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楽しければそれで

作者: 宇野鯨

 

 今日は巷で言う「クリスマス」らしい。

 え?知らないって? ナハハハハ


 安心しろ。

 俺も知らん。



「…お前なんだよ"ナハハハハ"って。あんま心の声だしてっとキモオタがバレるぞ」



「あ?頭にブーメラン刺さってんぞ。あと誰でも"みちこ"の声聞いたら惚れっから」



「うるせぇよ豚。てかなんでお前と今日2人で外歩かなきゃ行けねーんだよ。もっと離れて歩けよ」



「黙れよオッペケペー。お前こそラノベの主人公で擦られそうなステータスしてる癖にそんなこと言っていいのかよ。童貞、低身長、あと何だ?言ってやろうか?」



「あぁ!? 殺すぞお前!! つかお前も身長高いだけで彼女すらできたことねぇじゃねーかよ!!!!」



「は、はぁ!!? おまっ…はぁ!?」



「あとお前"みちこ"とか絶対スナックのママだろうが!!俺にも紹介しろよ!!」



「あぁ来週一緒に行こうなバカ野郎!!あの人冬でもカブトムシ家にいるらしいぞ!!」



「なんだそれ楽しそうだな!てかよ」




「「どうでもいいわ!」」



 琴線に触れたのだろうか、我が生き写しとも言える腐れ縁、成瀬大輝(なるせだいき)は声を荒げた。当然、童貞はブーメランなためしっかりと自分のメンタルに突き刺さった。俺、志田健人(しだけんと)のメンタルに。


 もう、本当に申し訳ない。

 名前を見ればイケメンな俺たちなのに、見た目が本当に残念すぎるなんて。

 例えるならそう、ナナフシと大入道みたいな絵面になる。ちなみに言うが大輝はデブだ。


 もしタイムマシンがあったら俺に名前をつけた親の所まで行って全力で「たろう」か「しじみ」クラスまで降格させてほしい。


 さて。

 たぶんあいつも同じことを思っている。そうだ。実は今日、俺たちに用事があったのだ。いや当たり前だ。なんで理由も無しにコイツの顔見なきゃいけねえんだよ。それこそホ○カッ…なんでもない。



水瀬先輩(みなせせんぱい)って、結局どんなのが好きなんだ?」



「さ、さぁ。知らねえ。てか俺たちに頼むあたりまずオワコンだろうよ」



 実は俺たちはおつかいを頼まれていた。

 それも。少し複雑な感じの。


 俺たちの一個上。三年生の先輩に水瀬寧々(みなせねね)という女子がいる。

 それも、めちゃくちゃ綺麗で、黒髪ショートで、剣道部で、背が高くて、乳がd……、とにかく可愛いのだ!


 あ、別にその人にプレゼントを贈るわけじゃなないぞ?いや、そうなんだけど、ちょっと違う。


 復習しよう。

 美人に食らいつくのはイケメンだ。

 俺たちみたいな陰キャなどに、貸す耳なんてないということ。そこは揺るがない。


 事実、中田先輩っていうイケメンが俺たちにプレゼントを代わりに選ばせるレベル。


 え?



「え?」


「読者に言ってんだよお前じゃねえよ」


「すまん」



 ごほん。なんで俺たちに頼むかって?

 実は水瀬先輩は大のゲーム好きなのだ。意外な話だが、それも事実だ。この前見かけたことがあるが、ゲーセンの手前に置いてある太鼓を持参のバチで演歌を叩いてた時は狂気を覚えた。 って、演歌って合うのか?



「まぁどういうことかっていうと、俺たちゲーマーが水瀬先輩をオトすとっておきの楽しいものを探さなきゃいけないってことなんだよなぁ」



「失敗したら俺たちがスクールカーストからオトされるってこったなナハハ」



「やめろその笑い方やけに耳に残る」



 そう。俺たちは今。

 一風変わったギャルゲーの最中なのだ。

 そもそも女子へのプレゼントにゲームとか中田先輩も薄情だな、と俺は心の中で連ねる。



「さて、本題なんだが。ストIIでいいよな?」


「あぁ。俺もそう思ってたところだ」



 ストII。

 ストッキングファイターズIIの略で、格闘ゲーム界の中では知らない人はいないほどの名作だ。半裸の男たちがストッキングを履いてハメ技を決めていくあたり人を分ける可能性があるが、ゲーム通の水瀬先輩なら大丈夫だ。

 たぶん。



 さて、俺たちは店に入り、ゲームコーナーまで直進した。そして格ゲーのところまで慎重に進み、ストIIのソフトを手に取……



「あっごめんなさい」



 脳死状態だったからか、俺の手がもう1人の手に触れた。…………って!!



