最古の記憶、最期の記録
短篇です。練習に。
君にとっての一番古い記憶は覚えているかい?
ぽくのそれは、一面の赤絨毯だ。
しかも、ただの絨毯じゃない。
魔法の絨毯だ。
結論をいうと魔法の絨毯ではなかったが、私は長いことそれを魔法の絨毯だと思っていた。
赤銅のような、朱のような、目の1つ1つが強いザクロのような色をしていて、重厚感があった。
そういえば昔登城したことがあったが、王様の足元の絨毯と似た感じだったな。
でも、艶かしく毛羽立つそれが、今まさに僕を食べようとする化物の口だったと知ったのはこの道に入って修行し、ほんの最近になってのことだった。
両親は物心ついたときから居ない僕にとって、 原初の記憶である絨毯を探し求めたのは自然なことだった
思えばあの口も、この道も同じようなものだ。
手前側は1本1本の毛羽立ちすら見えるほどよく見え、同じものが続いているようなのに、一歩進むだけで思っても見なかった光景に出くわす。
規則性があるはずなのに予想からは離れていく。
奥を見てもどこまででも深く、闇に包まれている。
気づけば飲み込まれて後戻りができないのも同じかもしれないね。
もともと魔法の絨毯だと思っていたから、何の疑問もなく魔法使いを目指していたよ。
まったく、知らない人に「それって魔法の絨毯じゃないかな?」と言われたことを、そのまま受け入れるべきではなかったのかもしれない。
そりゃ一般人なら、「動く絨毯」と聞けば魔法の絨毯を思い浮かべるよね。
仕方ないか。
そうなるとやはり悪いのはあのクソジジイ、いや、クソ師匠だ。
あのクソ師匠はそれが化物の口であると早いうちに気づいていたに違いない。
それなのに最後まで僕に龍について教えてくれなかった。
そのせいで絨毯の起源を求めペルシア・イタリア・オランダ、果てはインドにまで向かうはめになった。
絨毯ではない可能性を考慮して織物の産地まで回って見たが、一切「高貴な魔法の赤絨毯」の手がかりは得られなかった。
クソジジイははじめからわかってたんなら言ってくれればよかったんだ。
「旅行は楽しかったかい?」
調査から戻るといつものボロいローブを更にボロくしてそんな言葉を吐くんだ。
その言葉を聞いた時に思わず習ったばかりの着火魔法を使ったのは仕方ない。
いい機会だったしあのローブは焚き付けにしてしまえばよかったんだ。
隻腕のくせに、本当に偉大な魔法使いだったんだろうか。
結局ジジイの手記を見た時だ、「赤い絨毯」の正体がわかったのは。
もう死んでしまった人にこういうのは変な感じだが、本気で死ねばいいと思ってしまったよ。
おかげでひどく遠回りをしてしまった。
まあ、わかってしまったからには本物を求めるしか無い。
向こうが僕を食べようとしたのだから、し返す。
僕はそれだけのために生きていたんだから。
ああ、悪い、待たせてしまった。
不出来な僕は小さな魔法すら行使するのには時間がかかるんでね。
その上詠唱の準備にも時間がかかる。
まったく、これは廃れても仕方ないよね。
それでもクソ師匠はほとんど詠唱無しで魔法を使っていたから、意外とやる師匠だったのかもしれない。
まあ、片腕をなくすくらいの腕前だったんだろうけど。
比べても仕方ないか。
僕が不出来なのは間違いない。
今となっては調べようがないか。
一般社会では親指を動かすだけで火が起こせ、右足だけで数トンもの鉄の塊が動く。
安定した火を起こすのに、僕は猛吹雪の中をどれだけ修行したか。
それだけの力積を起こすために、失神しながら魔法陣に血を流したのに。
あれだけの修行で、ようやく力積を数秒止めるだけの魔法に手が届いた。
非効率にも程がある。
やはりあのジジイ、クソジジイだ。
いけないいけない、過去を思い出すとどうしてもクソ師匠の愚痴になってしまった。
でも仕方ないじゃないか。
あの師匠、最後の最期で手記を僕に託しやがった。
なんだよそれ。
せめて最期まで尊大で矮小なクソ師匠であってくれよ。
僕が旅行に行かされてる時に、なんで西の端の峡谷まで行ってるんだよ。
おかしいと思った。
結局龍討伐の再三の調査がたたり師匠は死に、僕は今龍の前に立っている。
力積の魔法が得意でなければ、すでに死んでいるところだ。
ああ、最古の記憶の続きを思い出した。
赤い絨毯から救い出してくれたのはボロ毛布だった。
僕を掴みあげながらいつものワンドを振り、なんとか逃がしてくれたんだ。
まったく、詠唱なしで魔法を行使できるとはいえ、剛体が専門の魔法使いのやることじゃないよね全く。
どうやらそのおかげで助かったみたいだけど。
ああ、嫌なことに気づいてしまった。
師匠は右手で僕を掴み、左手でワンドを振るっていた。
おそらくはそういうことだったんだろう。
ああ、ようやく準備が終わった
僕は力積が専門だけど、解析も少しはできるんだ。
これで弟子が龍への対策をうまいこと考えてくれるだろう。
僕なんかよりも随分できる奴だからね。
なあ、赤龍よ、お前の最古の記憶はなんだい?
ああ、頼れる弟子よ。
願わくば
■
私は先生のビデオメッセージが終わると同時に頭を抱えた。
「先生はとんでもないものを残してくれたもんだ」
誰に伝えるでもなくそうごちる。
死の間際、今際の魔法がビデオメッセージとは、ウェットの効いた嫌がらせなんだろうか。
先生は生まれながらに龍に惹かれていたようだ。
そういえば、僕の最古の記憶はなんだろうか。
流石に僕には先生のような因縁はない・・・はずだ。
龍に食われかけたことも、前世の記憶もない。
ごくごく平凡な魔法使い見習いだ。
それにしても私を高くかってくれていたようだ。
普段の無口からは考えられないくらい喋っている。
「仕方ない、託されたからにはいっちょやってみますか」
先生の最期の記録から、ドラゴンの情報が多く得られた。
やはりレッドドラゴンは他の龍種と別種のようだ。
先生のおかげで研究は大きく進む。
おそらく私も、いつかドラゴンに挑むことになるだろう。
おそらく勝てはしないだろうが。
それでも人は記録を残す。
最期の記録が引き継がれれば、あるいは。
頭で考えていることをテキストにすると驚くほどまとまらないものですね。
難しい