチ・キスだが、女は満足げに男を見つめながらこう言った。
「美か~。こんなに簡単に手に入るんだったらいいかも。顔も悪くないし…」
「…って! 何を!」
「ねえ。私美人になった?」
「し知らん!」
また男女がいちゃつき始めたことに、三人の刺客が怒りを露にした。
「ちょっと無視しないでよ!」
「そうです! おとなしく私と口づけを…私を最強の戦士に!」
「俺の筋肉の糧となれー!」
三人は思い思いの力を使い火の玉、蜂の毒針、剣の威圧斬りを放った。男女は自分達に向かってくる三方向の攻撃に気が付くが、遅い。三つの攻撃は瞬く間に大きな爆炎と爆風を生んだ。
――だが、
「あれ?」
「…私達…生きて…!?」
男女は抱き合いながら自分たちの生存に驚く。そして視界を広げると、その光景に驚いた男が叫ぶ。
「ノッシー!」
先ほどの攻撃により生まれた傷だらけのノッシーが、こちらを振り向くと弱弱しくジャウジャウと吠えた。男は涙を流しながらノッシーを抱き締める。女も感化するように涙を流しノッシーに自分の頬をスリスリさせる。
「ありがとうノッシー。勝手に捕ろうとしてごめんね」
――ジャウン!
「いいよってさ。よかったな。…えっと――」
「ダイラ・ミカドよ。あなたは?」
「損得正志。これからどうする?」
「それは…」
ダイラは暫し考えた後、ニヤリと笑って正志を見た。正志もそんなダイラの考えを察したかのように笑い返すと、勢いよくノッシーの背に乗って、ダイラに手を伸ばした。
「一緒に逃げる?」
綺麗に磨き上げられた歯を見せ言う正志に、ダイラは少しだけおかしそうに笑って正志の手を掴んだ。正志の後ろにダイラが乗って、ノッシーは一声して走り出す。三者三攻撃を避けながら、二人と一匹は砂漠を走る。意外とノッシーの走るスピード早く、初めて感じる気持ちの良いスピードに、正志が叫ぶ。
「やっほーい! 楽しいぜこれ!」
「ねえ!」
「あ?」
「今から私の妹の所に行かない?」
「! まさかまだあきらめてないのかよ! 絶対にノッシーは渡さないからなー!」
「ううん違うの。もし私とあんたのキスの力があれば…あんたは強い男に、私は美女になれるわけだから…」
「はっ! コンテストに出て賞金をがっぽり…」
ダイラは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「そ。私とあんたならすぐに一番になれちゃうかも」
「そうか?」
「そうそう! だからさ…妹が元気になったらあんたの町に行ってもいい?」
「…いいぜ。またこうしてノッシーの背に乗って探検だな」
正志とダイラは新たなる目標を胸に、砂漠の中心をノッシーの背の上で語り合うのであった。
現実世界と変なものが混ざった世界ですが、楽しめたなら嬉しいです。短編はちょくちょく書いてますので、作者名で探すといいです。長編も五作品くらい書いています。現在は三作品を主に書いていますので、よろしければ読見していただければ幸いです。