少女は高笑う。
猫がかわいい。
猫がかわいい。
寝起きのフトンで猫が丸まって寝てる。
ミケランジェロは
「君、寝ながら全身なで回すのやめてくれないか?」
やっぱり、ミケランジェロは嫌いだと思う。
「ついに工事が終了したみたいだな」
赤黒い空間の玉座に座った少女は金髪、ツインテールを誇り、胸はペッタン。つり目の機嫌良く笑う少女だ。年齢12才ほどだろうか。
編み上げた長いブーツの足を組み、肩の出た服を着ている。赤と黒のレースを使ったゴスロリファッションだ。スカートは短い。
その玉座の下で
「メアリ様。そうして足を組まれますと、見えますが……」
メガネをクイッあげた仕事のできそうな女がそう言った。
この場に似つかわしくないスーツにざっくりと胸元のあいたシャツ。赤いフレームのメガネ。網タイツ。
メアリは
「ドロシーはすぐそんな事言う……」
気まずそうに組んだ足をおろし、きちんとそろえた。
ドロシーと呼ばれた女は
「ええ。女たるもの、気を付けないといけないのです。わかりますか?」
メアリはムスーっとしつつ、
「それで、何で変な格好してるの?」
ドロシーはメガネをクイッとあげ、
「これは人間の世界でセクシーとされるエロ教師風のファッション。これから行く人間界の服装に合わせるのがベストかと」
エロ教師なら、網タイツで、もはや教師じゃなくなっている。その、ゴスイまでにエロくまとめようというドロシーの服装は、普段ビキニとかに準ずる服装の彼女なりのポリシーだ。
人のパンチラをとやかく言うような服装なんてしてないのだ。
メアリは
「私はこれで行く」
まさか、自分にも用意してるなんて言われるんじゃないかと先手を打っていったら、
「あら、体操服とか言うの御用意しましたのに」
「いらん」
メアリは言葉の響きでそれが着てはならぬ事を察した。
勘のいい小娘は、
「それで、最初の話、工事は完成したのかって話だ」
さらっと流された話題をもう一度掘り返した。
やっと思い出したドロシーは
「ああ、でも小賢しい事に、結界がはってあるようです。どうやら次元パトロールの警備兵にすぐに見つかったようですわね」
無駄に腕を組んでみせる。
プルンとシャツからのぞいた膨らみが盛り上がった。メアリは、それにイラッとしながら
「なら、まだ遊びにいけないってことか」
そしたら、
「いえ、どうやらキチンと修繕できてないためか、デコピン一発で消える結界のようです」
そしたら
メアリは
「なら問題なくね⁉」
ドロシーは今気づいた……と言った顔で
「そうですわね。」
こうして、二人は立ち上がった。
ここは台所。朝のひと時、学校に行く準備も済ませた颯真は、パキッと缶詰めを開ける。
近くで猫がパアアアァっと輝く。人がいるのでミケランジェロは喋らない。
ただのかわいいになり下がった猫に餌をあげる颯真のデレッとした内面で、顔だけ引き締めている。
その時
ブーブーブー
颯真はハッとする。猫もハッとする。そして、猫の悲しそうな視線を尻目に、缶詰めにラップをして、冷蔵庫に突っ込んだ。
「ほら、学校始まる前にサクッとやるぞ」
そしたら猫は
「……にゃーん」
悲しそうに鳴いた。
制服をカチッと着た颯真は、やれやれと、駆けつけ、襟首の辺りを緩めた。
電柱の影から遠く見ると、誰かいる。どうやら女らしい。民間人のようだ。片方はスーツを着ているし、隣のちっちゃいのは多少おかしいが、ゴスロリってやつだろうか。
ミケランジェロは
「あいつら……魔の障気を放ってる。魔界の者だ」
颯真は
(えっ、女殴るのか……?)