「水瀬先輩!!」



「うん?」



「あ、ごめんなさい…」



 大輝とのトーンでいたのか、ついうっかり知ったような口調で返してしまった。当たり前な話だが、あっちは俺たちを知らない。

 てか絶対この人ストII買いに来たろ。また一から練り直さなーーー



「って、え!? ゴーストシャウトの成瀬くんに志田くんじゃない!?」



「え、なんで知って…え!?しかもなんで敬称!?」



 なぜか俺たちを見て水瀬先輩の目が輝いた。

 もう一度言おう。

 なぜか俺たちを見て水瀬先輩の目が輝いた。


 あまりの出来事に俺と大輝は目を見合わせた。そして、キモ顔でニヤけた。



「いやあの…ゴーストシャウトの2人じゃ…」



「わ、分かりましたからクラン名は口にしないでください。くっそ恥ずいです」


「あ、あと敬語大丈夫ですから、その、なんというか、うん」



「ゴーストシャウトの……」



「「言うな!!!」」




 ▽

 △



「えっと…」


「先輩…?」



「いっぱい食べてね!!全額奢るから!」



 今俺たちは得体の知れない陽気なジャズソングが流れている、上から見ても下から見てもオシャレなカフェの一角に背中をすぼめて座っていた。


 そして目の前にはあの水瀬先輩が。

 こんなことがあるのか。否。

 あってはならない。



「(くそ、ニヤけるな俺…。堪えろ。そして機会があれば好きなゲームジャンルを…)」


「(いやいやいやデカすぎだろ)」



 まじめに考え出す大輝に対して、馬鹿げた戯言を抜かしているのが健人だ。

 対抗に座っている水瀬先輩からはあり得ないくらい輝いた視線が送られている。



「もう一度聞くけど、"COD"の世界大会で準優勝の……」



「そ、そうです。間違いないです」


「…詐称されてるのはビジュアルだけ」


「おいうっせえぞ」



 COD。コールオブダイナソー。

 白亜紀にタイムスリップした傭兵たちが恐竜相手に銃撃戦を繰り広げるFPSゲームだ。

 さらに優しく言うと、FPSとは一人称視点のシューティングゲームみたいな感じだ。


 恥ずかしながら俺たちは競技人口2000万人の中で二番目のタイトルを獲得している。でも有名になるかといえばそうじゃなくて、たまにゲームセンターで声をかけられる程度だ。やっぱり顔って大事だ。



「もしかして、次の作品はストIIだったの?」



「あ、それはさっき言ったように(カクカクシカジカ」



 俺は先ほど話した、中田先輩のおつかいの一切を彼女へ伝えた。彼女は難しそうな顔をすると、やや滅入った声を出す。



「あぁ、中田…ね」


「どうしました?」



「いやあのね?しつこいのあの人。この前告白されたんだけど全然私と趣味合わないし、なんというかカッコつけてるところがちょっとね…って、ごめん!愚痴だった!」



「(可愛い)」

「(揺れてる)」



 俺たちは頼んだ、マンゴーなんとかフラフープチーノ?みたいな名前の液体を喉元に送り込んだ。そして息を整えて。



「ってことで」

「うむ」


「ってことで?」



「俺たち帰ります、ね?」

「その、何というか…環境権に反してそうな感じなので」



 周りからは多分こう思われている。

 絶対○交だろアレ。だから万が一、水瀬先輩にそんな噂が流されたら可哀想だ。ここは俺たち、早く帰らないと、ってか帰りたい。



「ちょ、ちょっと待って!まだ帰らないでよ!!ずっと探してたんだから!!」



「マダカエラナアデヨ?」

「ズットサガシテタ?」

「「キエアアアアアア」」


 引き止められた…のか?

 人に呼び止められるなんて、説教される時か、職務質問ぐらいだと思っていた。



『ストII……私の家でしない?』



「「えっ」」



 男、健人。

 お母さん、今までありがとう。


 俺たちは目に浮かんだ嬉し涙を拭い、その眼球の裏でちらつく中田先輩の顔をとりあえず無視しておいた。



 ▽

 △



「汚いけど…いい?」



「いえ、大輝のゴミ屋敷を見たらなんだって肥えるんで大丈夫ですよ」


「おいゴラ」



 信じられない。女子の家だ。部屋だ。

 すごいなんというか、その。

 普通!!!!!


