留置所
彼女と別れ、退屈な午後の科目を乗り越えたラフスは帰路についていた。彼の容姿はいい意味でも悪い意味でもよく目立つ。
「なんかケモノ臭いな。なあ、そう思うだろ?」
「そうですね先輩。鼻が曲がりそうです」
「あー。道を開けてくれます?」
ハイブリットに反対する人間は多い。特にこの日本には。ラフスにはこんな風につっかかられることは日常茶飯事だった。彼らはラフスの前に立ちふさがって邪魔をしてきた。
「そういうわけにはいかない。お前たち獣に道の明るい所を歩いてもらっちゃ困るんだよ」
ニコニコしながら近づいてきた不良は、持っていたタバコの火をラフスの頬でもみ消す。
「喧嘩したくないんですよ」
ラフスはそのことに腹を立てながらも、できる限りのやさしい声色で答えた。
「へらへらしやがって、むかつくんだよ!」
不良の肩の入っていない、へなちょこパンチがラフスの腹に当たる。ラフスはこれをじっと待っていた。正当防衛が成立するこの瞬間を。
ラフスは考える。どうしてやろうかと。袈裟懸けに手を振り下ろせば貧弱なノーマルは死ぬ。だが、それだと過剰防衛というやつだ。当然、噛みつけば、たやすく喉仏を食いちぎることも可能だが、それもアウト。
妥協点と言ったところで相手の耳を平手打ちする。
パン!
耳と言うのは重要な機関で、そこが潰れると大抵の人間は正常な行動ができない。ろくにスポーツもしていない不良ならなおさらだ。
が、しかしラフスはやりすぎてしまった。それでも十分に手加減をしたはずだったが。
「くそ…!!何しやがったんだ…?何も聞こえない……」
「先輩!!耳から血が出てますよ!!」
「何!?」
「血が出てますって!」
「聞こえねー!!」
「ちょっと警察呼んで!!!」
めんど臭いことになってしまった。こうなるから喧嘩したくなかったのに。
ラフスは駆けつけた警官に、ことの発端と自分が受けた嫌がらせを強調して説明し、無事こと無きを得た。彼は悪くなかったが周りの目を考えて一晩留置所にお泊りをすることになった。
「なあ、お前は何をやらかしたんだ?」
猫みたいな耳を生やした人間が話しかけてくる。今は鉄格子の中。母さんに心配をかけることをラフスは心配していた。
「なあって」
「不良を病院送りにした」
「はは!そいつはすげえ!!」
ラフスはこの留置場が気に入らなかった。ノーマルとハイブリットは違う檻に分けられて入れられている。それは、万が一喧嘩になった時に死亡者を出さないための処置ではあったが、ある意味ノーマルよりも厳重な檻はハイブリットへの差別といえる。
しかも、中には凶暴な動物とのハイブリットもいるのだ。手を出すときはお互いに怪我を覚悟しての戦いになるが、地獄が出現するのはまず間違いない。
ラフスはため息をついた。なぜ神様は母様に似せて俺を作ってはくださらなかったのだろうと。父親の血に強く影響を受けたために、ラフスは二足歩行のライオンと言った風なのだ。そこに座っている猫みたいなやつは耳だけ。なんという不条理だ。
ラフスの目つきはそれほど鋭くないが、ふと目を向ければ多くの者が目をそらす。誰も殺し合いにはなりたくないようだった。
「留置所の飯不味いんだよな…」
この一言に身の危険を感じた相部屋の人たちは一斉に看守へ助けを求めた。
「たのむ!部屋を変えてくれ!」
「ここにいたら晩御飯にされちまう!!」
当然、ラフスが実際に人を食べたいとは思って言った言葉ではなかった。彼はただ単に留置所のまぜこぜになった飯が嫌いだっただけだ。