ミケランジェロは
「さぁ、颯真‼変身だ」
「勘弁してくれーーー‼」
女の前であんな格好嫌だ。
ミケランジェロは
「あいつら、普通に見えるけど、すごい魔力だ。気を引き締めてかかってくれ。
「嫌だ‼女なんて殴れない‼」
颯真は母と妹がいる全うな女に優しい男なのだ。
ごねる颯真に、ミケランジェロは
「魔法少女、ティンクルスター」
飛び込んできた。同時に光がやく風が吹く。
「てめぇ、あの恥ずかしい呪文言わなくても変身できるのかよ‼」
(ああ、あれは形式的なものだ)
猫の心とリンクした声ががうっすら聞こえる。
今に覚えてろ‼
颯真が内心毒づいていると、変身は完成した。
颯真は、ぴらぴらしたスカートのすそをギュっと握り込む。変身したとたん、下からのアングルで撮られているらしい。その恐ろしい気配がどこから来るのかは颯真にはわからない。
(颯真。パンチラなんて気にしてる暇はない。奴等が気づいた)
なんと、さっきのハデな演出の変身のせいでこっち見て、すごいびっくりしてる。
こうして結界からも遠く、電柱の影にいる、女装した男は怖かろう。自虐的に颯真は思った。
見つかったのだから、もう仕方ない。颯真は有刺鉄線のリングのロープをくぐるように中に入り、
「怪しい者じゃない」
脅えた視線を送る二人の女に向き直った。怪しい者に怪しくないと言われた心理を思うと、颯真も心が痛む。
少女、メアリは
「こ……この世界は、まさか、お……男がスカートはくのか⁉」
隣のキチッとした女、ドロシーは
「いいえ。あれは変態ね」
さっそくなじられている。颯真の心は折れそうだ。
猫が
(颯真。あいつ等魔界の住人だ。さっさと穴にほりこんで帰せば、颯真の犯罪まがいの女装なんて黙殺できる)
お前は黙れ‼
颯真は猫とリンクした心の声で叫ぶ。
しかし、二人の女は言葉が通じるようだ。脅えてはいるが、今までの奴等みたいに襲ってはこない。
颯真は
「まぁ、警戒するのもわかる。俺はとある事情でこうして魔界に通じる穴を修繕している。この格好もしたくてしている訳じゃない。これじゃないといけないらしく、半分脅されてこれをやっている」
できるだけ警戒しないように語りかけた。
(脅しだなんて。僕がいつ脅した?)
石埋め込んで、えぐらないと取れないとか、死人出さないようにとか、脅しだろ‼
(なるほど。そうとも言えなくないね)
猫は納得したようだ。
少女な方は、怖いものを見るように、背の高い女を何度も見ている。かわいそうに。変な物を見たなんて忘れて、魔界に帰ってほしい。
ドロシーは
「あなた、意外になかなかいい男ね」
女はどうやらマイペースのようだ。
メアリは
「話しかけると口が腐るぞ」
思ったより辛辣なようだ。
颯真は
「脅えさせてすまない。できれはこうして言葉の通じる者と戦いたくはない。特に女性は、大切にするものと、母からの教わっている。見たところ、悪い人達とは見えない。できたらこのまま帰ってもらえないだろうか」
変態のような外見を謝罪した上で、交渉を試みた。格好の割りに真人間の男に少しは警戒が緩んだらしい。が、
ドロシーは
「いいえ。ここに起点に私達魔族は人間の世界を支配する。そして、人間すべて奴隷として労働力として駆り出すわ。あなたも人間ね。最初の奴隷として、まずはこのハイヒールとか言う靴でお尻を蹴ってあげましょうか?」
助けてくれーーーーーなんかこの女怖いっ‼
(ドロシーだ。魔帝の三柱が1人。)
メアリが
「やめろ。変態の尻なんて蹴ってなんになる‼」
あっ、女の子の方はまともだ。
颯真は助け船とばかりにそれに乗っかる
「俺もそう思う。できれば蹴らないでもらいたい。名乗るのが遅れた。俺は中村 颯真だ」
ドロシーは、やらしい事言ってもスルッとかわしてこようとする男に
「颯真ね。かわいい男の子。そういった子は好きだわ。私はドロシー。こっちの子供は魔帝メアリ」
(魔帝ーーーーーーーーー‼)
猫が叫んだ。ビックリした。叫ぶな。
(颯真、逃げるんだ。この戦い、絶対勝てない)
何だって‼
(魔帝がこんなロリロリした少女なんて聞いてない。魔帝は今まで表だった場所に出てこなかった。もうこの世界は終わりだ。諦めて僕は通信切って、そこで煎餅を食べておく。話しかけないでくれ)
ちょ……お前‼
(…………)
くそっ、本当に返事がない。
俺がなんとかしなくては……
颯真は