 てっきりどちゃくそ甘い匂いとか、可愛いぬいぐるみとか、ハート柄の小物とかを想像していたが、あったのは。



「あの、これなんですか?」



 俺たちは疑問に思った。

 確かに普通。普通とは言ったが。

 明らかに普通じゃない大きさの量子コンピュータみたいな装置が大体と部屋の真ん中に置いてあったのだ。



『あーこれ? これは"爆弾"だよ』



「ふーん爆弾か。美味しそうですね」

「確かに。こんがり焼けてそうだよな」



 JKの部屋に置かれている爆弾。

 この文をなぞらえてみて、反射的に驚きの声が飛び出してきた。



「え!?爆弾!!!?」


「うん」



「爆って書いて弾って書くやつですか?!」


「そだよー」



 否定したくなったが確かに複雑怪奇な配線と、ガスボンベのような爆薬に対して説明がつかなかった。



「なんでか、理由を聞いてもいいですか?」



 俺は丸出しだった下心をしまい込んで、湧き上がった冷や汗のなか聞いた。彼女はいたって真顔で答えた。



『人類を、滅ぼすためかなー』



「ちょっと何言ってるか分かんないっす」



 大輝ナイス。

 そう。分からなくていいんだ。いいや。分かってたまるか。俺たちは今「謎」にいる!!


 ダークサイド!!黒光り!!ボディビル!

 は?何言ってんの俺。



「だってさ、人多すぎじゃない?毎日の通学も大変だし、観光地に行ったって、人でそれどころじゃないし」



「いやでもそれは仕方なーーー」



「それにあなたたちだって人さえいなければ悪口が無いと思わない?あなたたちのことを馬鹿にするような輩も、受け入れない輩も、みんな吹き飛んだらいいって思わない?」



「そんな。俺は少なくとも、批判から学べるものがあるし、まず慣れてますしおすし」

「なぁ、大ーーー……大輝?」



 俺はそう言いつつ、大輝の顔を見やった。

 すると彼は何かと葛藤しているような気がした。おそらく、彼女の言葉に心が動かされたのだろうか、肯定する自分と否定する自分とで、怖い顔をしていた。



「じゃ、じゃあなんで俺たちを誘ったんですか?壊すなら壊せばいいじゃないですか?」



 だんだんと腹が立っていくのがわかる。

 こんなこと、なぜ俺たちに言ったのだろう。

 その答えがわからなかった。



「それは……」



 水瀬先輩が口ごもった。

 ずっと真顔を引っ張っただけのような笑みを浮かべていた時と比べ、今は少し砕けている。思わず俺はその顔にドキッとした。



「……あなたたちに、変えて欲しくて」



「え?」



「あなたたちなら、この世界の悪いところしか出てこない私のこと、変えてくれるかなって思って」



「こんな、俺たちのことをですか…?」



「いいえ。違うわ」



 水瀬先輩の目元から、細く弱々しい涙が流れた。強がって堪えていたものが流れていく。

 そして彼女は笑ってみせるのだが、どこか寂しそうな気がした。



「あなたたちが羨ましいの」


「幸せがあって」



 水瀬先輩は崩れ落ちた。



「だから…」



「もう大丈夫です。水瀬先輩」



 俺は手を添えてあげることはできなかった。それでも声だけは優しく語りかけた。



「もうそんな抱え込まなくても、いいようにできてるんです。ゲームは」



「え……?」



「ゲームは人じゃないから、笑わないし、泣きもしないし、怒りもしない。それでも…」


「僕たちが笑ったり、泣いたり、怒ったりすることができる、素晴らしいものなんです」



 大輝が立ち直った。

 落ちていたコントローラを拾い上げると、先輩に。



「さぁ、涙を拭いてください」



 コントローラを手にとって先輩は。

 うつむけた顔を上げて、ニコッと笑った。



「ばーか。ハンカチじゃないから君たちはモテないんだよ」



「いいえ。いいんです」



 俺と大輝は顔を見合わせて、クシャッと笑った。クリスマスは愛を深め合うような、そんな気がするが、また別な意味もあると思う。



『楽しかったらそれで!』



 何か。

 落ち込んだり、とにかくこの世界から無くなりたくなっても。1人で決めないでほしい。


 自分と向き合う時間を、このクリスマスは与えてくれたんだ。





 ーー後日談。



 とあるマンションの一室に、チャイムが鳴り響いた。



「はーい。ってあれ?はやいね」



「美人を待たせるわけにはいかないですよ」

「寝坊がよく言うよ」



「そういえばあの、爆弾ってどうなったんですか?CIAみたいなとこに処分させたんですか?」



「あはは違うよ、あれ自作だよ自作」



「「自作!!!?」」



 とても自作とは思えないほどリアルだったあれはきっと美術館にでも置いてあるんだろう。ってか、確かによく考えてみたら色々無理があったなあの話。



「そんなものきっかけにしないでくださいよ」


「えぇ、だってさー」



「2人と友達になりたかったんだもん」



 えっ。



「えっ」

「は?渡さねーよ」

「うるせえお前は痩せろ」


「あはは!やっぱ君たち面白いなあ」



 ちなみに中田先輩についてだが、あの後謝りに行った。素直に。すると許してくれたどころか、逆に謝られた。お前らのこと馬鹿にしてた、と。そんなこと言ってくれるんだったら、もっとしっかりした場所で聞きたかったんだけどなぁ。あんな。

 ゲーセンじゃなくてさ。

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