「魔帝って事は、そっちのメアリちゃん……いや、メアリさんが納得すれば帰ってもらえるのだろうか?」
メアリはササッとドロシーの影に隠れた。その目は変態が何か言ってるって目だ。
こんな妹のようなちいさい女の子が魔帝……
ドロシーが
「ええ。でも納得しないでしょうね。この子はあなたとは話したくもない模様よ」
颯真は少女にかがみ込み
「話…してくれないか?俺が怖いのはわかってる。でも俺にとって君と話すことは大切な事なんだ」
ドキンッ
少女のプイッと横向いた視線が動いた。颯真は少女が安心するように微笑みかける。
「メアリさん。俺と話してほしい」
キラキラーッ
とたんに颯真の周りに点描が飛ぶ。微笑んだ颯真は、頭のおかしな変態から、好青年へと表情を変える。
メアリは
「わわ……私は、話したり……しないんだからねっ‼」
メアリさんだなんて、まるで大人の女性のように呼ばれたのは始めてなのである。メアリが頬を染めた所で
「颯真。これは決まっているの。人間界は私達の手に。そして、颯真、あなたはとりあえず、まず脱がせる事から始めないといけないようね」
「!?」
ドロシーの手に、トゲのついたムチが握られる。
それを振り上げた。
ピシイイィィッ
颯真のスカートの裾かすめる。危ない。避けなければ、スカートその物がストンと落ちるところだった。
メアリが
「や……やめろ‼まだ私が話してるのに……」
ドロシーはペロッと舌なめずりして
「いいえ。私、もう我慢できないの。そろそろその変態プレイみたいな衣装、1枚ずつ脱がしてもいいでしょう?」
颯真は杖を握る手に力を込める。
「くっ、話しても無駄か」
あんまり、こっちの女はまともとは言えない。女性には手をあげたくないが、この杖で……
「やめろーーー‼話してるって言ってるんだーーー‼」
とたんに
ビシャーーーーーン
落雷。
それが、ドロシーを直撃する。なんか黒く、焦げたドロシー
「申し訳ございません」
え?その程度のダメージ?
メアリはふんっと鼻をならし、
「颯真。お前を私と話したいんだろう?そうだろう?」
颯真は
「いや、話さないとメアリさんが言ったものですから……」
なんか敬語になる。たぶんあの雷、俺に落とされたら感電死する。
メアリは
「話さないなんて言ってない。もっと話しかけろ。一体何を話しかけようというのか?」
グイグイくる。話さないって言ったのに。この子ツンデレか?
このまま帰れって言っても帰らないだろうな……
そう思って
「いや、まだ君の事をよく知らない。君はそんなに若いのに魔帝なんてやっているのかい?」
またしゃがみこむ。
メアリは鼻を高くして
「そうだ。すごいだろ。恐れをなしたか人間」
ツンデレ。調子のり。
颯真は
「そっか。すごいな」
ニコッ
この頃の女の子って妹とみんな同じだな。そう思って見てると
「はわぁ!」
女の子はビクッとした。
ドロシーは、このロリコンキラーの変態まがいな姿をした男に、メアリはときめくんだ。と、冷静な目で見ている。
メアリは
「お……おま……颯真とかいったか?颯真はどうなんだ。何をやってる人なんだ。王子か何かか?」
颯真はフワっと苦笑いして、
「ただの高校生だ。」
そしたら、メアリは
「うわわわあぁぁぁ‼」
元いた穴に飛び込んだ。颯真のニコッて顔、見てられなくなったからだ。
目の前の女の子の奇行に、颯真はビクッとなる。
ドロシーが
「あんまり、小さい子、たらしこんだらダメよ?」
ウインクして、メアリに続き、元いた穴に帰っていった。
それを見届けたら、取り敢えず、
「あっ、シューティングスター」
とりあえずだ。結界張っとこう。
いい仕事をしたようだ。何かよくわからない所もあったけど。
一体、メアリがなぜ帰っていったかはわからない。だが、世界の平和は守られた。
高校生という職業がダッシュで逃げるぐらい何かあるのだろうか?
颯真にはわからない。
しかし、問題だ
「ミケランジェロー。ミケランジェロー」
颯真は呼び掛けた。
通信を切った猫はウンともスンとも言わない。
「俺……学校……」
草原の中に、颯真は立ち尽くした。乾いた風が吹いてくる。その吹き付けてくる風は冷たく、颯真のスカートをパタパと揺らすのだった。
トタンでできた原っぱの片隅にある倉庫で、颯真は膝をかかえる。
烏がカアカアなく頃、通信を着けたのか、
(あれ?まだ生きてたのかい?ラッキーだね)
猫の声がした。
このくそ猫殺すって思った。